The Wheel of Fortune (2)

 

「う……」

 

 

 必死に声を絞り出そうとする統の目前に掌が突き出された。

 誠だ。『喋るな』の合図。

 

 

「メシ、部屋に持って行ってやる。先に行け」

 

 

 そのまま、彼は敬に言葉をかけた。今さっきの事など無かったように、極自然に。

 

 

「ああ、悪ぃな」

 

「気にするな」

 

 

 ……遠い、と統は思った。

 この二人は、表情も、身に纏う空気すらも自在に操れる。自分とは別の人種だ。

 では何故、自分は31に回されたのだろう。

 

 

(それぞれ得意分野が偏ってんだよ……)

 

 

 昨夜の敬の話を思い出す。能力が偏っている……逆に言えば、その分野では絶対に他に負けない能力だ。

 

 自分にはそんな物は無い。他と違うとすれば、この色だけ。

 

 

(ソイツらなら『上』直々の監視付きだし)

 

 

 さっきの話が正しければ、敬が監視されていると言う事になる。

 しかも仁と……兄弟揃ってなのだろうか。

 

 誠は明らかに周りから一目置かれている。14の奴等も態度が違った。

 ならば彼が監視役なのか?だからよくペアで行動するとでも?

 

 だがそんなギクシャクした間柄には見えない。それに仁は単独任務が多いと言っていたじゃないか。監視が必要なら、一人で任務につかせたりしない。

 

 そうだ、そもそも『印』の話だって本当だとは限らない……だが、さっきの彼の反応はどういう事なのか。

 

 

「ほら、行こう」

 

 

 思考が纏まらずに呆然としている統の、その腕を取って敬は歩き出した。統は手を引かれるままに、覚束ない足取りでついてくる。

 

 

(……思うように行かねぇもんだな)

 

 

 いずれは打ち明けるつもりだった事柄がこんなに早く、しかも第三者から暴露された事に敬は内心で嘆息した。

 唯一の救いは、統が彼の手を振り解いたりしなかった事。その事に幾許かの安堵を覚えながら、とりあえず自分の部屋へ向かった。

 

 

-----------

 

 

「とにかく座れよ。ゆっくり話そうぜ。

 それからメシだ。腹が減ってちゃ何も始まんねぇからな」

 

 

 統に着席を促す。俯いたままの彼の頭をぽんぽんと撫で、努めて明るく話しかけた。

 

 あの場では仕方無かったとは言え、誠にストップをかけられて溜め込んでしまった言葉が有る筈。其れを吐き出してほしかった。それが批難であろうと、甘んじて受ける覚悟は出来ている。

 

 

「……嘘だよな、さっきの」

 

 

 だが、耳に入ってきたのはそんな一言。

 

 

「あんたみたいな奴が、そんな訳無いよな?」

 

 

 怒りは微塵も無かった。瞳が揺らぐ。

 

 

「違うんだろ?違うって言ってやれよ!アイツらに言えよ、なあ!」

 

 

 両腕を掴まれ揺さぶられた。

 必死の形相で詰め寄る統の瞳。

 

 その奥に見え隠れするのは、昨日初めて見た時と同じ……声に出さずに寂しいと叫ぶ、置き去りにされた子供の姿だった。

 

 

(ああ……そっか)

 

 

 統は、小さい頃から理不尽な差別や迫害を受けてきた。数え切れない程の拒絶や、時には迫害にも遭っただろう。周囲に対する警戒心や不信感を人一倍強く持ち、自己防御の鎧を強固に纏って生きてきた事は直ぐに想像出来た。

 

 だが一方で、触れれば崩れてしまいそうな程に繊細で純粋な心を持ち続けているのだ。

 裏切られ続けて尚、心から信頼出来る人を求めて『子供の彼』は今も彷徨っている。

 

 

(悪ぃ事しちまったな)

 

 

 割り切っていた筈だった。だが彼の前で指摘された瞬間、確かに身が竦んだ。

 彼と仲間になりたいと思いながら、自分こそが、まだ現実から逃げていたのではないか。

 

 

「まあ落ち着けよ、今からちゃんと話す。まず座る。ほらほら」

 

 

 統の肩を軽く叩いて落ち着くのを待ちながら、自分も腹を括った。

 

 真摯に、出来る限りを打ち明けねばならない。信じようとしてくれている彼の心を、自分は傷つけてしまったのだから。

 これ以上、誤魔化してはいけない。彼も、自分も。

 

 

