意識の遠くでコーヒー・カンタータが鳴ってる。

 

 ……いや良く聞け俺、あれは電話の呼び出し音。やっとの事で受話器を取れば、珍しく堀越の声だった。

 

 

「やだ、鳥栖珈君、ホントに未だ家なの?」

 

「え」

 

 

 あ、バイトの日だよな……。

 

 

「あー!!」

 

 

 時計を見て背中が冷えた。12時15分。

 

 

「うわ、遅刻」

 

「もしかして、寝てた?」

 

「うん、寝てた」

 

「……大丈夫?」

 

「へ?」

 

 

 怒られない……ていうか、心配してくれてるのか?

 

 

「あ、その……風邪、とかじゃぁない?」

 

「あ、それは無いから。ごめんな、迷惑かけて」

 

「……そう」

 

 

 ぽそっと溜息ついでみたいに言うと堀越の声が保留音に切り替わった。マスターに代わるんだろう。じっと待ってるのも何だから、受話器を左肩と顎で支えながら着替える服を出す。

 

 

「おぅ青磁。珍しいなあ。大丈夫か?」

 

 

 靴下を履こうとしたところでマスターの声が聞こえてきた。

 

 

「はぁ、すいません。おはようございます」

 

「そう謝んなって。幸い今日は天気も悪ぃから客が少ないしな、今までの早出の分とチャラで良いさ」

 

 

 チャラになるような事だろうか。

 

 

「はあ」

 

「レポート忙しいんか?キツいんなら休みにしとくか?」

 

「いえ、それは昨日出来たんで……床掃除っすよね?今日」

 

 

 そう、今日は夕方から店の床を一通り磨く定期メンテナンスの日。

 

 

「ホント真面目だよなあ、お前」

 

「いえマスターだけじゃ流石にきついんじゃないかと」

 

「年寄り扱いすんじゃねぇ」

 

「いえ、そういう意味じゃ」

 

 

 慌てて返せば『冗談に決まってんだろ』と笑われた。

 

 

「そうしたら15時に来てくれるか?折角だし手伝ってもらうよ」

 

「分かりました。すんません」

 

「待ってんぜ。じゃあな」

 

 

 言ってマスターは大笑いしながら電話を切った。

 

 

-----------

 

 

「おぅ、来てくれたな」

 

「はぁ。昼はすいませんでした」

 

「いいさ、結局ずっと客足も低調」

 

 

 15時10分前。マスターの言う通り、店は至極まったりとした空気に包まれていた。常連客が数人と……あ。

 

 

「流黎さん、来てたんですか」

 

「うん。おはよ。今日はこんな天気だからね。空に場所提供してもらったんだ」

 

 

 流黎さんは一番奥に座っていた。居酒屋で話してから会ってなかったから一週間ぶりだ。書類を広げて作業中。流石に肌寒い雨の中、公園には長時間居られない。

 

 

「さぁて、と」

 

「キリついたか?」

 

「お陰様で」

 

「んじゃ亮司に連絡入れとくぞ。何か飲むか?」

 

「じゃあラテ」

 

「あいよ。青磁は?手伝ってくれる分おごってやるよ」

 

「あ、すんません。アメリカン下さい」

 

「よっしゃ。タマゴサンド付けとくぜ……何処座ってんだ、お前あっち」

 

 

 カウンターに座ったら追い払われた。指定されたのは流黎さんのテーブル。『調子はどう?』と、向かいの椅子に手を掛けるなり尋ねられる。

 

 

「えと、未だ進んでなくて……」

 

「それは気にしないで、ホントに。それより、君が珍しく寝坊したって空から聞いて、しんどいのかな?ってちょっと心配でね」

 

「いえ、単に二度寝をして、そのまま昼までっていう。明け方の大雨で……あ!」

 

 

 言いかけたところで、今朝の夢が蘇ってきた。

 

 

「どうかした?」

 

「えっと……実は」

 

「まあ取り敢えず座って座って」

 

「あ、ハイ」

 

 

 促されて腰を下ろし、深呼吸してから切り出した。

 

 

「……流黎さんが言ってた前世ってのを、ちょっと思い出したんです。たぶん」

 

