店の前に着くと、マスターは俺と流黎さんだけを降ろした。

 

 

「家に機材置いて来る。命の次の次くらいに大事なモンだしな」

 

「俺も手伝います」

 

「アホぅ、そしたら鴇の相手する奴が居なくなんだろが。追っ付け亮司達も来るから、留守番しながら席あっためといてくれ」

 

 

 マスターの言葉に『そうだそうだ』と同意するベースさんが、機材運びの手伝いでそのまま車に乗っていくと言う。

 

 

「柳は?」

 

「私はそこの駅で降ろしてもらうの。買い物しながら茜ちゃん待ちよぉ」

 

「そっか。よろしく」

 

「30分もすりゃ戻って来るから先に始めといてくれや」

 

「ああ、気をつけて」

 

 

 また後でな、と流黎さんに声を掛けてマスター御一行は走り去って行った。

 

 

「そうしたら入ろうか。少し早いけど、準備出来てりゃ席に通してくれるだろうし」

 

「あ、ハイ」

 

 

 流黎さんが先に立ってさっさと暖簾をくぐって行く。どう見ても、相手して貰ってんのは俺のほうだ。

 

 

「ええ、そうです。はい、後で連れが来ますんで」

 

 

 レジのところで予約の確認をしてくれる。物腰は基本的に柔らかい人だ。そして人当たりが良い……その姿を、俺は以前何処で見たんだろう。

 

 

「行けるって。座らせてもらおうよ」

 

 

 店員さんに案内されて二階に上がり、左奥の掘りごたつ風の部屋に通される。注文は皆が揃ってからと言ってあったようで、とりあえずは湯飲みが二つ、どんと置かれた。

 

 

「じゃ、これで先に乾杯と行こうか」

 

「えと」

 

「ほらほら。再会に乾杯」

 

 

 戸惑う俺をものともせずに、彼は自分の湯飲みを勝手に俺のにガチンと当ててきた。ちょっとシュールな……再会。

 

 

「あの、やっぱり思い出せなくて悪いんですけど……俺、何処で貴方に会ったんすか?」

 

 

 失礼を承知で聞いてみたが、返って来たのはあのふわりとした笑顔と不思議な問いかけ。

 

 

「……青磁君は、生まれ変わりってあると思う?」

 

「はぁ?」

 

 

 唐突過ぎて変な声が出ちまった。

 

 

「……輪廻転生ってヤツですか」

 

「そう言う話は苦手?」

 

「いえ、それは無いんすけど。そんなテーマの物語も体験談も昔から山ほどあるから、あっても別に変じゃないか、って程度で」

 

「なら、良かった」

 

 

 良かったって……まさか。

 

 

「あの、流黎さん」

 

「ん?」

 

「まさか、以前に会ったのって……」

 

「そう。ずっと前」

 

 

 前世でね、と何でもない事のように彼は言った。

 

 

「ちょ……」

 

 

 ちょっと待って下さい、と言いたいのに俺は声帯から硬直してしまったように動けない。

 

 前世?俺って前世があったのか?そこで流黎さんと知り合い?流黎さんはそれを覚えてて、俺には記憶が無いって、どゆこと?

 

 

「今迄は思い出すきっかけも無かっただろうから、君が前の事を覚えてないのは当然って言えば当然なんだ。たぶん、その必要も無かったし」

 

「じゃあ、流黎さんにはそのきっかけがあったんですか?」

 

「そう。直接のきっかけは、弥だよ」

 

「え、弥さん?」

 

「私がどうかした?」

 

「わ」

 

 

 噂をすれば。

 

 

「やあ」

 

「久しぶり。何の話よ」

 

「昔を懐かしんでってヤツ」

 

「そっか。彼なんだ」

 

「そう。戻った早々に嬉しい再会」

 

「いつ?」

 

「いや、それは未だ」

 

 

 久しぶりとは思えないテンポの良い会話。

 

 

「本題は後か。引っ張るねえ」

 

「いきなり全部は、彼も混乱しちまうだろ」

 

「あ、じゃあ覚えては」

 

「無いみたいだ。以前の俺状態。だからこの場じゃちょっとなあって思ってさ」

 

「……ありがとう。この奥だね?」

 

 

 店員さんに案内される社長の声が聞こえてきて、不思議な会話はおあずけになった。

 