「31は、黄丹が直轄する独立した特殊部隊。昨日言った通り、軍でも異色の存在だ」

 

「……監視ってのは」

 

「半分は正しい」

 

 

 ぐ、と彼が歯を食いしばる音が聞こえた気がした。まるで自分が悪いことをしてしまったかのように。

 

 

「そんな顔すんなって。普通にやってる分にゃ何も言っちゃ来ねぇよ」

 

「だけど……」

 

「俺の得意分野、言ってなかったな」

 

 

 敢えて軽く切り出した。統は言いかけた反論を止め、次の言葉を待つ。

 

 

「これは仁にも話してねぇんだ、だからナイショにしといてくれよ?……誠が心理系だってのは言ったよな?」

 

「ああ」

 

「それに対して、俺のは超心理分野。ぶっちゃけて言えば『先読み』だ」

 

「先読み……未来を見る、ってのか?」

 

 

 くるん、と彼の瞳が瞬いた。

 

 

「そんな事出来るのか?あんた」

 

「まあな。完璧って訳にはいかねぇんだけど」

 

「すげーな」

 

「但し、ジャンルはこの戦争限定」

 

「え?」

 

 

 言わなければいけない。知った上で、それでも自分を慕ってくれるのであれば、これ程嬉しい事は無い。

 

 

「……上の奴等が立てる作戦の成功率を上げるための能力さ。出来上がった作戦を俺が見て『先読み』をかける。そうすりゃ、この作戦のおおよその成功率が先に分かるっていう寸法だ。

 成功率が低いって出れば、作戦を練り直す。軍の中でも、これが出来るのは今んトコ俺だけ」

 

「そんな、事……」

 

 

 さすがに統は言葉を失った。二の句が継げない。

 

 

「入るぞ」

 

 

 ノックもそこそこに、誠が入って来た。器用にトレイを二人分持っている。

 

 

「サンキュ。こっちにもらう」

 

「少しは落ち着いたか?」

 

「まあな」

 

「……なぁ、准尉殿」

 

 

 トレイの受け渡しをする二人の横から、唐突に声がかかった。

 

 

「ん?」

 

 

 誠が振り向いた先には、不安そうな統の姿。

 

 

「何か質問でも?」

 

 

 目線を合わせ、ゆっくりと聞いてやる。少しの間を置いて、統が口を開いた。

 

 

「俺、何で31に配属されたんだ?」

 

 

(早速か)

 

 

 先程の一件で、思うところがあったのだろうと推測する。或いは、敬が何かを話したか。

 

 

「今朝伝えた通りだ。31で使う機体を迅速かつ的確に整備出来る人材が必要だった」

 

 

 これは事実だが、それだけでは納得が行かないらしい。統の表情は浮かないままだ。

 

 

「他に気になる点でもあるのか」

 

 

 話を促す。だが次の彼の言葉を聞いて誠は表情を強張らせた。

 

 

「俺、敬みたいな力も敬の兄貴みたいな技術も無ぇぜ。ガタイも良くねーし……」

 

 

 思わず敬を見る。

 

 

「言ったのか?」

 

「先読みの事か。言った」

 

「お前……」

 

 

 怒りすら含んだ眼差し。そんな彼に、敬は軽くウインクを返した。

 

 

「大丈夫だ、コイツはちゃんと聞いてくれる。これから印の事も説明する」

 

「な……!」

 

 

 まさか、と思った。絶句する誠に、しかし彼は笑って言葉を続ける。

 

 

「悪ぃけど、外してくれるか?」

 

「……」

 

 

 口調は軽いが、目は真剣だ。暫しの睨み合いの後、誠が折れた。

 敬には敬なりの理由がある、今は任せた方が良いと思い直す。

 

 

「わかった」

 

「サンキュ」

 

 

 礼の言葉に片手をあげて応じ、その手で統の肩をポンと叩く。そして誠は無言のまま部屋から出て行った。

 

 

(すまねぇな、誠)

 

 

 後ろ姿を見送りながら、敬は心の中で詫びた。流石に彼を前にしてこの事は話せない。

 間違い無く、自分達の動揺が統に伝わってしまうだろうから。

 それに、彼は未だ誠を警戒している。だからこそ余計な緊張は生じさせたくなかった。

 

 足音が遠ざかるのを確認して、敬はふぅと一息つく。それから統の方に向き直った。

 

 

「悪かった、おまえを急かすつもりで言ったんじゃねぇんだ。もうちょっとだけ我慢して聞いてくれよな」

 