「そうなんだ。聞かせてくれるかな」

 

 

 前後の脈絡は怪しかったけど、今朝『見た』ままに、一つずつ話していく。

 

 

「うん、そうだね。俺の記憶でも君はそんな感じ」

 

「じゃあ、俺って前も音楽やってたんですか」

 

「そう。作曲にも力を入れてたね」

 

 

 だから『俺達の中で作曲家と言えば君』になるのかー。

 

 

「でも、流黎さんもエクルさんも出て来なかったんですけど」

 

「そのシチュエーションじゃ仕方無いかも。一人で作曲してる最中だったんだろう。でも、その調子だったら近い内にまた何か分かる筈だよ」

 

「そう言うモンですか?」

 

「うん。そう言うモンさ」

 

 

 その時ドアベルがカランと鳴る。見れば社長だ。

 

 

「よぉ鴇。出来たか?」

 

「うん。早いね」

 

「タイミングが良かったのさ。ほれ」

 

「ああ。よろしく」

 

 

 すいと出された社長の手に流黎さんが書類の入った封筒を載せた。その様子を見てた俺に、社長がニッと笑って解説してくれる。

 

 

「前もよくこうやってコイツの書類運び、やってたんだ」

 

「そうなんすか」

 

「そうそう。早いし確実なんだよ、亮司の仕事は」

 

「そりゃどーも。またのご利用を」

 

 

 おどけた口調でそう言うと、社長はマスターに一言掛けてすぐ出て行った。

 

 

「じゃあ、俺もそろそろ失礼するかな」

 

 

 流黎さんが立ち上がった。俺も見送りしようと後に続く。

 

 

「お、帰るんか」

 

「うん。青磁君にも会えたしね。また近いうちに寄らせてもらうよ」

 

「いつでも来いよ。待ってんぞ」

 

「ああ。じゃあまたね」

 

 

 最後の一言は俺に向けてのものだった。慌ててお辞儀をするとカランとドアベルが鳴る……再び顔を上げた時には、もう彼の姿は無かった。

 

 

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 ぱちりと目覚めて時計を見れば、目覚ましが鳴る丁度1分前。其処からきっちり60数え、目覚ましがカチッと言った瞬間にスイッチを切った。

 無駄に目覚まし時計に優越感を感じる朝が、これで5日続いてる……いや、続いてるのは其れだけじゃなくて。

 

 

「また今日は、ばっちり見たなあ」

 

 

 過去の、記憶。夢と言うには鮮明過ぎる。

 

 この前流黎さんと喋ってから、やたらと記憶が蘇る。昼間は流石に無いけど、寝たら必ず『見る』という日が続いていた。それにも慣れてきたのか、最初みたいに眩暈を起こす様な事は無くなったけども、『現実』に意識を切り替えるのには若干時間がかかってしまう。

 

 

「うーん」

 

 

 とりあえず布団の中で伸び。起きて伸び。ストレッチ。だいぶ寒くなってきたから暖房の用意もしようか……そう言えば『あの街』も、冬は結構冷え込んだよな。

 

 

-----------

 

 

「はよーございまーっす」

 

「おぅ、おはようさん」

 

「おはよぉ、青磁クン」

 

 

 バイトに行けば、マスターと柳さんが何時も通りにてきぱき働いてた。

 堀越は休みかな。

 

 

「青磁、今日は夕方から予定あるか?」

 

「いえ、特には」

 

「そっか。で、悪ぃけど今日は15時で上がってくれ」

 

 

 予定は無い、って言ったんですけど。

 

 

「分かりました……何かあったんすか?」

 

「いやあ、茜ちゃんがな。先週まで陸上部に力入れてたせいで今月ちょっと苦しいそうなんだ。だから午後の数時間だけでも入ってもらってバイト代つけてやりたくてな」

 

「あ、そうなんですか」

 

「構わねぇか?」

 

「大丈夫っす」

 

 

 マスターの配慮のお陰で生活費、足りてるし。こういうのは持ちつ持たれつ。

 

 

「そっか、ありがとよ。そんで、ひょっとしたらシフトの変更相談させてもらうかもしんねぇんだけけど……お前、午前中は?」

 

