The Wheel of Fortune (3)

 

「確かに薄鈍の整備技術面は問題無いが、射撃と体術はかなり劣るな。

 曲がりなりにも兵士だ、単なる整備士では無意味だぞ。これではいざという時に一分と持ち堪えられん」

 

 

 黄丹はデータに目を通すと誠を一瞥した。

 

 

「原因は何だ」

 

「トラウマとまでは言いませんが、それに近いものかと。明日からは精神面の強化を重点的に行います」

 

「ふん。まぁ任せる」

 

 

 小馬鹿にしたような笑いを浮かべ、『もう良いぞ』と誠を退出させた。

 

 黄丹にとって、精神的弱さなど笑止ものだろう……実際、彼は上層部からの度重なるプレッシャーを撥ね返し、緻密な戦略と超人的な体力をもって今のポジションにのし上がったと聞く。

 

 しかし彼は彼、統は統。立場も背景も違う二人を比べるなど無意味。だが悠長にメンタルケアを施していられるような状況で無いのも確かだった。

 

 

(多少乱暴な方法になるが……仕方無いか)

 

 

 31に来て、統の状態は格段に落ち着いた。敬との出会いが彼の世界を劇的に変えたのは容易に察しがつく。結果的に問題を起こす事も無くなり、それはそれで良いのだが。

 

 

(メンバーとして対等になれないと、早晩潰れる)

 

 

 彼はまだ、あの二人に懐いただけの事。

 自分の存在を認められた事で頑張る気になった事は確かに重要だ、それが無ければ始まらない。
 ただ、それだけでは親にくっついて歩く雛鳥のようなもの。

 

 

(今のままでは依存心が強すぎる)

 

 

 特に敬を心の支えにするのは良いが、判断基準まで彼に委ねてしまってはどうにもならない。

 当然、それをあの二人は解っている筈だ。仁は何も言わないが、今の状態には少なからず危機感を持っているのが伝わってくる。

 

 肝心の敬は『どうにかなるだろ』とあまり気にしていないようだが。

 

 

------------------

 

 

 翌日、誠は二人が集合した頃を見計らって顔を出した。

 

 

「おう、来たな。昨日の件か」

 

「どうだった?黄丹の評は」

 

「やはり整備技術に対する評価は最高だ。だがそれ以外は」

 

「ご不満だろう」

 

 

 先を越され、誠は苦笑する。

 

 

「その通り。で、実際どうなんだ?射撃のほうは」

 

「てんでダメだな」

 

 

 仁は腕を組んだまま渋面で答えた。

 

 

「シミュレータだとちったぁマシだが、それでも動きが固まる事がしょっちゅうだ。銃の扱い云々じゃねぇんだよな」

 

「トリガーが引けない?」

 

「いや。引くには引くんだが、躊躇っちまうんだ。その間が致命的」

 

「……あいつ『自分が撃たれた方が早く終わるんじゃねーのか』とか言ったんだよな。一回だけだけどさ」

 

 

 敬が横合いから口を挟んだ。

 

 

「何だと?聞いてねぇぞそれ」

 

「仁にゃ言わねぇだろ。俺だって聞いたの昨夜だし。それもボソッと」

 

「あー、やたら凹んでたあン時か」

 

「そうそう」

 

 

 言って顔を見合わせ、溜め息を軽くつく。

 

 

「それが本当なら」

 

 

 誠が話を再開させた。

 

 

「彼の自己否定はかなり根深いな。自罰の傾向もある」

 

「16年間ずっと叩かれてきたんだから仕方ねぇだろ」

 

 

 長年刷り込まれて来た、存在の否定。そんなに容易く払拭されるものではない事は理解出来るつもりではあるが。

 

 

「だがそうも言ってられない。せめて応戦の気合いが持てないと、敵とかち合った瞬間にお陀仏だ」

 

「だよなぁ。で、指示は」

 

「とり急ぎ、射撃と体術の強化」

 

「無難っちゃー無難」

 

「じゃあ射撃は誠で、体術が俺ってとこか」

 

「おい仁、俺は?」

 

「フォロー役。お前の弟なんだろう。ちゃんと世話しろ」

 

「俺の弟なら、仁の弟だ」

 

「俺は脳天気一人で手一杯」

 

「放任主義の癖に」

 

「抜かせ」

 

 

 話がずれて来たところに統がやって来た。

 