「……ああ」

 

「さっきも言ったけど、俺の先読みの力は、あくまでも戦争用に開発されたモンなんだ」

 

「戦いに勝つ為って事だよな?」

 

「そう言われりゃ救われるかもしんねぇけど。人を殺す為だよな、結局」

 

「……せっかくキレイに言ってやったのに」

 

 

 不貞腐れたように呟き、むくれ顔になろうとして失敗する。そんな統の様子に苦笑した。

 

 

「まあな。そんなんだから最初の頃は凄ぇ悩んだ。人殺しの為だけに使う力なんて要らねぇのに、ってな」

 

「やりたくてやってる訳じゃねーのは解るさ」

 

「ありがとよ」

 

「だけど人を殺してる事には変わりねーんだよな。直接手を下してねーだけで」

 

「そうだな。ココに居れば誰でもそっちに荷担しちまうんだ……でも、最近は考えがちょっと変わった」

 

「変わった?」

 

「せめて『生きる為』にこの力を使おう、ってな。そう思うようになった」

 

「……はぁ?!」

 

 

 統が素っ頓狂な声をあげた。

 

 

「何だそりゃ。あんたのせいで誰かが死ぬとしてもか?」

 

「そうだ」

 

「そーいうの、詭弁って言うんじゃねーの?」

 

「よく知ってるじゃねぇか。そりゃ理想は、国や人種を越えて互いが互いを大事に思って仲良く出来る世界だ。

 けど、そこまででっかくなっちまうと俺一人じゃ何も出来ねぇ。やっぱ難しいんだよな、こんな世界を相手にするって事になっちまうとさ。自由に動ける身分でもねぇし」

 

「矛盾だらけの夢物語だ。寝言だとか言われて切り捨てられるのがオチだろ!」

 

「だけど、小さくても俺が出来る事はやりたい。確かに軍に居る限り、俺達は規律や命令に従わなきゃならねぇ。だけど全部言いなりになる気もさらっさら無ぇんだ」

 

 

 統が、その言葉に本気を感じ取る。瞳に力が蘇った。

 敬は静かに言葉を続ける。

 

 

「諦めたら全部が終わっちまう。そうしたら何一つ守れないままだ。だけど諦めなければ、いつか状況が変わるかもしれねぇだろ?」

 

「……」

 

「上のヤツらは俺の力を頼ってる。だから何も言って来ねぇ。けど、これは両刃の剣だ。例えば、もし他国のスパイが秘密裏に接触してきて俺を好条件でスカウトしたら?」

 

「……寝返るとか」

 

「そうそう」

 

 

 うん、と一つ頷く。

 

 

「それこそ仁やおまえも一緒に……なんて言われたら、俺だってふらふら靡いちまうかもな?」

 

「阿呆らしい。あんたがそんな事するようにゃ見えねーよ」

 

「けど、上はそれを一番恐れてる。で、この印だ」

 

 

 そして敬は左肩を晒した。

 何をしようが消し去れない刻印がはっきりと見て取れる。

 

 

「じゃあ、やっぱり国際手配犯なんかじゃないんだよな?」

 

「前科無しだぜ」

 

「上の都合でそんなの付けられて、周りに好き勝手言われて……あんたはそれで平気なのか?」

 

「んー、慣れたってトコだな」

 

「違うって言わねーのかよ?自分はそんなんじゃねーって」

 

「言うのも面倒くせぇんだよな。否定したって余計にあれこれ言われるだけだろ?」

 

「……」

 

 

 頷くしかなかった。自分も今までに何度もそんな事があったから……。

 

 

「勝手言うヤツらなんかと馴れ合うつもりは無ぇ。だから放っといてある」

 

「わざと憎まれ役になってねーか?」

 

「そんな気は無ぇけどな。全然。さらっさら」

 

 

 挑発的にすら見える笑いを口の端に乗せて敬は言い切った。やはり、彼は強い。

 

 

「……やっぱ違うよな。俺なんかとは比べモンになんねえ」

 

「何だそりゃ。同じ人間だろ」

 

「違う。あんたには能力がある。何をすれば良いかも解ってる。

 けど、俺は居るだけで災いの元だ」

 

「……」

 

 

 敬は何も返さない。その沈黙が統の思いを引きずり出した。

 

 