 

「やぁ亮司、久しぶり」

 

「おー鴇!元気そうだな」

 

「おかげさんでね」

 

「未だ俺達だけか?」

 

「あ、マスター達は機材を降ろしに行ってるんすよ」

 

「じゃあ白藤もソッチについって行ってるんだな」

 

 

 社長はうんうんと頷いてからこっちをじっと見る。そしてひと言。

 

 

「……違和感無いなあ」

 

「え」

 

「お前達、今日が初対面だよな?なのに昔からの知り合いみたいに見える」


「やっぱり?俺もそんな感じがしてた。良い子だね、彼」

 

「空がお気に入りなの、分かるだろ」

 

「めちゃめちゃ分かる」

 

 

 流黎さんとの会話から何となく、社長は“知らない人”なんだと分かった。それでも俺と流黎さんとの繋がりみたいなのは感じるらしい。

 

 

「座ったら?」

 

「あ、そうだな」

 

 

 店員さんがまた湯飲みを二つ持って来てくれて、弥さんと社長も腰を下ろす。弥さんは俺の右。社長はテーブルをぐるりと回って流黎さんの左、つまり弥さんの向かいに座った。再び湯飲みで乾杯だ。

 

 

「今日のライブはどうだったの?」

 

 

 社長は仕事、弥さんはトレーニングでライブには来てなかった。早速流黎さんにレポートを頼めば、彼は一組目の演奏からステージの印象や感想を話し出した。演奏だけでなく、会場の雰囲気や空気までをも的確に表現していく様は、流石プロだ。

 

 

「おー、始まってんな」

 

 

 二組目のステージの話をしてる途中で、ベースさんとマスターが到着した。

 

 

「お疲れ。柳と茜ちゃんは?」

 

「あと15分くらいで来れそうだぜ」

 

「じゃあ注文するよ」

 

「亮司、久しぶり!」

 

「おぅ、白藤。ホントだな!元気そうじゃないか」

 

「おかげさんでな。仕事もヒマだし」

 

「ははっ、そりゃ何よりか!」

 

 

 ベースさんは社長の左、マスターはさらにその左に座った。店員さんを呼んで注文スタート。

 

 

「鴇は?」

 

「黒ビール。青磁君は?」

 

「生中で」

 

「俺日本酒」

 

「私スクリュードライバー」

 

「マティーニ」

 

 

 ……凄いなぁ。このメンバー、飲んべえだ。
 俺がそんなトコに感心してる内に、社長とベースさんの話が早速盛り上がる。斜め向かいの位置では、マスターと弥さんが堀越の事で盛り上がる。必然的に俺と流黎さんは、端っこでちまちま会話を交わした。

 

 

「青磁君は此処が地元?」

 

「いえ。今は下宿で」

 

「何年くらい?」

 

「もうじき三年です」

 

「海外へ行った事は?」

 

「無いんですよ。ヨーロッパには行きたいですけど、まだまだ先になりそうで」

 

「何処へ行きたい?」

 

「そうっすね、やっぱりオーストリアとか、イタリアとか。マスターには『イギリス行って来い』とか言われる事もありますけど」

 

「あーアイツはブリティッシュが好きだから。どうしても君を行かせたいんだろうな」

 

 

 いやでも俺の専攻は……と言いかけたところで飲み物が来て正式に乾杯。それからは皆の会話が入り乱れて、打ち上げ感が一気に高まった。



「あらぁー、すっかり出来上がってるわね!」

 

 

 乾杯から10分くらい経って、柳さんが到着した。すぐ後ろに堀越の姿も見える。

 

 

「おー、綺麗どころのご登場だ」

 

「やだぁ、白藤さん。そんな事言ってもおごらないわよぉ」

 

 

 さり気なく手厳しい。

 

 

「それに、今日は私なんかよりずっと可愛いコ居るんだからね!おべんちゃらは通じませぇん!」

 

 

 言いながら、柳さんは堀越を紹介した。

 

 

「へぇー茜ちゃんか。よろしく!ささ、どうぞどうぞ」

 

「……お邪魔します」

 

「いらっしゃい、茜ちゃん!ほら、隣においでよ」

 

 

 弥さんがすかさず隣に堀越を呼ぶ。座布団を勧めながらベースさんと流黎さんを紹介すれば堀越も挨拶を返して。

 

 

「え……鳥栖珈君?」

 

 

 顔を上げた時、弥さんの死角になってた俺に漸く気付いたようだった。

 

 

「うん。お疲れさん」

 

「……何で此処に?」

 

 

 俺が居るの、そんなに変か?