 

「おはよ。こんなトコで揃ってるなんて珍しいじゃねーか」

 

「おぅ、おはようさん」

 

「何か打ち合わせかよ」

 

「お前のな」

 

「え?」

 

 

 今日からの訓練内容を仁が大まかに説明する。統の表情が強張るが、自分の弱点は自覚しているようだ。

 

 

「……解った。頑張ってみる」

 

「整備の方は全く問題ない、俺達全員が保証する。早さも断トツだ。これからよろしく頼む」

 

「了解」

 

 

 誠の励ましに律儀に敬礼を返すその様は、仁や敬と話す時よりも固い。それでも、上官から整備の腕を認めて貰えたというのは自信に繋がったらしい。よっしゃと気合いを入れる声が響いて、全員揃って爆笑した。

 

 

「そうしたら、早速やるか。先に射撃だ。敬、手伝ってくれ。その後は仁、頼む」

 

「分かった」「おぅ」

 

 

 二人の返事を合図に、全員が早速次の行動に移った。

 

 

------------------

 

 

「で、射撃のほうはどうだったんだ?」

 

 

 射撃の訓練が終わり、仁と合流した統は体術の訓練に入った。

 ひたすら基本の組み手を繰り返す内に、若干手持ち無沙汰になってきたらしい仁が話を振ってくる。

 

 

「どうもこうもねー。ひたすらっ……基礎基礎、基礎だって……っ」

 

「シミュレータは?」

 

 

 余裕の仁に対し、統は既に息が上がってきていた。

 

 

「まだ……やらせ、て、くんなか……った」

 

「そうか」

 

 

 統の蹴りを軽く左腕で受け止めると『休憩だ』と告げ、タオルを渡す。

 統は『ああ』と返すなりその場にへたりこんだ。

 

 

「ちぇ、やっぱり……一個、もヒット、しねーな」

 

 

 悔しいのだろう。拗ねたように呟いた。苦笑しながら仁がアドバイスする。

 

 

「基本は問題無ぇんだよ。ただ、おまえは軽い。それだと相手に決定的なダメージを与え難ぇんだ」

 

「……どうすりゃいーんだよ」

 

「方法はある、心配するな。それより先に重心移動を身体で覚える事だ。体重を最大限有効に使えるようにならねぇと」

 

「重心、かぁ……」

 

 

 呟きながら統はボンヤリと仁の後ろ姿を眺めた。視線の先に、汗で身体にへばりついたシャツ。

 

 その左肩に、うっすらと透けて見える紋様がある。あれは……。

 

 

「何だ?」

 

 

 視線を感じ、仁が振り向いた。

 

 

「……やっぱ、アンタにもあるのか?」

 

 

 自分の左肩に触れながら、少し声を潜めて統が聞く。自分が悪い事をしたかのように。

 彼のこうした部分が危うい。だから努めて軽く返した。

 

 

「ああ。敬から聞いたろ?俺のフライトもその程度には価値があるらしくてな」

 

「何でそんなに平気なんだ?」

 

 

 割り切った筈の過去が、一瞬だけ胸を刺す。

 

 

「……平気になったんだ。最初は落ち込んだし、泣きもした」

 

「泣いた?仁が?」

 

「お前なあ。俺を心配してくれてるのか鬼とでも思ってるのか、どっちだ」

 

「あ」

 

 

 そんな反応に『まあ、鬼の目にもナントカかもな』と苦笑しながら話を続ける。

 

 

「だが敬がアレだからな。端から見る分にはケロケロしてやがる。それに随分救われてる」

 

「それ、思った。最初は『何だコイツ』って思ったけど……でも今はスゲーと思う」

 

「俺から見てもそんなトコだ。ついでに、お前が来てから脳天気に拍車が掛かった。良い意味でな。今まで密かに抱えてた悩みまで何処かに放り投げたみてぇだ」

 

「単に人数が増えたからじゃねーのか」

 

「確かに仲間が増えるのは嬉しいが、他の奴が来てもあそこまで喜ばねぇよ」

 

 

 言われて照れくさそうに統が笑う……が、笑顔は中途半端なままで消えた。

 

 嬉しいのに、その感情がストレートに出せない。

 二人が認めてくれた存在を、自分が未だ認めてやれない。

 

 

(まあ、仕方無ぇな)

 

 