「……俺は、本当に何も出来ねーんだ。力だって知れてる、サシで勝てた事なんか一度も無い。

 なのにいつも、最後は相手が勝手に消えていく。さっさと俺を消せば良いのに、邪魔者の俺が残るんだ。何度も何度もそれが繰り返される。

 俺が居ると諍いが起こるんだ。騒ぎが起こるのは俺のせいなんだ……この色が」

 

「違う」

 

 

 予想外の厳しい一言と強烈な波動に、統はビクッと体を震わせた。

 敬はそんな彼の髪をくしゃりとかき回す。

 

 

「おまえのせいなんかじゃねぇ。その色も何も悪かねぇんだ」

 

「何言ってやが……」

 

「おまえは悪くない」

 

 

 初めて掌の温かさに気付く。優しい手。

 

 

「……だけどそんなの言ったって無駄じゃねーか。俺はこの色を持ってんだ。それで周りのヤツらがトバッチリ喰ってる。この前だってそうさ」

 

「この前?」

 

「08小隊。聞いてんだろ」

 

「ああ、噂でな。けど、俺はホントのところは知らねぇ」

 

 

 統の頭に乗せていた手を引っ込め、床に膝をつく。俯く彼と目線を合わせる。

 

 

「聞いたのは、おまえが私刑されたって事だ。あと、08のヤツが詛いにやられたって話」

 

「ちゃんと知ってるじゃねーか」

 

「けど俺、そう言うのは信じねぇクチでな」

 

 

 さらりと彼の言葉を流し、敬は核心に切り込んだ。

 

 

「俺、飛び降りたヤツの事ちったぁ知ってんだ。空威張りしか能の無ぇヤツだ。刺されそうになったおまえがヤツの腕を掴んだ途端に……って話らしいが」

 

「……」

 

「そもそもアイツに人を刺す勇気なんざ無ぇんだよ」

 

「……」

 

「おまえ、自分からヤツの腕を掴んだな?自分を消してほしかったのか?もしかして」

 

「……っ俺は!」

 

 

 がたん、と椅子が蹴り倒される。だが立ち上がる気力はもう残っていなかった。

 

 ……彼は、敬に手を握られたまま床に膝をついていた。

 

 

「俺は、生きてちゃいけねーんだ……」

 

「けど、生きてる。実際、生きてるほうが辛いって思う事、たくさんあったと思うんだよな。俺なんかじゃ考えられねぇほど。

 でも少なくとも、おまえは自分で自分を死なせはしなかった」

 

「……死ぬ勇気も無ぇんだ、俺は」

 

「いや、おまえは、まだ諦めてねぇんだ。だから敢えて辛い選択をしてきた。心のどっかで、何とかしたい、誰かに気付いてほしいって思ってた。違うか?」

 

「……っう!」

 

 

 耐えきれず、統は両手で顔を覆った。胸の奥からせり上がる想いが嗚咽となって外に零れる。

 

 

「……特別な力なんか無ぇほうが良いさ」

 

 

 暫しの沈黙の後、敬がぽつりとそう言った。統の気持ちが落ち着いてきたところで、背中をポンと軽く叩いてやる。

 

 

「そんな事より基礎体力。それから技術を一つずつ身に付けるんだ。黄丹はおまえの器用さを買ってる、って誠が言ってた。悔しいけど、アイツはそういう才能を見つける力はすげぇんだ」

 

「……自信ねーよ」

 

「最初から自信満々なヤツなんているか。少しずつつけていくんだ」

 

「俺、自分に価値なんか無ぇって思ってた。でも往生際悪くて……諦めたくなかった」

 

「上等だ。そんなら尚更やってみろ。諦めるにゃ早すぎるし、ココに居るからって、ただの殺人兵器になっちまう訳じゃねぇから大丈夫だ。

 普通の生活に戻った時に役立つモンだって結構有る。自分の未来のためにやっておけ」

 

 

 統は己の両の掌を見つめる。その瞳に、今までに無かった輝きが見え隠れしていた。

 


「未来……」

 

「そうだ。テメェの人生はテメェで最後まで舵を取るしかねぇからな。そりゃ、イヤになる事だって腐る程あるだろうけど……」

 

 

 以前、意識の片隅で出会った太陽のような笑顔。

 

 

「支え合う事は出来る。俺ももう、おまえに助けられてる」

 

 

 えっ、と彼が顔を上げる。

 

 

「俺、何にもしてねーぜ?」

 

「さっきの14のヤツらさ。おまえがいてくれたお陰で、アイツらの挑発に乗らずに済んだ」

 

