「はよーございまーっす」

 

「お、青磁。今日はまた早いな」

 

「え、そうっすか?」

 

「まだ11時だぞ」

 

「アレ?」

 

 

 またやっちまったらしいな、俺。

 

 

「ちょっと鳥栖珈君、午前中は私のバイト時間!はい、ご注文は?」

 

 

 朝担当の堀越が冗談混じりにオーダーを取りに来た。でも、目、笑ってない。

 

 

「えっと……モーニング、未だいける?」

 

「えー」

 

 

 恐る恐る聞けば、予想通りのブーイング。モーニングは11時迄までだって知ってるけど。

 

 

「ほら、未だ11時になったところだし」

 

「もう3分過ぎてるわよ。ねえ、マスター?」

 

 

 堀越が抗議の目を、俺は懇願の眼差しをマスターに向ける。

 

 

「しょうがねぇなあ、バタートーストとゆで卵が余ってるから作ってやるよ」

 

 

 俺達を扱い慣れてるマスターは、上手い事間を執り成してくれた。

 

 

「マスター、甘い!」

 

「やった!有難うございます!!」

 

「ほいよ、但しお代前払いな。ほれ」

 

「あ、はい」

 

 

 バイト割引は?と思いながら360円を出せば『それ、茜ちゃんに渡して』と言われた。

 

 

「あ…はい」

 

「そしたら茜ちゃん、それ持っていつものコンビニ行って来て」

 

「え?」

 

 

 堀越もキョトとしている。至極当たり前と言った風にマスターはおつかいを頼んだ。

 

 

「今日新発売のブラック缶コーヒーがあンだよ。店長に言や分かるから3本買って来てくれねぇか?」

 

「コーヒーがウリの喫茶店がそんな事言ってて良いんすか?」

 

「何言ってんだ。だからこそ世間の商品の研究は抜かり無くやっとくべきなんだよ」

 

 

 いや絶対違う。飲みたいだけだろ。マスターが。

 

 

「それと」

 

 

 話を続けながら、マスターが今度は自分のサイフからお金を出す。

 

 

「雑誌も発売日だし。一緒に買って来てくれると助かンだ」

 

「あ、いつもの5種類で良いんですね?」

 

「そうそう。のんびり行って来なよ」

 

「はーい!行って来ます、マスター」

 

 

 言うなり堀越は店を飛び出して行った。カランカランとドアベルが彼女を見送る。マスターは早速俺用のモーニングをセットしてくれていた。

 

 

「それにしてもお前も面白い奴だよな、青磁」

 

「そうすか?」

 

「そうさ。寝坊やら用事やらで遅刻する奴は昔から見てきたけど、こう何度も自主的に早出してくるバイトなんざ、お前くらいのモンだし。慢性時差ボケか?」

 

「なんすかソレ」

 

「実は彼女を怒らせて叩き出されたとか」

 

「もっと無いです」

 

 

 そもそも彼女が居ませんと何度言ったら。



「ちょっとぉ、青磁クンいじめないでよねぇ」

 

 

 カラン、と音がして入って来たのは柳さんだ。マスターの奥さん。

 

 

「あ、おはようございます」

 

「おはよぉ。茜ちゃんは?」

 

「買い出し」

 

「あー、良いわねぇ。今日も朝から恋の応援団活動中ね?」

 

「は?」

 

 

 誰が何の応援だって?

 

 

「何だぁ、青磁は知らないのか?」

 

 

 マスターが笑いながら問いかけて来た。

 

 

「何をですか」

 

「茜ちゃん、あのコンビニの店長に片思い中なのよぉ、うふふ〜」

 

 

 答えは柳さんが教えてくれた。

 

 

「……知らなかった、全然」

 

「何だ、知ってんじゃんと思ってたのに。だから茜ちゃんの為に時々早く来てやってんだろうと踏んでたんだけどよ」

 

「あそこの店長さん、午前中だけだものねぇ、店に入ってるの。茜ちゃんも忙しいコだからなかなか顔を見にすら行けないみたいだしぃ」

 

「それで、俺が早く来た時はやたらと堀越を外に出すんすか」

 

「そーそー」

 

「じゃあ俺って、堀越にもっと感謝されても良いようなモンなのに」

 

「そりゃ無理だろ」

 

 

 ちょっと拗ねた俺の抗議は即座に却下された。

 

 

「だって彼女、自分の片思いが俺等にバレてるってこれっぽっちも気付いちゃいねぇんだからな」

 