 

 

「あれ?茜ちゃん、見とれちゃってるの?」

 

「ちっ違います!!そうじゃなくて……居るとは思わなかったんで。何かその……雰囲気も違ってるし……」

 

 

 言われて思い出した。服は着替えたけど髪の毛がライブの時のまんまだ。

 

 

「今日は青磁も出演したからなあ」

 

「……何にですか、マスター?」

 

「決まってんだろ、ライブさ。言ってなかったっけなあ」

 

「ライブ?」

 

「そ」

 

「鳥栖珈君が?」

 

「そ。なかなか良いだろ、そのカッコも」

 

「……」

 

「はいはい、とりあえず座って座って。何飲む?茜ちゃん」

 

 

 俺を見たまま固まった堀越を弥さんがそう言って座らせた。自分の失態を恥じてるんだろうか、耳まで真っ赤になってる。

 

 

「気にしなくて良いよ、俺自身こんなのに慣れてなくて変な感じしてるんだし」

 

「……うん、ごめん」

 

 

 一応声を掛ければ、堀越は自分の膝とにらめっこしたままそれだけ言った。

 

 

「それで?向こうでの暮らしはどんな感じなのぉ?」

 

 

 柳さんが流黎さんに滞在記を聞かせろと詰め寄る。今日のステージの事は完全にすっ飛ばしだ。その勢いに流黎さんはクスッと笑った。

 

 

「そうだな、聞かせてもらわねぇとな!」

 

 

 マスターも話せ話せとせっついたから、そこからは流黎さんの独壇場。

 柳さんと堀越の飲み物が来て乾杯した時と料理の注文をした時以外は、ひたすら食べながら彼の話を聞いていた。時々マスター達が合いの手を入れ、彼の以前を知らない俺やベースさんが質問しては補足説明をしてもらう。

 色んな国を渡り歩いている彼の話はどれも興味深く、気付けば2時間以上が経っていた。

 

 

「お、もうこんな時間かぁ」

 

「あれ、ホントだ」

 

「じゃあ一旦お開きだな。移動しようぜ」

 

「茜ちゃんは?二次会行けるぅ?」

 

「いえ、明日は1限からだし、帰ります」

 

「俺達、もうちょっと此処に居るよ」

 

「そうだよな、久々だし。ごゆっくり」

 

 

 社長と弥さんとベースさんは未だ飲み足りないらしい。

 

 

「先ずは茜ちゃんを送んねぇとな。それからウチに来いよ」

 

 

 マスターのその一言で流黎さんと俺の今夜の宿が決まる。

 

 

「はぁ、お邪魔しまっす」

 

「悪いな、空」

 

「何言ってんだ。ゆっくりしてけ」

 

 

 言いながらマスターはタクシーを拾う為、一足先に店を出て行った。

 

 

「じゃあ、またな」

 

「うん。今日はどうもありがとぉ。白藤さんも、お疲れぇ」

 

「おー、ありがとさん」

 

「またね鴇。茜ちゃん、明日も頑張ってね」

 

「はい。お先に失礼します」

 

 

 皆が靴を履こうと向こうを向いたタイミングで、弥さんは俺の方を向いて。

 

 

「青磁君も。今度またゆっくり話そうね」

 

 

 何についてかは大体分かってしまった。でも何を話せるのか、さっぱり見当がつかない。

 

 

「あ、ハイ。よろしくお願いしまっす」

 

 

 分からないから、そう言って退出。俺を見送る弥さんの楽しそうな笑顔がものすごっく意味ありげで気になって仕方ない。

 何か知ってるんだろうな……でも、俺は弥さんに初めて会った時に、流黎さんに感じたような懐かしさ、みたいなものは持たなかったんだけどな。

 

 

「タクシー来たぞ。早く来いよ青磁!」

 

 

 もたもたしてたら階下からマスターの声。俺は慌てて店を出た。

 

 

「ほれ、乗れ」

 

「はい」

 

 

 促されて後部座席に乗り込む。堀越と柳さんが前の座席に並んで座ってた。乗車定員6人、イマドキ珍しい。

 

