『わたし まだまだ ちぃちゃな はっぱ

 

 だけど これから ぐんぐん のびて

 

 きれいなおはな さかせるよ

 

 みんな なかよく うえてちょうだい

 

 まっかな おおきな ゼラニウム

 

 となりに わたしの チューリップ』

 

 

 コンサートの後、差し入れられたプレゼントを確認してたら出て来た一枚のカード。

 

 

(これ、俺に?)

 

(そう。差し入れに付いてた)

 

(興味深い内容だけど、ラブレターにしちゃかわいらしいな。字も幼い)

 

(そうね。でもこれがホンモノのラブレターだったら結構熱烈)

 

(熱烈?どうして)

 

(花言葉よ。ゼラニウムは『真の友情・愛情』)

 

(チューリップは?)

 

(『恋の宣言・不滅の愛』!)

 

(光栄だなあ)

 

(多分あの子だ。ほら、最前列で母親と一緒に聴いてた)

 

(何度か来てくれてるわよね。気に入ってくれてるのかしら)

 

(だと嬉しいな。感性が鋭い子どもたちに、俺達の曲が受け入れられてるってのは最高の栄誉だね……)

 

 

「……うわー」

 

 

 ぽっかり目を覚ました俺は、そのまま天井をぼんやり見つめながら、こないだの曲で堀越が書いたという歌詞を思い出していた。

 

 

『あの歌詞作った時って、マスターのアドバイスとかもらったの?』

 

 

 彼女を自宅まで送って、また明日と言う時になってふと思い出したから聞いてみた。そしたら

 

 

『もらってないわよ!ホントに自分で、全部書いたんだから!』

 

 

 心外だと言わんばかりの勢いでそんな答えが返ってきたんだ。

 

 

『まさか自分でそれを歌うなんて思わなかったけど。でも流黎さんにあれだけ言われたら断り切れなくて』

 

 

 最後には頷いちゃったのよ、と彼女は言った。

 

 

『でも確かに上手かった。言葉の選び方とか、韻も良い感じに踏めてたし』

 

『そう?』

 

『うん。聞いててちょっと照れくさかったけど』

 

『私なんかもっと恥ずかしかったわよ!あんなステージで歌うなんて初めてだったし……でも』

 

『でも?』

 

『あれ、私のホントの気持ちだから。それだけは分かってよね!』

 

 

 え、と棒立ちになった俺のほっぺたに一瞬柔らかい感触。玄関のドアがバタンと閉まって、鍵の掛かる音がやけに大きく聞こえたところで漸く我に返った俺は、やっとの事で言葉を絞り出した。

 

 

『……ありがと』

 

『うん、おやすみ』

 

『おやすみ。また明日』

 

 

 それから長いこと待たせてたタクシーに戻り、ぼんやりしてる内にマスターんちに着いた。だいぶ酔いが覚めたらしいマスターも他の二人と一緒に出迎えてくれて、またあれこれ言われるかと覚悟してたけど『明日は大変だからな』とあっさり放免。

 お陰で1時過ぎにはふかふかの布団に横になれて、速攻寝落ち。

 

 

「……5時40分、かぁ」

 

 枕元の目覚まし時計が、カチコチと出発へのカウントダウンを続けている。

 カーテンの向こうは未だ真っ暗だけど、リビングの方から物音が聞こえて来た……ガタンという音に続いて『イテッ』と呻く声がして、ああマスターだと分かる。

 

 

『頑張れよ』

 

 

 昨夜の言葉を思い出して鼻の奥がツンとなる。でも感傷的になってる場合じゃない。今日がスタートなんだ。これからがムシャシュギョウなんだぞ俺。

 

 

「出発は夕方なんだから、未だそんなに気合い入れなくてもいいんじゃないか?」

 

「わ」

 

 

 そうだった。流黎さん、隣で寝てたんだった。

 

 

「……起きてたんすか」

 

「うん、まあ」

 

「気合い、入っちゃってましたか?俺」

 

「うん、まあ」

 

「……すんません」

 

「謝るトコじゃ無いだろ、そこは」

 