「コマが空いてる日なら大丈夫っす」

 

「分かった。また本決まりになったら相談させて貰うわ。すまねぇな」

 

「いえ」

 

「さて、ランチスタートと行くか」

 

「はい……いらっしゃいませ!」

 

 

 マスターが言い終わらない内に、カランとランチの常連さんが入って来た。今日のメニューは例のタンドリーチキンプレート。このメニューの日は客の入りが良いような気がする。

 

 

-----------

 

 

「おはようございます」

 

「おー茜ちゃん、お疲れさん」

 

「こんにちわ〜。お疲れ様、青磁君」

 

「アレ?弥さんも」

 

 

 15時5分前。弥さんが堀越と一緒にやってきた。時間ギリギリだから堀越はそのまま急いで準備に入る。

 

 

「無事予定終了か?」

 

「勿論」

 

「そりゃ何よりだ。時間空いてるってさ」

 

 

 マスターが俺を指差しながら弥さんに告げる。それでやっと、夕方の予定を聞かれた理由が分かった。

 

 

「そう。じゃあ是非ともじっくり話を聞かせてもらおうかな」

 

「此処でですか?」

 

「ううん。こないだの店に行こうとは思うけど、未だ開いてないでしょ」

 

 

 確かに。あの居酒屋は17時スタートだし。

 

 

「それまでは此処で時間調整。空が奢ってくれるし」

 

「ケーキセットまでだぞ」

 

「了解了解。別でラザニア一つね」

 

「おぅよ……何突っ立ってんだ、お前あっち」

 

 

 マスターの一声でバイト時間、終了。弥さんは一番奥のテーブルに移動。慌てて俺もついていって、向かいに座った。

 

 

「お疲れ様」

 

「イエ。弥さんこそ、お疲れ様っす」

 

「で、どう?」

 

「えっと」

 

「思い出したんだって?」

 

 

 単刀直入という言葉は彼女のためにあると思う。

 

 

「はあ、ぼちぼち」

 

「良いねえ。私にも聞かせてくれる?」

 

「えっとですね……」

 

 

 この前流黎さんに話したトコからスタートする。一番多く思い出せているのは結局、自分自身の事なんだけど。

 以前も音楽が大好きで、それを仕事にしてた事。ピアニストから作曲・編曲なんかにも力を入れてた事。でもなかなか人々から認めらなかった事。ヤケになって酒を飲んでも、下戸だったからすぐに酔いつぶれて寝てた事なんかまで。

 

 

「ははっ!そっかぁ、前もお酒弱かったんだね」

 

「どうやらそのようで」

 

 

 話の内容が内容なので、俺も弥さんもやや声を抑えて話してた。それでも笑い声は店内によく響く。

 

 

「楽しそうだなあ」

 

「そりゃもうね。ホントに彼、良い子だね」

 

「俺のイチオシだからな。ほらよ、ラザニアにケーキセットと。レアチーズで良かったよな?青磁」

 

「ハイ。ありがとうございます」

 

「サンキュ、空」

 

「おうよ。まあ後は適当にのんびりしといてくれよな。ごゆっくり」

 

 

 店内をざっと見渡せば、良い感じの客の入り。適当に客の雑談が空間を埋めてくれて、これはこれで有り難い。

 

 

「で、そろそろ他の人は出て来たかな?」

 

「そうっすね、多分……二人」

 

「どんな人だった?」

 

「いや、顔はよく分かんないんすけど」

 

「そうなんだ。男性?女性?」

 

「一人が男性で、もう一人が女性……ですね」

 

 

 慎重に記憶を確認しながら、俺はそう言った。

 

 

「男の人の方は、ここ数日で2・3回見ました。女の人は、今朝初めて出て来ました」

 

「男の人は何してた?」

 

 

 弥さんが、この前居酒屋で見せたあの意味ありげな笑いを口の端に乗せた。

 

 

「えーと、座ってるという印象があって。そんなに喋らないんですけど、集中して書類を読んでる風で」

 

「それは書斎?」

 

「イエ、俺が使ってた部屋とか……あ、舞台袖の時もありました」

 

「部屋ってのは、ピアノを置いてた?」

 