「それで、誠の訓練はどんなだった?」

 

 

 話題を変えた。目の前の訓練に焦点を絞るべきだ。

 

 

「……アレなー」

 

 

 統は苦虫を噛み潰したような顔になった。渋々説明する。

 

 

「何か、趣味わりーぜ。アイツ」

 

「趣味ってなぁ、どういう事だ」

 

「催眠術みたいなの使われかけた」

 

 

(暗示か)

 

 

 すぐにピンと来た。暗示は誠の得意分野だ。精神面も強化すると言っていたから、そっち目的で使ったのだろう。

 

 

「何があった 」

 

「分かんねー。だけど俺、それにはかからなかったんだぜ。訓練の内容だって覚えてる」

 

「そうか。で、何をしたんだ」

 

「それがおっかしーんだけどさ。標的の前に、わざわざ俺の知ってる奴を一人ずつ連れてきて1対1で向かい合わせるんだ。それで互いに銃を構えて撃つ、の動作の繰り返し」

 

「敬は」

 

「的の後ろにいた。声だけ聞こえてた。撃つタイミングとか、構え方とかを教えてくれてたんだけどさ」

 

 

 心理系は正直、仁には不可解な世界だ。それでも誠の能力の高さは解る。

 明らかに統は暗示にかかっている。しかもその事に全く気付いて無い。

 

 

(相変わらず大したモンだ)

 

 

「まぁ確かに、特訓だって言うなら生身の人間相手でやんねぇとな」

 

 

 どのような意図かは分からないが、ここは話を適当に合わせておく。

 

 

「シミュレータだと僅かだがタイミングが遅れる。そのやり方は、手間はかかるが身体に動きを叩き込むには効果的なんだろう」

 

「でも、こないだの中隊の奴等とか居たんだぜ?魘されそうだ……」

 

 

 そもそも、一人の訓練のために他隊の人間まで召集するなど無理な話。

 それを疑問に思わない事自体、暗示が有効に働いている証拠だ。

 

 

「こればかりは慣れるしかないな。アイツがついてりゃ大丈夫だ」

 

「けど、どうにも気に入らねーや。あんなやり方」

 

「仕方ねぇだろ、アイツの癖だとでも思っとけ。誰でも癖はある。俺もお前もな。お互い様だ」

 

「……まあな」

 

 

 苦い表情は変わらない。それでも、この件は納得するしかないと思ったのだろう。統もその後はもう何も言わなかった。

 

 

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「お前、何を手伝った?」

 

 

 手伝いに駆り出されていた敬は、戻るなり仁に掴まった。

 

 

「何だいきなり」

 

「例の射撃訓練だ。お前、何をしてたんだ」

 

「何って、ひたすらアイツの相手だぜ?誠の暗示付きだから、実際どうなってんだかよく解んなかったけどよ」

 

「解らねぇって、どう言う……」

 

「ああ、ぜんっぜん解んねぇんだよな!気付いた時には暗示にかかってんだ。あれは何時見ても凄ぇ」

 

 

 敬は誠を手放しで絶賛するが、今の論点は其処では無い。

 

 

「そうか。で、どんな事をやったんだ」

 

「アイツから聞いてねぇか?基礎の基礎。ひたすら基本の構えと一連の射撃動作だ」

 

「お前が指示を飛ばしながら?」

 

「そだけど。何かあったのかよ」

 

「いや、腑に落ちねぇって言うか……」

 

 

 統から聞いた内容を話すと、敬は『ああ、それで!』と納得がいったようだった。

 

 

「そうそう、構えに入る度にすっげ嫌そうな顔されたんだよな。俺と訓練するのがそんなに嫌なのか、って密かに凹んでたんだぜ」

 

「じゃあ、やっぱりお前一人が通しで相手してたんだな?」

 

「そうさ。だいたいあの的の後ろなんかに隠れる隙間なんて無ぇだろが」

 

「分かったわかった」

 

 

 延々と喋り続ける勢いの彼を、仁は片手をあげて制する。

 

 

「なら、暗示はバッチリ効いてたって訳だ」

 

「みてぇだな」

 

「誠から説明は無いのか?」

 

「無ぇよ。いつもそうさ」

 

「いつも?」

 

 

 仁にとっては予想外の言葉だった。敬が軽くウインクを返しながら解説する。

 

 