「はあ、まあ」

 

 

 足下の常夜灯の灯りをぼんやり眺めながら、暗闇に野郎二人の声がぼそぼそ響く。

 

 

「未知の世界に飛び出す日なんだから緊張して当然だよ。でも今まで爆睡してたのは流石だね」

 

「流石って」

 

「まあまあ」

 

「でもそれは、流黎さんが同行してくれるって話になったから安心してるんです」

 

「一週間だけだけどね」

 

「それでも大違いですよ……そりゃ、流黎さんは慣れてるから一週間『だけ』だろうけど」

 

「まあね」

 

「俺は海外初めてだし、それこそ右も左も分からない異国の地で……」

 

「亮司から色々聞いただろ?上下左右東西南北くらい分かるさ」

 

「そうじゃなくて」

 

「大丈夫、君ならすぐに仲間が沢山出来る」

 

 

 にゅ、と彼の手が伸びてきて俺の枕をぽんぽん叩いた。

 

 

「案ずるよりナントカってヤツだよ。それよりプレゼント、決めたのかい?」

 

「……はあ、まあ」

 

 

 これは年明けからずっと言われてた事。出発前に堀越にプレゼントを渡せ渡せと散々せっつかれてたんだ。

 本当は昨夜、彼女を送って行った時とかに渡せられたら理想的だったんだろうけど、結局思いつく物が無くて此処までずれ込んでしまった。

 

 

「とりあえず、朝飯食ったら買いに行って来ます」

 

「空港に向かうのは12時前だけど、大丈夫?」

 

「ハイ」

 

「よし。じゃあ、もう少し休んでおこう」

 

 

 そこで会話はぱったり止んだ。もう眠れそうに無いけど、体だけでも休ませておこうと俺は取り敢えず目を閉じた。

 

 

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「亮司はやっぱ無理だったか。じゃ、後は茜ちゃんと弥だな」

 

「そうねぇ」

 

「アイツら大丈夫か?ちゃんと見送りに間に合うんだろうなぁ」

 

「大丈夫よぉ。クラブから直行するって言ってたもん。それにまだ1時間もあるし」

 

「でも万が一って事も」

 

「俺の見送りにはギリギリだった奴が言うなよ」

 

「そーよぉ!あの時、私達がどれだけヤキモキしたと思ってんのぉ」

 

 

 どうやら、流黎さんが最初にチェコへ飛んだ時の事を言ってるらしい。

 

 

「鴇……お前、なんでそー言う事だけは覚えてんだ」

 

「そー言うモンだからさ。忘れっこない」

 

「ちぇ」

 

 

 大げさにしかめっ面をするマスターを見て思わず笑ってしまった。そんな俺を即座に見咎めたマスターからのツッコミが来る。

 

 

「余裕じゃねぇか、青磁」

 

「イエ、そうでも無いですけど」

 

「このままカノジョの顔を見れずに出発かもしれねぇぞ?」

 

「それはちょっと困りますけど……でもそろそろかと」

 

「おーさすが!信じちゃってるねぇ」

 

「いや信じるも何も時間的に」

 

「あー、いた!!」

 

 

 弥さんの豪快な叫び声が、俺とマスターの不毛な会話を断ち切った。

 

 

「お、来たかぁ」

 

「モチロン。もう少し早く来たかったんだけど、どうしても抜けられなくて。ゴメンね、青磁君」

 

「イエ、わざわざすいません」

 

「なーに言ってんの。大事な人の大事な日にはきちんと立ち会わないとね……ほら」

 

 

 弥さんに促されて堀越が目の前にやって来る。最初は何て言ったら良いか分からなくて、結局間抜けな挨拶になった。

 

 

「えっと……お疲れ」

 

「いよいよだね、鳥栖珈君」

 

「うん、まあ」

 

「身体、気をつけてね」

 

「ありがと……あ、これ」

 

 

 忘れちゃいけないと、ずっと右手に抱えてた紙袋をずいと彼女に渡す。

 

 

「何?」

 

「鉢植えなんだ。荷物になって悪いけど……その、俺からの気持ち、って事で」

 