「そうよぉ、だから青磁クンも、これ聞いたからってマメに早出しちゃダメよぉ。フツーに時間間違ってくれれば良いしぃ」

 

「なんすかそれ」

 

 

 ていうか、勝手に応援団員にカウントされてるし。

 

 

--------------

 

 

 堀越はたっぷり30分かけておつかいから戻ってきた。マスターに釣銭と頼まれ物を渡すと、柳さんが『ありがとねぇ、助かっちゃった』とニコニコしながら声を掛ける。

 その笑顔の意味が分かってしまった今、俺はどんな反応をしたら良いのかちょっと困る。

 

 

「ありがとさん。そしたらコレ飲んでみろよ、青磁。茜ちゃんも飲めるだろ?」

 

「え」

 

 

 袋から出したばかりの缶コーヒーを手渡され、俺も堀越もちょっと戸惑う。

 

 

「当然だろ?皆の感想を聞かなきゃ商品研究の幅が出ねぇからな。明日までにレポートよろしく」

 

「巻き込まないで下さいよ、マスター」

 

「くだくだ言うな。奢ってやってんだから少しは協力しろ」

 

 

 頼んだ覚えは無いんですけど。

 

 

「いやだから何でわざわざ市販の缶コーヒーを」

 

「あの、柳さんの分は良いんですか?」

 

 

 脱力する俺の横で堀越が尋ねる。それには柳さんがニッコリ笑って返した。

 

 

「そぉんなの気にしなくて良いわよ!帰りにでも買ってもらうからね。ブラックで飲めないなら、茜ちゃんの好きに飲んでみて、それも貴重な意見になるし。悪いけど、協力してあげてね」

 

「あ、ハイ」

 

 

 そう、堀越はカフェオレ状態じゃないとコーヒー飲めないんだ。柳さんのフォローはどこまでも細かい。

 

 

--------------

 

 

「で、例の件は進んでるんだよな?」

 

 

 堀越は12時あがり。ランチのピークが過ぎて一通り落ち着いてきた頃、マスターが徐に俺に声をかけてきた。

 

 

「まあ半分くらいは」

 

「お、流石!そんで、今日は持って来てんのか?」

 

「未だですよ、書きかけだしあちこち飛んでるし……寝坊したと思って慌てて来たから、そんな事考えてられなくて」

 

「なんだぁ」

 

「すいませんね」

 

「学校の課題もそんな調子じゃねぇだろうなあ」

 

「それは流石にもうちょっとやってます」

 

「そう言えば提出期限もうすぐなんじゃないのぉ?確か今度の土曜日」

 

 

 柳さんは記憶力が良くて、こうして俺の専門学校のレポート提出期限なんかまで覚えてる。これに何度助けられた事やら。

 

 

「そうです。それには間に合います」

 

「そっか、なら合格だな」

 

「ちょっと、マスターが決めないで下さいよ」

 

 

 抗議しかけた俺をマスターは片手でまあまあと制して

 

 

「だってお前が作る曲だ、通らないわきゃねぇだろ」

 

 

 と自信たっぷりに笑った。

 

 

「いや、俺だからめちゃめちゃアヤシイって思うんすけど……」

 

 

 何をそこまで買い被ってくれてるのか分からないけど、これには流石に異を唱える。それでもマスターは『そんなに自分を過小評価するな!』って笑いながら俺の背中をバシバシ平手で叩きまくった。痛い。

 

 

「で、例の方はいつ頃拝めそうなんだ?」

 

「……来週の半ばには一度持って来ます」

 

「そっか、そりゃ楽しみだ!」

 

 

 言いながらまた俺の背中をバシバシ叩いて『さあ休憩するか!』とコーヒー用の湯を沸かし始める。叩かれまくって咽せる俺を見て柳さんは『あらら、大変ねぇ』とケラケラ笑っていた。相変わらずこの二人は暢気だなあ。

 

 マスターの言う『例の件』てのは、マスターが書いた曲の編曲。此処でバイトしてもう2年以上になるけど、その間にこうして手渡された曲は今回で5つ目。

 マスターはたいてい主旋律しか書かないくせに、俺には『バンドスコアにしてくれ』とか無茶振りしてくるから、1曲仕上げるにも結構時間がかかる。俺の力不足なせいもあるからあんまり文句は言えないけど……ぶっちゃけ、専攻はクラシックなんだよなあ、俺。

 

 

--------------

 

 