「俺はあいつの暗示の内容は一切聞かねぇ。俺が内容を知ってるだけで、見えない『何か』が向こうに伝わっちまう危険性が十分あンだよ。そのせいで効果が出なかったら意味無ぇし、こっちの身が危なくなる」

 

「そういうモンなのか?」

 

「さあな。実際どうかは解んねぇけど、俺はそうしてるって事。『敵を欺くにはまず味方から』って言うだろ」

 

 

 敬の中での決め事。これが、誠への信頼の証なのだろう。

 

 しかしこれでは誠の意図が掴みきれない。

 仁としてはどうしてもきちんと知っておきたいところだった。

 

 

------------------

 

 

 深夜になって、仁は誠の部屋に出向いた。

 ドアをノックする直前に部屋の中から声がかかる。すっかり想定済みだったようだ。

 

 

「開いてる。入って来いよ」

 

「悪ぃな、遅くに」

 

「構わない。どうだった?本人の様子は」

 

「しっかりかかってたな。慣れも免疫も無いから一発だったんだろう」

 

「確かに、あれ程素直な手合いは久々だった」

 

「きつ過ぎって事は無ぇだろうな?」

 

「通常レベルに抑えてある。浸透したら徐々に緩くする、問題は無い」

 

 

『仁も大概過保護だな』と言われて苦笑する。

 

 

「で、用件は?」

 

「暗示の内容だ」

 

「内容?」

 

「ああ。敬は知らねぇって言ってたが、俺としちゃ教えてほしいトコでね」

 

「なんだ。簡単さ」

 

 

 拍子抜けするほどあっさりと、誠はタネ明かしをした。

 

 

「『護れ』だよ」

 

「『護れ』?それだけか?」

 

「そう」

 

 

 信じられないといった表情の仁に苦笑する。

 

 

「それでも本人は十分苦労してる。護る対象は仲間だからな。自分じゃない」

 

「……そう来なすったか」

 

「ただ、仲間という存在が出来たのが最近の事、それも恐らく初めての体験だ。暫く混乱するのは仕方無い」

 

 

 仁は軽く肩を竦める。

 

 

「それ以前の問題じゃねぇのか?今はまだ、仲間という認識も怪しいぞ。ありゃあ兄弟ごっこの延長だ」

 

「信頼出来る人物に認められ護られるという経験も彼には必要さ」

 

「だが強すぎる依頼心は双方の足を引っ張る」

 

「その通り」

 

 

 二人の視線がかち合った。

 

 

「敬はここ数日、彼の訓練と情報部のヘルプが殆どだ。だがその後は外の任務もまた入って来る。その時に本人も思い知る事になる筈だ」

 

 

 自分の非力さを。

 

 

「確かにな。本番はそこからってぇ訳だ」

 

「『仲間』とは何なのかを考える事になるだろう。だが彼なら分かる事さ。彼は賢い」

 

「だと良いが」

 

「ただ厄介なのが、本人の自己否定感の強さだ。自分が犠牲になれば仲間が助かる、と反射的に思考するのが今の彼だ。まあ、そんなのは自己満足だって直ぐに思い知らせてやるけどね」

 

「すげぇスパルタ」

 

「他が過保護だから、一人くらいそう言うのが居ないとバランスが悪い」

 

 

 わざとらしく溜息をついて、誠が話を締めくくりにかかる。そろそろ時間切れの意思表示。

 

 

「暫くはかなり葛藤があっても仕方無いさ。頭で認識するのは追々で、とりあえず身体に叩き込まないと」

 

「……ま、出来る事からやるしかねぇか。いずれにせよ気の長い話だぜ」

 

「それと、パターンから言って彼が特に混乱し易いのは、怪我人を庇ってる場合。後は、何らかの事情で仲間と対峙せざるを得なくなった時などだろう」

 

「そうだな。かかってくるプレッシャーが半端じゃねぇ」

 

「次の段階で、そのパターンは出来る限り刷りこんでいく」

 

「分かった。明日は?」

 

「午前中は俺。シミュレータを使う。午後は任務が入ってるから敬か青褐に頼む」

 

「アオカチ?」

 

 

 聞き覚えの無い名前に首を捻る仁に、誠が説明した。

 

 

「統の同期にあたる。26小隊に居る。彼は大丈夫だ。体術はなかなか筋が良いから復習兼練習相手には丁度良いだろう」

 