「あーそうですね」

 

「それ、誰?」

 

 

 それは俺が聞きたい。でも弥さんは『分かるでしょ?』と言わんばかりにこっちを見てニコニコしてる。

 試しに両手をテーブルの上で組んで目を閉じ、記憶を思い出そうとしてみるが、座って何かを読んでいる様子が薄ぼんやり出てくる程度で顔までは分からない。

 

 

「……顔は分からないです」

 

「じゃあ、手に持ってる書類は何?」

 

「書類……」

 

 

 ……上部が自重で少し垂れ下がってる。そこに目を凝らした。

 

 

「あ」

 

「見えた?」

 

「楽譜です。手書きの……って、え?」

 

 

 答えながら『見えた』物に仰天して、俺は思わず小声だけど叫んでた。

 

 

「何だった?」

 

 

 弥さんはそんな俺の様子に驚きもせず、ラザニアを食べ終える。

 

 

「曲のタイトルだと思うんですけど、楽譜の上に……『Zeitfluss』って」

 

「あら凄い。それ、直訳したら何て言葉になる?」

 

「えと……時間、流れ……時の流れ?」

 

「だよね」

 

「はぁ」

 

「ではそれを踏まえて……鴇の本当の名前って、こう書くんだよね」

 

 

 言いながら弥さんが宙に指で文字を書く。それを見て俺は心底驚いた。

 

 

「『流 刻』……なんですか?」

 

「うん。流石だね、お見事」

 

 

 弥さんは満足気にウンと頷き、小さくぱちぱちと拍手した。

 

 

「顔よりも言葉のほうが確実だったんだ。大したキーワードだわ」

 

「あれが流黎さん……」

 

 

 そうなのか。じゃあ、流黎さんがあの曲名を書いたのか?しかも舞台袖にまで来てたって事は、やっぱり彼も音楽仲間だったんだ……あんな近くに居たんなら、あの懐かしさも納得出来る。

 

 

「……あの」

 

「あ。有難う、茜ちゃん」

 

 

 不意に背後から堀越の声がした。コーヒーを持って来たと気付くのにコンマ数秒かかった気がする。弥さんの声につられて振り向けば、頬を薄らと赤くして怒ってるような顔が視野に入った。

 

 

「大丈夫よ。彼が受けてる作曲の件だから」

 

「あ、イエそんなつもりじゃ……失礼します」

 

 

 ごゆっくり、と取って付けたように言い足して会釈し、空いた皿を下げてカウンターに戻っていく。

 

 

「何が大丈夫なんですか?」

 

「まあまあ」

 

「未だ何か怒ってるみたいだし。俺、何したんだろう……」

 

「大丈夫だいじょうぶ。怒ってなんか無いわよ、茜ちゃんは」

 

「そうっすか?」

 

「うん。今は彼女も色々と必死でね。だからちょっと余裕が無いって言うか」

 

「はあ……」

 

 

 陸上部に行くようになってから、堀越と弥さんが一緒にいる時間はかなり長い。その彼女が言うんなら、そうなんだろう……やっぱ、そっとしとくのが良いんだろうなあ。

 

 

「彼女の事は任せといて。ともあれ、君がこれだけ思い出してくれたのは収穫だね。これなら後で色んな話が出来るわ」

 

「居酒屋で、ですか」

 

「うん。鴇も来るからね。楽しみー」

 

 

 弥さんがにぎにぎと揉み手してる。余程嬉しいらしい。

 

 

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「やあ。遅れてごめん」

 

「平気よ。お疲れさま」

 

「……ども」

 

「来てくれたね。ありがと、青磁君」

 

 

 居酒屋に移動してすっかり落ち着いた頃、流黎さんが到着した。隅っこに重そうな鞄を置いて『よっこいしょ』とおじさん臭いかけ声を掛けながら俺の前に腰を下ろす。

 

 

「で、何話してたんだ?」

 

「雑談。今度の大会の話とか、そんなの」

 

「そう。あ、黒ビールで」

 

 

 早速飲み物をオーダーして、料理のチョイスは弥さんに任せる。すぐにジョッキが運ばれて来て乾杯だ。

 

 

「さて、何から聞こうかな」

 