「いらっしゃ……あ、亮司」

 

「よう、空。お届けモン」

 

 

 夕方、カランと言う音と共に入って来たのはメッセンジャー会社の社長。マスターの以前からの友達で、自転車のロードレースで全国優勝した事もあるそうだ。一見とても真面目そうなんだけど、かと言って堅苦しい感じでもない。俺にも何時も気さくに話しかけてくれる、すっごく社長っぽくない社長だ。

 

 

「お、ひょっとして久々に来た?」

 

「ああ。今回の消印はオックスフォード」

 

「イギリスかよ。くそぅ羨ましい」

 

「土産でもねだってみたらどうだ?」

 

「ま、それは前に貰ったからな……にしても、アイツも大概あちこち行ってんなー」

 

「今は仕事も兼ねてるからな。ライターとしての才を認められたって事だから良いじゃないか」

 

「良いけどさ……何時戻って来んだろなあ、鴇」

 

 

 言いながら、マスターはカウンターの隅にある置物に目をやった。

 俺が此処に世話になる前からずっとあった木彫りの鳥。『ポルビチカ』っていうチェコの幸運のお守りだって、以前に柳さんが教えてくれた。

 

 

「まあアイツの事だ。いきなりふらっと帰って来るだろうからのんびり待とうぜ?」

 

「お前ってそういうトコ、相当お気楽だよなあ」

 

 

 マスターの混ぜっ返しも社長は軽く笑って往なし『じゃあまたな』と去って行った。今日は未だ集荷が残ってるんだろう。

 

 カラン、とドアベルが一際大きく店内に響く。随分前にケーキセットを平らげて奥で延々と喋っていた3人組も、漸く重い腰を上げ勘定を済ませて店を出て行った。

 

 

「今日はこんなモンかな。定時までの分はつけとくから帰って良いぜ。お疲れさん」

 

「もう閉めるんすか?」

 

 

 定時より2時間近く早い。こんな早々に切り上げるのは珍しい。

 

 

「おぅ。リハあんだよ、今夜は」

 

「そうなんですか」

 

 

 マスターのバンドは、来月始めに合同ライブに出るそうだ。その為のリハだろう。

 

 

「悪ぃな、何時も勝手で」

 

「いえ、俺もそんなら課題にさっさと取り組めるんで助かります」

 

「そう言って貰えると助かる。そしたら早いとこ片付けて俺の方のヤツも宜しくな」

 

「あー、ハイ」

 

 

 ちぇっ、抜かりないや。これだと来週早々持って来ないと拗ねるだろうなあ。

 

 

--------------

 

 

「うはー、どうなんだろ……」

 

 

 日曜日。レポートは金曜日に無事提出したから、昨日からマスターからの頼まれ物に取り組んでいるんだけど、どうやって曲を終わらせるかで悩み中。

 一応3つパターンが出来て、俺としては良い感じだと思うのはAなんだけどな。でもマスターならCが好きそうだし……ちょっと変則的だからなぁ。それと比べたら、Bは面白味には欠けるけど収まりは一番良い気がする。要は、今ひとつ『コレだ』と言う決めてが無い。どれもこれも。

 

 

「うー」

 

 

 行き詰まった。気分転換に出掛ける事にして、サイフだけ持って取り敢えず家を出たら、100mと行かない内にキッと自転車のブレーキ音が左側からして。

 

 

「やあ。青磁じゃないか」

 

「あ、こんにちは」

 

 

 如何にも配達帰りという風情の社長がニコニコしながら声を掛けてくれた。

 

 

「どうした?難しい顔して」

 

「いえ、ちょっと気晴らしに出てきたんです」

 

「学校の方が大変?」

 

「いや、そっちは何とかなってんすけど……」

 

「あ、空か」

 

「はあ、まあ」

 

 

 社長とマスターはツーカーだからなあ。今回の件もすっかりバレてるみたいだ。

 

 

「『いつもなかなか面白い曲作ってくれるから今回も楽しみだ』って言ってたぜ?」

 

「うわ、めちゃめちゃプレッシャーじゃないっすかそれ」

 

 

 俺が本気で渋い顔をすれば、社長はあははと笑う。

 

 

「で、どの段階なんだい?」

 

「大体は出来てるんすけど、曲の終わり方で、ちょっと」

 

「なんだ、それなら直接聴いてもらったら早いじゃないか。スコア持って来いよ」

 

「え、今から?」

 

「そう。実はこれから空んとこ行くんだ。新メニューの試食会」

 