 

「そしたらそこの駅に先に寄って下さい、一人降りるんで。その後は……」

 

 

 マスターが行き先を告げ、タクシーはすぐに走り出した。前座席の二人は駅に着く迄の時間も惜しいと言いた気にひたすら喋り倒している。

 

 

「大丈夫?今日は忙しかったし、疲れたかな?」

 

 

 ぼぅっと前を眺めてたら、流黎さんが心配そうに小声で尋ねてきた。

 

 

「あ、いえ。大丈夫です。流黎さんの話も聞けて楽しかったし」

 

「そう?」

 

「ハイ。やっぱ、海外を回って来てる人の話ってリアリティが段違いじゃないですか。早く俺も行ってみたいって、頑張るぞって気になれます」

 

「そんな事言ってもらえると俺も嬉しいよ」

 

「いえそんな」

 

「で、いきなりで悪いんだけど」

 

 

 ……俺の背中を悪寒が走った。これはマスターが何かを切り出す時のあの感じと、間違いなく同じだ。

 

 

「俺からのリクエストがあるんだ。後で受け付けて貰えるかな?別に急がないから」

 

「えと、」

 

「早速かぁ、鴇!」

 

 

 きっちり遣り取りを聞いてたマスターが即座に話に割り込んできた。俺はと言えば想定外過ぎて声も出ない。マスターの声に反応して堀越が『何?』と振り向いた丁度その時、タクシーが駅前に着いた。

 

 

「着いたわよぉ、茜ちゃん。次の電車の時間は?」

 

「22時16分……あ、もうあと3分!」

 

「切符は?」

 

「定期あります!ちょっと走れば大丈夫ですから……じゃあすいません、お先に失礼します!」

 

 

 この時間の電車は30分に1本。これを逃すと痛い。彼女は慌ただしく挨拶すると荷物を引っ掴んでタクシーを降りた。

 

 

「じゃあね〜今日はありがとぉ」

 

「またなぁ、茜ちゃん!」

 

 

 堀越が駅の改札に吸い込まれていくのを見届け、タクシーは再び走り出した。

 それからの流黎さんは打って変わって口数が減り、ぼんやりと窓外の街並みを眺めている。その横顔は楽しそうだった……きっと、久々の景色が懐かしいんだろう。

 

 路面がアスファルトから石畳に変わり、マスターの家が近づいた事を知らせた。と、流黎さんがマスターの肩をぽんぽんと叩く。

 

 

「ごめん。ちょっと良い?」

 

「やっぱ寄るか」

 

「ああ、一目見るだけ。昼間は寄れなかったし」

 

「だろうなあ……すんません、次の角で停まって貰えますか」

 

 

 タクシーが停まると、流黎さんは『3分だけ』と言って降りて行った。その向こうにあるのは公園だ。こないだ堀越が泣いてた、あの公園。

 

 

「やっぱ懐かしいんだろ。昔はアイツ、しょっちゅうこの公園に居たからなあ」

 

「そうなんすか?」

 

「ああ。アイツに用がある時ゃ此処に来たら大概掴まえれたモンさ」

 

「そうそう、それ聞いて私も流黎君に会いに来たんだもんねー」

 

「おい、ちょ」

 

「柳さんが?」

 

「そぉ。相談に乗って貰ったのよねー」

 

 

 マスターが慌てて彼女を止めようとしたが無駄だった。この場合、二人が前後別々の座席に座ってたのが正解なのかどうなのか。

 

 

「……そのおかげで、今こうして彼と一緒に居られるんだも〜ん」

 

「えー」

 

 

 て事はアレですか。流黎さんはマスターと柳さんの仲人役だったって事ですか。

 

 

「ったく、そンな事わざわざ言わなくて良いのによ……」

 

 

 ブツブツ言って、マスターは流黎さんを呼び戻しに行こうとタクシーを降りる。それがフリだけだというのは俺でも分かった。降りる時、ルームライトに照らされたマスターの顔が真っ赤だったから。

 

 

「ふふふー、か〜わいいわよねぇ」

 

 

 柳さんはマスターの後ろ姿を眺めながら嬉しそうに一言。

 

 

「カワイイ、っすか……」

 

 