「そりゃあやっぱり、さっきの話だよね、青磁君?」

 

 

 流黎さんが水を向ければ、弥さんが間髪入れずに返す。

 

 

「空の店で暫く話してたんだよね。結構思い出したみたいだよ、彼」

 

 

 ね?と促され、俺は昼間の話をもう一度繰り返す事になった。まあでもさすがに二度目だし、すんなり説明出来たと思う。

 

 

「……そうか、だいぶ戻って来てるんだ」

 

「はあ」

 

 

 『だいぶ』ってのが何割くらいなのかが分からないけど、内容は流黎さんのとも合致してるようだし、間違い無いんだろう。

 

 

「やっぱ、以前の記憶なんすよね?俺の」

 

「うん、そうだよ」

 

「俺、流黎さんと知り合いだったんすね。音楽仲間だったんですか?」

 

「うん。音楽仲間、兼、従兄弟」

 

「え」

 

「あー成程ね、従兄弟かあ」

 

 

 俺より先に、弥さんの方が納得してる。

 

 

「予想通り?」

 

「ちょっと違ったけどね。兄弟かな、って」

 

 

 ……あれ?ちょっと待てよ。

 

 

「あの、弥さん」

 

「なあに?」

 

「そン時の俺、知ってるんですか?」

 

 

 俺は弥さんの事は知らない……って言うか、少なくとも未だ思い出せてないし、流黎さんに対して感じた様な懐かしさは無かったのに。

 

 

「うん。ファンだったんだよねー、君の演奏の」

 

「ファン?」

 

 

 ファンって……ファンがいたのか?俺。

 

 

「あーそっか、だからなんだ」

 

 

 流黎さんが何やら納得し、弥さんが大きく頷いて其れに応じた。

 

 

「そう。コンサートにはよく行ったけど、直接話した事は無かったからね」

 

「あの、弥さん。コンサートの時って流黎さんも一緒にいました?」

 

「うん。演奏もしていたけど、それよりも私が覚えてる鴇はマネージャみたいな感じ。だからだと思うけど、彼とは何度か話した事もあったの。挨拶程度だけどね」

 

 

 この辺の距離感の違いのせいかな、俺が弥さんを覚えてないのって。

 

 

「鴇と君とソプラノの3人組だったわね。その中でも君、結構人気あったんだよ」

 

「へぇー……」

 

 

 これは、俺が褒められてるという事で良いんだろうか。前世の自分と今の自分が合致しないからどうにも実感が湧かない。ついつい腑抜けた返事をしてしまったら『ホント、面白い子だね』と弥さんが笑った。

 

 

「青磁君がこれだけ思い出してくれて、俺ホントに嬉しいよ。これからも色んな話が出来そうだし、楽しみだな」

 

「そうだよね。おまけに今回は私も仲間に入れて貰えてる訳じゃない。こんなラッキーな事は無いわよ。ワクワクする」

 

 

 そんな風に言って貰えたら、俺だって嬉しい……けど、弥さんの話を聞いてたら、同時に何だか居た堪れなくなってきてしまう。

 

 

「でも、俺」

 

「ん?」

 

 

 つと零れた音を流黎さんが拾った。慌てて取り繕おうとしたけど……駄目だ。

 

 

「今の俺、そんな良いモンじゃないですよ。未だ全然ダメだし、今後どうなるかも分からないし……前の俺をそう言ってもらえるのは有り難いんですけど、何か申し訳無いって言うか……」

 

 

 こんな事言うモンじゃないだろと思っても、一旦溢れ出した言葉は止まってくれない。もうダダ漏れ。

 

 

「なーに言ってんの!」

 

 

 項垂れてしまった俺の後頭部に、べちんと弥さんの容赦ない一撃。完全に不意を突かれた俺は、その勢いのままテーブルに額を打ち付けた。

 

 

「弥さ……」

 

「間違えないの。過去は過去、今は今!今だからこそ出来る事を頑張ってやってんだから、それで良いんだよ。大体、前とは時代も国も全く違うんでしょ。過去と同じように行くワケ無い。ねえ、鴇?」

 

「そうだね。確かに、ロックバンドの曲なんて前世じゃ書けないよ」

 

 

 流黎さんがフォローしてくれる。

 

 

「前の君も今の君も確かに君。でも、互いに独立した存在だ。本当は誰でも一緒さ、生まれ変わる度に新しい人生を生きて、色んな事を学んで行くんだ」

 

「……じゃあ、何で過去の記憶が出て来たんですか」

 

 

 知らなきゃ過去に引き摺られる事なんて無いのに。

 

 

「これは個人的な考えなんだけど……やっぱ『必要になったから』じゃないかな」

 

 

 必要になった?