 

 そう言うからには喫茶店のメニューなんだろうけど。

 

 

「でもお邪魔じゃないっすか?いきなり人数が増えたら予定が狂うだろうし」

 

「そんな遠慮なんか要らないさ。アイツ、ホントは君も誘いたかったけど、曲作りを急かしちまったからって遠慮してたんだ。お互い試作のお披露目と意見交換って事で良いんじゃないのかい?」

 

 

 そんな社長の声に励まされた俺は、直ぐさま家に引き返してスコアを引っ掴み自転車に乗って社長の後についてった。

 

 マスターの家は、一度だけ行った事がある。こじんまりとして綺麗な家。ちょっとヨーロッパの雰囲気があるなーと羨ましく思った事を覚えてる。俺んちとは街の真ん中にある公園を挟んで向こうとこっちの位置関係だから、当然今日は公園を突っ切る事になって……。

 

 

「あれ?」

 

 

 公園の隅のベンチで座ってる……あれは、堀越。

 

 

「どうした?」

 

「いや、彼所に……」

 

 

 社長も気づいた。

 

 

「朝バイトに入ってる子だね?」

 

「そうっす。何でまたこんなとこに」

 

「……暇かな?」

 

 

 社長はボソッとそう言うと、自転車を置いて速攻で堀越の所に走っていく。一緒にマスターんちにと誘うつもりだってピンと来た。どうかなあと思いながら二台の自転車と待ってると……何故かいきなり堀越が泣き出した。

 

 

(え、ナニ言ったんすか社長?!)

 

 

 堀越はそのまんま社長にしがみついてわんわん泣いてる。俺まで行ったらダメなパターンだというのは何となく分かった。『どうしましょう?』と口パクで問えば、社長は身振りで『先に行っといて』と返してきた。

 

 何が何だか分からないけど、マスターも待ってるだろうし、状況は伝えなきゃいけない。言われた通り、俺は一人で先にマスターんちに到着。俺の突然の訪問にもマスターは嫌な顔なんかせず、それどころか大喜びで中に招き入れてくれた。

 

 

「あらぁ、青磁クンじゃない、来てくれたのぉ!」

 

 

 柳さんもそう言って、キッチンからお玉をぶんぶん振って歓迎してくれる。

 

 

「あ、ども。お邪魔しまっす」

 

「よく来てくれたわねぇ、亮司にでも聞いた?」

 

「はあ、まさしく」

 

「で、その袋は何だ?」

 

 

 マスターが期待いっぱいの目で早速俺に聞いて来る。

 

 

「例の分です。まだ終わりが決まらないんですけど」

 

 

 答えて、ついでに社長との遣り取りを説明すれば。

 

 

「へえ!じゃあ後でそれ聞かせてくれよ。色んな意見も聞けるだろうし、こりゃ楽しみだ」

 

「最終的にはマスター決めて下さいよ」

 

「それはその時次第だな!」

 

 

 言ってにやっと笑われた。ちぇ、マスターのバンドの曲なのに。

 

 

「で、亮司は?」

 

「あ、それなんすけど……一緒に来る途中で堀越を見かけて」

 

 

 いきさつを話すと、マスターは然程驚いた風もなく『あー』と頷いた。

 

 

「あのなあ、青磁」

 

「はい」

 

「あの子なあ……失恋したんだよ、多分」

 

「は?」

 

 

 失恋って……じゃあ、例のコンビニの店長の事?

 

 

「フラれたって事ですか」

 

「いんや、昨日いきなり経営者が変わっててさ。何があったんかは知らねぇけど」

 

「……はぁ」

 

 

 マスターが言うには、昨日の朝わざわざ新しい店長が挨拶に来たそうだ。その時間には堀越もバイトに来てたから、嫌でも話が耳に入って。

 

 

「で、ショックだったみてぇでさ。話しかけても上の空だし、こりゃ仕事にならねぇからって早くあがらせたんだ」

 

「はぁ」

 

「せっかく皆で応援してたのに、残念よねえ」

 

 

 いや、俺は勝手にカウントされただけで。

 ……でも気にはなる。堀越は結構一途なところがあるからなあ。メシ食えてんのかな。

 

 

「お」

 

 

 喋ってたらチャイムが鳴った。社長だ。

 

 

「遅くなったな、すまん」

 

「どって事無いぜぇ。青磁連れて来てくれたし大手柄だ」

 

 

 手柄って。

 

 

「それで、堀越は来たんですか?」

 

 

 そろっと尋ねてみれば、社長は後ろをちらっと振り返り『連れて来たよ』とニッコリした。

 

 

「ブーツ履いてたからね、ちょっと脱ぐのに手間がかかってるだけだろ」

 

「そっか、サンキュ!」

 

「大した事じゃ」

 

「じゃ、これであと一人ね!」

 

 

 まだ来んの!!