 何となく相づちを打ちながらマスターの後ろ姿を見遣る。その更に向こう、流黎さんが公園をゆったりと歩いてるのが、街路灯のオレンジに浮かび上がって見えた。

 

 

「……」

 

 

 デジャブ。

 石畳の街……佇む彼に歩み寄るマスターは、かつての俺自身。

 

 

「どうかしたぁ?」

 

「あ……いえ、何でも無いっす」

 

「そぉ?でも流石に疲れたわよねぇ。家に着いたらゆっくりしてね!」

 

 

 俺がぼんやりしてたのをそんな風に取ってくれたのは助かった。

 

 

「ハイ……」

 

 

 柳さんには失礼と思いつつも、俺はそのままシートに座り直して目を閉じた。今し方感じた、不思議な感覚に意識を集中してみる……が、もうそれは戻って来てはくれなかった。

 

 何だったんだろう……何かが分かりそうな気がしたのに。

 

 

「……悪い。待たせたね」

 

「さ、これで後は戻るだけだな。そしたらお願いします」

 

 

 程なく二人が戻って来て、タクシーが走り出す。

 

 それから10分後には、俺たちはマスターんちのリビングに居た。

 

 

「さあさ座って楽にしてね!今コーヒーでも持ってくるから」

 

「おー、サンキュ」

 

「ありがとう」

 

「手伝います」

 

「良いわよぉ、大丈夫だから。ほら青磁クンも座って座って!」

 

 

 リビングの片隅にセットされたソファに三人して腰を下ろす。向こう側には今日使った器材が無造作に置かれていた。今日はこれ以上片付ける気は無いらしい。

 

 

「そんでさっきの続きだけどよ」

 

「ああ」

 

「とりあえず、コレな」

 

 

 そんな事を言いながらマスターが流黎さんに渡したのは、一枚のCD。

 

 

「もう出来たんだ?」

 

「今日中にって念押ししといたからな。ちゃあんとさっき、ポストに入ってた。あ、お前にも一枚あるぜ」

 

 

 俺にも同じのが手渡される。

 レーベルには今日の日付と、昼間に出てたライブのタイトル名。

 

 

「まさか、今日の録音っすか」

 

「他に無ぇだろ。記念にやるよ。まあまた明日にでも聴いてみろ」

 

「はあ」

 

 

 この時はマスターの手際の良さに呆気に取られててそれ以上何も考えてなかった……やっぱりそれなりに疲れてたのかなと後になって思ったけど。

 

 

「じゃあ、俺からも改めて」

 

 

 CDを入れた鞄から交代で出てきたのはA4の封筒。受け取ると即座に開けるように促され、見ればレポート用紙と五線紙が一枚ずつ。レポート用紙には一編の詩が、五線紙には8小節だけメロディが書いてあった。

 

 リクエストって、もしかしてコレか。

 

 

「そう。それに曲をつけて欲しいんだ。形式や演奏時間の指定は一切無し。一応のテーマがそれなんだけど、何なら変えてもらっても全く構わない。君のセンスに任せるよ」

 

「はあ」

 

 

 すっかり決まってる。俺『やります』とも何とも言ってなかった筈だけど……でも流黎さんからリクエストって……勉強にはなるのか……。

 

 

「いつ迄に出来たら大丈夫なんですか?」

 

 

 ぐるぐる考えて、結局俺の口をついて出たのは実質『やります』の意思表示。

 

 

「じゃあやってくれるんだ?!」

 

「あ、ハイ」

 

「よっしゃ、それでこそ青磁だ!」

 

 

 マスターがまた俺の背中をバンバン叩く。思わず噎せる俺を見て流黎さんが笑う。淹れたてのコーヒーを持って来てくれた柳さんも事情を知って『わー頑張ってねぇ』と俺の頭をぐしゃぐしゃ撫で回した。

 

 

「そしたら改めて、乾杯だな」

 

「青磁君の奮起を願って」

 

「乾杯!」

 

 

 コーヒーでも乾杯かと思いきや、カップからは仄かにブランデーの香り。

 

 

「うん。一応、カフェ・ロワイヤルだね」

 

 

 俺の視線に気付いた流黎さんが、カップをちょっと持ち上げて悪戯っぽく笑う。その笑顔が、またやけに懐かしく感じられた。

 

 

>>>4

 

 

20091101-20100504-20180923