「午後いっぱい、体術か?」

 

「いや、実際に整備に入る時間もある。何なら基礎トレーニングに時間を回しても良い」

 

「なら、空き時間に俺が入っても?」

 

「勿論だ、助かる。一緒に敬も入れるようだったら、30分でも良いから射撃の時間を取ってほしい。暗示は銃を持った時点で有効になるようにしてある。後は敬に聞いてくれ」

 

「分かった。じゃあな」

 

 

-----------------

 

 

「え、仁も?」

 

 

 午後、指示を受けて行った先には敬と仁が待っていた。ぽかんとする統を見て『誠の奴黙ってたのかよ』と、敬が楽しそうに笑う。

 

 

「昨日今日の変化を見てみたくてな。午前はシミュレータも使ったそうだが?」

 

 

(しっかり構ってるじゃねぇか)

 

 

 昨日の様子から絶対こうなると、敬は思っていた。仁はやっぱり良い兄貴だ。

 

 

「でも一日でそんな変化なんて」

 

「大丈夫だ。アイツがやった訓練なら、必ず成果は出てる。ほら」

 

「……ああ」

 

「仁が居られんの、せいぜい30分だろ?集中して張り切ってやろうぜ」

 

 

 少し不安気な様子を見せた統だが、敬がフォローして背中を叩いてやれば、直ぐに気合いを入れ直して準備を始めた。

 銃を持つ。すかさず敬が仁に耳打ちした。

 

 

「今、かかった筈だぜ」

 

 

 やはり傍目には全く分からない。

 

 

「……繰り返すが、一撃でケリをつける必要は無ぇからな。今はとにかく一発でも当てて相手の動きを止める事を意識しろ。その間に次の手が見える事だってよくあるからな」

 

「分かった」

 

 

 準備完了を確認し、後は敬に任せる。仁は予め彼に聞いた手順で号令をかけていくだけだ。

 

 

「では始めるぞ。構え!」

 

 

 その合図で場の空気が一気に張り詰め、統が基本動作に入る。そこには今までの様な戸惑いや躊躇いは微塵も見受けられない。

 

 

(……大したもんだぜ、全く)

 

 

 暗示の効果に、仁は改めて舌を巻いた。

 

 

-----------------

 

 

 以降も訓練は続けられたが、それだけに時間をつぎ込んでいられる訳では無い。

 

 統の機体整備の技量はあっと言う間に他隊にも知れわたり、毎日どこかの隊のヘルプに駆り出されるようになった。それに伴う作業や任務も有無を言わさず回って来る。

 

 訓練に割ける時間が日を追う毎に減っていく。誠は暗示の定着を急ぎ、潜入絡みの任務は可能な限り敬の単独で行われた。

 連動する様に仁の哨戒任務も増加し、久しぶりに3人一緒にゆっくりと顔を合わせられたのは、2ヶ月程経ってからの事。

 

 

「統のほうは最近どうだ?」

 

 

 仁の部屋で久々に酒を囲みながら、互いの近況を語り合う。

 

 

「ぼちぼちのつもりだけど、整備の方で妙にややこしいのを持ち込まれる事が多くって。手伝ってくれる奴も少ねーし、苦戦中さ」

 

「評価高ぇんだよな、お前のメンテナンス。早いし的確だって聞いてんぜ」

 

「まさか!言われた事こなすのに必死だってぇのに」

 

 

 それは謙遜と言うより、周囲からの評価に対する素直な戸惑いのようだ。

 

 

「いや、俺もチラホラと聞くぜ。まあ31だっていう色眼鏡も無ぇとは言えねぇが、それ以上にお前の腕が全てを証明してる」

 

「そうそう、自信持って今のままやってりゃ良いんだ!ほらほら、乾杯」

 

「何回すりゃ気が済むんだ……」

 

 

 ザルにそんな呟きは全く無効だ。敬は勝手に乾杯すると一気にグラスの中身を飲み干した。

 一息ついて話題を変える。

 

 

「そう言や、誠の訓練は?」

 

「結局10回もやってねーけど、次で終わりらしい。後はとにかく体力をつけろって」

 

「やっぱりスジが良いんだな。その程度でアイツの訓練が終わるなんてなかなか無ぇぜ」

 

「自分じゃ分かんねーよ。まだ精度が低いから時間を見つけて自分で訓練しろって言われてるし……でも何か、最初の頃よりは頑張れるような気がしてきた」

 