 

 

「そうだな、賑やかで良いじゃねぇか。こりゃ参考になるな。な、青磁!」

 

「え」

 

「よねぇ!私達5人の為のプチコンサートみたいで楽しみぃ!」

 

 

 柳さんはすっかり浮かれてる。未だ曲、完成してないんだけど。

 あ、ちょっと待て……堀越にも曲聞かれるのか。何てこった。

 

 喋ってる端から、またチャイムが鳴った。

 

 

「あ、来た」

 

「だな」

 

「どなたですか?」

 

 

 俺以外は良く知ってるらしい5人目の来訪者を尋ねれば、マスターがニッカリ笑って教えてくれた。

 

 

「亮司のヨメさん」

 

「え」

 

 

 話には聞いている。社長の奥さんって、今や全国で知られつつある義足のアスリート。昨秋は全国大会で2位だったって、街中総出の勢いで『おめでとうセール』があったんだ。

 でも普段はトレーニングなんかで忙しいって、俺は一度も会った事が無い。

 

 

「うわ、緊張する」

 

「なんで」

 

「だって、初めてお会いするんっすよ」

 

「あれ、そうだったぁ?」

 

 

 柳さん、何にでも俺をメンバーにカウントしてるらしい。

 

 

「そうです」

 

「はは、大丈夫だよ。威勢は良いけど取って食いはしないから」

 

 

 ……社長のとこ、絶対かかあ天下だ。

 

 

「どーも、御邪魔しまーす」

 

「わぁ、お久しぶりですぅ、弥さん!」

 

 

 弥さんって言うのか。

 

 

「茜ちゃんもようこそ!さぁて、これで勢揃いだ」

 

「あの……本当に良いんですか……?」

 

 

 一気に盛り上がるマスター夫婦と社長夫婦を見比べながら、目尻を少しだけ赤くしたままの堀越が弥さんに手を引かれてオドオドと入って来た。

 弥さん、確かに威勢が良い。堀越の右手を握ってるその様も、さり気ないようでいて見事にガッシと捕獲してるって感じだ。

 

 

「勿論よぉ!モニターさんは多い方が助かるわぁ」

 

「忌憚ないご意見を、ってヤツさ。あ、彼女は亮司のヨメさん、弥さん」

 

「あ、初めまして。堀越 茜って言います」

 

「こちらこそ。もしとんでもないモノ食べさせられても、此処にちゃあんとお口直しがあるから安心してね、茜ちゃん」

 

「ひでぇなあ」

 

「別に柳ちゃんの料理は心配してないんだけど、空のメニューがねぇ」

 

 

 悪戯っぽく笑う弥さんの右手には、人気のケーキ屋の箱がぶら下がってた。確かにこの店のは絶品。特にシュークリームだよな。何度も雑誌にも載ってるって、マスターが以前言ってた。

 

 

「そちらのカワイイ子は?」

 

 

 箱に気を取られてたら、弥さんがくるっと俺の方を向いてニッカリ笑う。

 あ、挨拶が未だだったな。えーと。

 

 

「鳥栖珈 青磁。俺の専属の編曲家さ」

 

「待って下さいよ、マスター」

 

 

 そんな風に言われたら絶対弥さんに誤解されるから。俺、専攻クラシックですから。

 

 

「そんで、今日は新曲を持って来てくれたんだぜ。聞きてぇよな?」

 

 

 反論は完全に封じられた。俺が喋るのを止めさせるべく横から出されたマスターの右手は見事に俺の顔面にヒットしていた。鼻が痛いです、マスター。

 

 聞いた弥さんがニマッと笑い、堀越は目をぱちくりさせてる。

 

 

「へぇ、そりゃ良いトコに来たわね!」

 

「え……鳥栖珈君ってバンドの曲も作れるの?」

 

「そうさ。極秘事項だぜぇ。コイツ、末は大物だからな。まあ茜ちゃんも聴いてみなよ」

 

「はぁ」

 

 

 堀越が胡散臭そうにこっちを見る。俺はさり気なく視線を逸らした。

 

 