 

 

「それぞれの人生は独立していても『完結』する事は滅多に無い。何らかの課題を残したままこの世界を離れる場合が殆どだ。人間の寿命なんてそれ程長くないからね」

 

「……」

 

「君は今まで前世の事なんて全く知らずにいた。でも前と同じ道を歩んでいる。それはきっと、音楽が本当に好きで、もっともっと音楽をしたいと思っていたからなんだ。そして君は、初めて俺と会った時に何かを感じたと言った」

 

「……はい」

 

 

 あの、懐かしい感覚。

 

 

「それは互いの記憶の『共鳴』みたいなモンなんだろうな。それが扉を開けるきっかけになる。きっかけが出来れば、次は『感じた何か』を明確にしたいって心の何処かで思い始める。そして『何か』をハッキリさせるために必要な記憶を呼び戻す……って言う感じ」


「そんな器用な事が?」

 

「出来るみたいだね。少なくとも、この三人は其れをやってる訳だし」

 

 

 流黎さんはそう言うと、弥さんに『な?』と話を振った。

 

 

「そうそう。私達にも出来るくらいだから、ホントは誰でも出来る事なんだろうね。だけど皆がそれを今の人生に活かせるか?って言うと、難しい場合が多いんじゃないかな。だから私は、基本的に人は前の記憶を何処かに置いて来るんだろうな……って思ってるのよ」

 

「皆、嫌な思い出だって沢山ある。やたらと思い出しても碌な事にならない。下手をすれば『今の自分』の失敗すら『過去の自分』のせいにしかねないからね」

 

「前にそんな事言ってる人居た。『前も同じような事をして失敗したから自分は今回も失敗する』とか『過去にあんな事があったから私はもう幸せになれない』とかね。そんなんじゃないのにね?」

 

「そう。本当は違うんだ」

 

 

 流黎さんが俺の方に向き直る……そうだ、この人は『いつも』こうして俺を導いてくれてた。

 

 

「君も分かってる筈だよ、青磁君」

 

「……過去に囚われて『今生きてる』意義を履き違えたらいけない、ですか」

 

「そうそう」

 

 

 分かってるじゃないか大丈夫と、彼は俺の肩をぽんぽんと叩いてくれる。

 

 

「迷っても良い。悩まないほうがおかしいんだよ、前と同じ人生を歩く訳じゃないんだもの。でもね、君の“音楽が好き”っていう気持ち、それだけは変わってないんだなって言うのだけは、私でも分かる。

 だから私がもし前世で君に会ってなかったとしても、『今』頑張ってる君の姿を見たらやっぱり応援してたと思うし、君の音楽を聴けば一発でファンになってたって思うんだ」

 

 

 ……嬉しい。弥さんにそう言って貰えるのって、本当に嬉しい。

 

 

「それに君は、既に前よりも二歩も三歩も先を歩いてる。今回は本格的に学び始めた時には、もう君の音楽を認めてくれる存在がいた」

 

 

 マスターの事だ。

 

 

「今回、俺達が出会う何年も前に君は空と会って、空が最初に君の音楽を気に入った。それは凄い事なんだ。そしてこれからも、君の音楽を認めてくれる人は現れる。だからこれまで通り頑張ったら良いのさ」

 

「……ハイ。有難うございます。頑張ります」

 

「よろしい」

 

「よく言った!」

 

 

 そうだ、俺は音楽が好き。音楽をやりたい。今まではどうしても『それで良いんだろうか』っていう疑問と不安が一緒に渦巻いてたけど、二人の話を聞いたらすっと何かが吹っ切れるような気がした。

 

 

>>>6

 


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