「ウッソだろ?!あんなに落ちついてたじゃねぇか。カッカ来たのは俺のほうだ」

 

「俺はそんな出来た人間じゃねぇ。アイツら、元から質が悪ぃからな。おまえが居なけりゃアイツら全員あの場でぶっ飛ばすトコだったぜ。後から黄丹のシツコイ嫌味と処分が付いてくるって分かっててもな」

 

「……あんたらに絡んでくる奴って多いのか?」

 

「さっきみたいなのはたまにある。31自体が結構敬遠されてるしな。ただ、コッチもそれに構ってるヒマなんざ無ぇ。有り難ぇ事に、大抵は誠が上手くガードしてくれるし、少ねぇけど要所要所を押さえてくれるヤツが居るって感じ。

 分かるヤツは分かってくれてるって事だ。同じ集団で敵味方ってのも阿呆らしいけどな」

 

「良いヤツもいるんだ?」

 

「ああ。その内、おまえにも見えてくる。だから何とかなるって」

 

「俺、ココに配属されても良かったのかな……」

 

「そう思ってもらえりゃ有り難ぇよ。もっとも俺は、おまえが来てくれてめちゃめちゃ嬉しいけどな!」

 

 

 敬のような人間にそう言われて嬉しくない訳が無い……ただ、それをそう表現したら良いのかが統には分からなかった。

 喜び、不安、期待、恐怖……ありとあらゆる感情が彼の中で渦巻く。

 

 

「俺のコト買いかぶりすぎだろ。こんなヤツなんか……」

 

「だーかーら!『俺なんか』とか言うな。おまえはそのままで良い。そのままが良いんだ。

 おまえは人の痛みってのが分かる。それは誰にも負けねぇ、すっげぇ良いトコなんだぞ。そんなヤツが俺達を理解しようとしてくれてる。それって俺達にとっちゃ、すげぇ心強い事なんだからな!」

 

「……」

 

「傷の舐めあいなんかじゃ無ぇぞ。そりゃケンカもするだろうけど、イザと言う時にゃ支え合える仲間が来てくれたって思ってんだ。それこそ兄弟みてぇに」

 

「きょうだい?」

 

「そう。兄弟だ」

 

 

 敬は大きく頷くと立ち上がった。改めて食事のセッティングを始める。

 

 

「……この戦争だっていつかは終わる。そうしたらみんな一緒に幸せになるんだ。生きてりゃその内、何かが分かる。だから生きようぜ?」

 

「……」

 

「メシ、冷めちまってすまねぇな」

 

「……いや、別に」

 

「じゃ、食べるか」

 

「ああ」

 

 

 統は黙々と食べ始める。それ以上口を開くと一緒に涙まで出てきそうだった。

 

 

(ココじゃ俺達はタダの駒でも、心まで好き勝手にさせやしねぇ……生きろよ、統)

 

 

 太陽のような笑顔。

 あれは統だ。あんな風に笑える日がいつか来るのだから。

 

 

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 誠の予告通り、仁は予定より2日早く戻ってきた。『還って来たぜ』と敬の部屋に呼ばれた統は、そこで初めて本人と顔を合わせた。

 テーブルにはまた、ちゃっかりと酒が載っている。

 

 

「仁だ」

 

 

 無造作に握手を求められた。これで双子かと疑う程に愛想が無い。

 

 

「仁はこう見えてシャイなんだ。初対面の奴には緊張するのさ」

 

「五月蠅い」

 

 

 敬のフォローで、統は漸く出された手をおずおずと握り返した。

 

 

「……よろしく」

 

「よし、じゃあ乾杯と行こうぜ」

 

「ごきげんだな、敬」

 

「記念すべき日だからな。お前も無事戻って来たし、コイツも整備担当が決まったし」

 

「相変わらずの脳天気め」

 

「お前こそ、たまには羽を伸ばせよな」

 

「お前のはちょっとは畳め」

 

 

 微妙な遣り取り。統はそこで笑ったほうが良いものか少し悩んだ。

 

 良く笑う敬と対称的に、仁は余り表情が変わらない。最初は取っつきにくい印象だったが、それでもたまに悪戯っ子のような笑顔を見せる時の目は、流石にそっくりで好感が持てた。

 

 

「どうした?」

 

 

 二人の遣り取りを見ている彼に気付いた仁が聞いてきた。

 

 

「いや、面白いモンだなって思ってさ。双子って言っても、似てるようで結構違うんだな」

 