 

 最後にぽつりと付け足されたその言葉に、仁がつと顔を挙げた。

 

 

「敬が前に言ってた『仲間を護りたい』っての。アレが何となく分かるような気がしてきた。

 こんな俺でも生きてたら何か一つくらいは護れるんかなって……実際どうかは分かんねーけど」

 

「そういうのに正解も間違いも無いさ。それで?」

 

「うん……訓練始まった頃って、俺みたいな捨て駒を鍛えたって意味ねーじゃんって思ってたんだけど。今は、1分でも1秒でも長く持ち堪えたら、そんだけでもあんたたちを護る足しにはなるのかなって」

 

 

(成功させやがったな)

 

 

 誠の暗示は定着した。まだ第1段階ではあるが、大きな進歩だ。

 

 

「あ、でもセンス良くねーから、足手纏いになるほうが多いけど……」

 

「んなワケ無ぇ。それに、背中合わせで一緒にドンパチやるだけが護る方法じゃねぇさ」

 

「けど、一緒に任務に出られたらやっぱ嬉しい」

 

 

 相棒として共に行動したい。今の目標は、それなのだろう。

 仁がフォローを入れる。

 

 

「そりゃ俺たちも嬉しいぜ。だが焦るな、足元をしっかり見るんだ。やるべき事、解ってんだろ」

 

「……わりぃ、解ってる。でもホントに目標なんだ。あんた達が」

 

 

 頭では理解出来ても、気は逸る。それはよく分かる。

 敬がポンと彼の肩を叩いて笑顔を向けた。

 

 

「そう思って貰えてるなんて嬉しいぜ。いつか一緒に一仕事やろうな」

 

「……ホントに?」

 

「ホントだ。だから頑張れよ」

 

「ああ!」

 

 

-----------------

 

 

 更に半年以上が経ったある日、統が嬉しそうに敬のもとへと走ってきた。

 

 

「敬、やったぜ!来月から組ませてくれるってさ!」

 

 

 文字通りの転がりそうな勢い。確実に逞しくなっていくそんな姿を、敬は頼もしそうに眺める。

 すっかり癖になった……彼の頭をくしゃっとかき回してやる。

 

 

「よく頑張ったな。もうすっかり一人前だ」

 

「やっとスタートラインだって釘刺されたけどな。最初の任務何だろ」

 

「あはは!さすがに未だ決まってねぇだろ。その前に一つ、俺も片付けなきゃなんねぇ事があるしな」

 

 

 聞いた統の表情が曇った。

 

 

「やっぱ、潜入か?」

 

「そう。今回はちょっと長引くかもしれねぇけどな」

 

「危ねー任務なのか?」

 

「当然。任務ってなそんなモンだ」

 

「……だよな」

 

 

 それが当たり前。それでも、心配してくれる存在がいるのが嬉しい。必ず戻って来てやるという励みにもなる。

 

 

「そんな気にするなって。今回は誠と一緒だ、アイツがいれば大丈夫。

 帰ってきたら次はお前とだ。腕ぇ磨いとけよ」

 

 

 言われて、統は笑顔を取り戻した。

 

 

「ああ。敬も気を付けて行って来いよ」

 

「おう、じゃあな」

 

 

 翌早朝、敬は誠と出発した。

 

 彼らは準備万端で臨んだ筈だった。

 

 

 なのに……

 

 

 

「嘘だ!そんな事ある訳ねーだろ!」

 

 

 3週間後、統にもたらされた情報は潜入先で敬が消息を断ったというもの。

 しかも相手側に寝返ったらしいと。

 

 

「此処で嘘を言って何になる。奴等はあの国と繋がりがあった。知らなかったとでも言うのか」

 

「嘘だ……」

 

「事実は事実だ。これ以上彼奴を庇うような言動をすればお前も処分の対象になる。それでも良いのか」

 

「っ……」

 

 

 反論出来ないまま『もう良い、戻れ』と黄丹に追い出される。

 

 それからどうしたかは覚えていない。気付けば自室で座り込んでいた。

 

 

 ……夕日が窓を照らす。

 

 

(ああ、早かったな。邪魔してるよ)

 

 

 ひどく普通に声をかけてきた、窓辺で雑巾を手にした笑顔の人物。

 

 