「……見ても良い?」

 

「うん」

 

 

 直ぐさま彼女は紙袋を開けた。

 

 

「あ、ゼラニウム」

 

「うん。あと、球根は、チューリップ」

 

「何で、私の好きな花が分かったの?」

 

「うん、ゼラニウムは、あの歌詞に入ってただろ?だから好きなんじゃないかなって思って。あと、チューリップは俺が好きだから、何となく」

 

 

 夢の事は言えない……こうして、流黎さんも俺も少しずつ小さな嘘を重ねて行かざるを得ないんだろう。

 

 

「こんな季節によくあったね!うん、これはよく手入れされてるから春には綺麗なのが咲くわよ」

 

 

 それはきっと、弥さんも同じ。

 横から袋を覗き込むと堀越にそう言って笑いかけた。

 

 

「ありがとう。ちゃんと育てるわね、私」

 

「うん。ありがと」

 

「じゃあ、私からはこれ」

 

 

 上着のポケットから取り出した小さな包みを手渡される。透明な袋に入ってるからすぐ分かった。

 

 

「あ、これってポルビチカ?」

 

「うん。弥さんに教えてもらったの。マスターのお店にあるのもそうなんだってね。幸運のお守り」

 

 

 言いながら別のポケットからもう一つ取り出す。

 

 

「マスターも流黎さんも弥さんも、みんな持ってるって聞いたの。だから私達も、お揃い」

 

 

 思わず俺は弥さんを見た。

 

 

「……何処に居ても仲間だよ」

 

 

 弥さんの笑顔が返ってきた。ちょっと涙目になり出した堀越の両肩をそっと支えて『大丈夫』と優しく語りかける。

 

 

「そしたら俺、向こう用の土産、買い足ししてくる。青磁君、後で搭乗ゲートで落ち合おう」

 

「ハイ」

 

「俺達もそろそろ行くか。久々の空港見物でもしてこようぜ」

 

「また夏にね。青磁君」

 

「え、あ」

 

 

 流黎さんに続いてマスターも弥さんも踵を返す。

 

 

「後は二人でね〜」

 

 

 柳さんがこそっと俺に耳打ちして、ふふふ〜と笑いながらマスターを追いかけて行く。ウッカリ別れの挨拶を言いそびれちまった。せめて御礼の気持ちをと、その後ろ姿にお辞儀する。

 

 それから俺達は展望デッキの方へと移動した。ガラス張りの大きな窓の向こうに飛行機が停まってるのがよく見える。

 

 

「あれに乗るの?」

 

「ううん、その向こう」

 

「大きいね」

 

「そうだね。あれが飛ぶんだよなあ……」

 

 

 暫し、沈黙。言いたい事は沢山あるのに、こういう時は却って何も話せなくなるモンなんだな。

 

 

「……半年なんて直ぐだよね?」

 

「あっと言う間だよ、きっと。また会おうな」

 

「頑張ってね」

 

「うん。あ……茜に、笑われないように、精一杯頑張る」

 

「あ、私だって。青磁……くんに負けないんだからね!」

 

 

 なけなしの勇気を出して初めて名前で呼べば、彼女も思い切り言い返してきた。ホント、負けず嫌いだなあ。

 

 

「何でそこで笑うのよ」

 

「うん、まあ」

 

「何か、悔しい」

 

「そんなんじゃないよ。嬉しいんだから良いじゃないか」

 

「何で」

 

「名前、呼んでくれた」

 

「……そっちこそ」

 

 

 再び、沈黙。でもとても心地良い静けさ。

 ……暫くして、搭乗手続き開始のアナウンスが響いた。

 

 

「じゃあ行くよ。夏、待ってるから」

 

「うん」

 

「元気で、頑張って」

 

「うん。青磁くんも」

 

 

 また涙目になりかけながら、それでも気丈に笑顔を見せてくれた彼女を一度、しっかり抱きしめる。

 その暖かさに勇気を貰って、俺は流黎さんが待つ搭乗ゲートへと歩き出した。

 

 

(了)


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