「そりゃそうだろ。同じなのは遺伝子だけだ」

 

「でも二人で同じ女に惚れたりするって言わね?」

 

「は?」

 

 

 確かに誠から『この数日で人当たりがかなり柔らかくなった』とは聞いていた。

 だがこの馴染みようは、何だ。

 

 

「敬」

 

「ん?」

 

「お前、この5日間でコイツに何を吹き込んだ」

 

「良いじゃねぇか。固いコトは言いっこナシ」

 

 

 ギロリと睨む仁を笑って流し、敬は一人で『乾杯』とまた酒を呷る。

 

 

「しゃーねぇな」

 

 

 仁もそれ以上問い質す事は無く、苦笑しながらこれまた二杯目をあっさり空にしていた。

 ザルなのは同じだな、と統は一人密かに納得する。

 

 

 ひとしきり喋って互いに馴れたところで、翌日の打合せに入った。

 

 

「明日は整備のチェックからするか。機体整備は地味だが重要な部所だ。分かるな?」

 

「パイロットの腕を生かすも殺すも整備の出来次第」

 

「そうだ」

 

「確かにコイツ、その筋はかなり良いぜ」

 

「そいつぁ何よりだ」

 

 

 頷く仁に、更に敬が提案する。

 

 

「だから整備チェックは余裕で時間が余る筈だ。って事で、ソレ済んだら体術と射撃も一度見てやってくれよ」

 

「誠は?」

 

「午後は付き合えると言ってた。順調に行きゃあ飛行訓練も出来るかもしんねぇな」

 

「え……」

 

 

 統が固まった。予想外の進度だ。

 

 

「おい敬、あんまり脅してやるな。ビビってんじゃねぇか」

 

「あー大丈夫。コイツ本番に強いから」

 

「テキトーな事言わねーでくれよ!」

 

 

 慌てる彼など意に介さず、敬はへらへら笑ってその頭をぐしゃぐしゃと乱暴にかき回した。

 だが、不思議と嫌な気はしない。

 

 

(何かこんなの、良いのかもしんねーな……)

 

 

 アルコールと頭を撫でられた振動でぼんやりした頭で、統はそんな事を思った。

 

 

「明日から少しハードになるから宴会は早目に切り上げるか。軽く話も詰めときたいし。

 ココで良いよな?仁」

 

「じゃあこれでお開きだ。明日は0730に集合。宜しく、統」

 

「ああ、コッチこそ」

 

「お疲れさん」

 

「おぅ。おやすみ」

 

 

 仁と握手する統を敬がねぎらう。二人に見送られて、統は自分の部屋に戻って行った。

 

 

「えらく懐かれたな」

 

 

 二人だけになったところで、仁が口を開く。

 

 

「全くだ。嬉しいもんだ」

 

「もっと刺々しいかと思ってたが」

 

「最初に会った時は流石にな。それでも可愛かったぜ?必死で威嚇する猫みてぇだった」

 

 

 ふふふと思い出し笑いをする彼を、仁は心底怪訝そうに見る。

 

 

「そう言う表現をするお前が分からん」

 

「俺はカンセイ豊かなんだよ」

 

「言ってろ」

 

 

 軽口をいつも通りバッサリ斬られるが、敬もそんなのには慣れっこだ。気に留める事も無くそのまま話を続けた。

 

 

「それと半分成り行きだが、アイツには『印』の事、ざっくり言っといたぜ」

 

「そうか。まあいずれ分かる事だし。理由も?」

 

「一応な。あの国の事とか『誰に』とかは言ってねぇけど。聞かれたら適当に話合わせといてくれよな。印は、あくまでも優秀な俺達が他国へ引き抜かれるのを阻止する為の物って事で」

 

「言ってろ」

 

 

 呆れられても、彼は尚もニコニコ顔で浮かれている。

 

 

「いやあ良いなぁ。弟だぜ弟!」

 

「すっかり弟扱いか」

 

「ああ。兄貴はお前一人で十分だしなあ」

 

「で、俺は弟が二人になったわけだが?」

 

「楽しいだろ」

 

「……お前に言ったのが間違いだった。じゃあな」

 

 

 溜め息をついて肩を落とし、自分の部屋へ戻ろうとするその背中に敬が声を掛けた。

 

 

「おい、打ち合わせは?」

 

「終わりだ。後は実際にやってみれば良いだろう。フォローは任せる」

 

「はいよ、おやすみ」

 

 

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20100111-20111213-20180414