(……自己紹介が未だだったな。蘇芳 敬。第31小隊所属だ。よろしく)

 

 

 敬が、消えた。

 

 もう、居ない。

 

 

「……っぁあああああ!!!!」

 

 

 床に崩れ落ちた。

 

 

「……何で!何で……あいつが、っ!!」

 

 

 狂ったように拳を叩きつける。手の関節が軋み、皮膚が裂けた。だがそんな事には気付く様子も無い。

 

 

「統!」

 

 

 叫びを聞きつけ駆け込んできた仁の目に映ったのは、自分の血に塗れながら床を殴り続ける彼の姿。

 

 

「は……っ!」

 

 

 針金で締め上げられたように仁の心臓が凍り付く。

 咄嗟にその拳を掴んで止めさせるが、彼は尚も腕を振り回そうと身を捩った。

 

 

(なんて泣き方しやがんだ……)

 

 

 仁は初めて見た。声をあげて泣く彼を。

 全てが自分のせいだと言わんばかりの、涙の無い慟哭。

 

 

(辛すぎるじゃねぇか……そんな泣き方)

 

 

 思わず抱え込んだ彼の肩は、儚い程に細く感じた。泣くなと……もうそれ以上泣いてくれるなと、片方の手で彼の頭を自分の肩口に押し当てる。

 尚も止まらない慟哭が、直接自分の胸郭に響いてくる……共鳴して震えそうになる声を必死に抑え、仁は話しかけた。

 

 

「落ち着け……自分を責めるな。お前のせいじゃない、誰のせいでもないんだ。だから……」

 

 

 彼が黄丹から何を言われたかは知っている。

 その内容が、先に誠から聞いた話とは違っている事も。

 

 だが今は言えない。何もかもが不鮮明なこの状況で伝えれば、更に彼を混乱させるだけ。

 

 

「だから何だよ!アイツだけが戻って来やがったんだぞ、アイツだけが!

 何で敬が居ねーんだよ?!次は一緒に組むって言ったのに!」

 

 

 彼の両手に力が籠った。行き場の無い怒りと悔恨が、血の色となって仁の肩を染めていく。

 

 

(そんなにもアイツを信じてくれてたってのか……)

 

 

 彼が敬に寄せていた信頼の深さ。護れるようになりたいと言う思いの強さ。それを今更ながらに痛感する。

 そのために強くなるという思いを支えに、彼は今日迄ひたすら走り続けて来た。

 

 暗示だけではここまではならない……なる訳が、ない。

 

 

「……何であんたはそんなに落ちついてられんだ!あんたのたった一人の弟だろーが!」

 

 

 肩を大きく揺さぶられた。視線が合う。睨み付けるルビー色の瞳。

 その奥には隠しようの無い哀しみ。

 

 

「落ち着いてなんかねぇよ」

 

 

 自然と手が伸びた。彼の頭を撫でてやる。

 

 

「そりゃあショックさ……だが、まだお前が居てくれる。俺達は独りになった訳じゃねぇ」

 

 

 統の瞳から怒りの色が薄れる。

 

 

「敬だけじゃねぇ。お前が31に来てくれて、俺がどれだけ心強かったか……知らねぇだろう」

 

「……」

 

「それに全てが終わった訳じゃねぇ。未だきっと先はある。行方不明だってだけで、アイツの死体が見つかった訳じゃ無ぇんだ」

 

 

『生きよう。未だ先はあるさ……』

 

 

 独房で焼け付く程の腕の痛みに耐えていたあの時、壁越しに聞こえた敬の言葉。

 目指していた未来は、こんなところで終わる筈が無い。

 

 

『生きてりゃその内、何かが分かる。だから生きようぜ?』

 

 

 統も、敬の言葉を思い出した。

 

 

「……そうだな。大丈夫って言ったんだもんな、あいつ」

 

 

 敬が見た未来は、もっと先にあるのかもしれない。

 ならば尚更、諦める訳にはいかない。

 

 そして仁……彼が一番辛い筈なのに、こうして自分を励まし、心の支えだとまで言ってくれるのだ。

 

 ……そうだ。敬と再会する日まで、絶対に仁を死なせはしない。

 

 統の瞳の奥に強い意思の光が宿った。

 

 

「……生きる。生き延びてやる。絶対にな!」

 

 

--- The Wheel of Fortune (了)---


20070321-20100116-20111213-20180419