「じゃあ、先に試食からね!あと10分くらいで出来まぁっす」

 

「そうだな。お前ら、そっちの部屋で待っててくれよ」

 

「手伝いは?」

 

「亮司、頼むわ」

 

「オッケー」

 

「じゃあ、私達は先にのんびりしよっか。ほらほら茜ちゃん、青磁くん」

 

 

 弥さんに先導されて、俺達はリビングのソファに腰を下ろした。斜め前から弥さんの、左から堀越の視線をひしひしと感じて落ち着けない。

 

 

「ホンットにカワイイねえ。今何歳?」

 

「あ……えと、もうすぐ21です」

 

 

 狼狽えながら答える俺の耳に『カワイイ?』と訝る堀越の呟きが聞こえた。

 

 

「結構長いこと、空んとこでバイトしてるって聞いたけど?」

 

 

 彼女の呟きは聞こえなかったようで、弥さんはどんどん質問攻めしてくる。

 

 

「2年ちょっとになります」

 

「そっか、結構最初の頃からやってんだ。もうベテランだね。茜ちゃんは?」

 

 

 やっぱり、俺の事は社長とかから聞いてんだろうな。矛先はあっさりと堀越に向かう。

 

 

「あ、半年くらい」

 

「学生さん?」

 

「はい」

 

「何勉強してるの?」

 

「えっと……家政学です」

 

「それの何?」

 

「食物栄養」

 

「へぇ〜、良いね」

 

 

 弥さんの眼がキラッと光った気がする。何かを察したのか、或いは彼女の勢いに気圧されたか……堀越の細っこい身体が更に縮こまった感じがした。

 

 

「じゃあ聞きたいんだけどさ、栄養学的に見て空んとこのメニューってどう?」

 

「え」

 

「たまに変なメニューがあるでしょ、空の店」

 

 

 マスターの家で。

 マスターの試作品をこれから食べようって時に。

 

 

「青磁」

 

 

 マスターに呼ばれた。こっち来いと手招きしてる。

 

 

「あ、はい」

 

 

 何か手伝う事でもあるのかとキッチンに行けば、そのまま奥に引っ張り込まれた。

 

 

「え、何ですか」

 

「茜ちゃんは彼女に任せとけ。それより打ち合わせ」

 

 

 流石マスターだな。堀越の事、ちゃんと見てるんだ……って、打ち合わせ?

 

 

「何の」

 

「曲のお披露目に決まってんだろ」

 

「はぁ?」

 

 

 だから完成してないって……。

 

 

「出来てねぇの、アウトロだけだろーが」

 

「だからって披露出来るような状態じゃないですよ」

 

 

 その部分を聴いてもらって意見を……と思ってただけなのに。

 

 

「照れるな照れるな」

 

「照れてなんかないッスよ。困ってるんです」

 

「じゃあ困るな」

 

「あぁもう」

 

 

 毎度ながら完敗だ。マスターの押しに勝てる人が居たらお目にかかりたい。

 

 

「……どうすれば良いんすか?」

 

「俺ギター。お前も、キーボードなら全然OKだろ?」

 

「はあ、一応」

 

 

 それは予測出来てたし、それだけで行くならいっそそれでも良いと思ってた……んだけど。

 

 

「ドラムは省いて、亮司がちょろっとベース弾けるから、何となく音追ってもらって」

 

「え」

 

「柳がボーカル。つってもメロディだけだけどな」

 

「ええ?!」

 

 

 柳さんって歌うんですか!社長もベースやるんすか!

 

 

「それ、初耳っすよ」

 

「言ってなかったもんなあ」

 

 

 クスリと笑いながらキッチンを指差したその先を見れば、いつの間にかコピーしたスコアを棚にテープでくっつけて音を拾ってる柳さんが目に入った。

 

 

「前はよく仲間でカラオケ行ったんだ。アイツ、おっとり系だけど歌だけはアップテンポもバッチリなんだぜ」

 

 

 反論する気力も無くなった。仕方無い、元々マスターの曲なんだ。マスターがやりたい様にやってもらうのが良いんだと頭を切り替えた。その時。

 

 

「ええ?!私がそんな……無理です!!」

 

 

 リビングに堀越の声が響き渡った。

 

 

「お、どうした?」

 

「何かあったのぉ?」

 

 

 マスターと柳さんが、至極のんびり声をかける。ソファの方を見れば、堀越が無理無理無理無理と両手をぶんぶん振っていた。

 

 

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