The Wheel of Fortune

 

 ガツッ

 

 鈍い音が頭の中で響いた。

 喩えではなく本当に視界に火花が飛ぶ。床に叩きつけられ、馴染みの味が口の中に広がった。

 

(畜生……コイツらもか)

 

 人数比、1対5。当然ながら、1が俺。

 おまけに刃物を持つ向こうに対して、こっちは素手。

 

 

 ……もう良いじゃないか。いっそ殺してくれ。

 こんな俺なんか生きてる意味も価値も無い。

 

 

「ほら、起きろよ」

 

 

 厳つい奴が頭を掴む。その勢いのまま無理矢理立たされた。

 右手にはサバイバルナイフ。それを喉元に真正面から当ててくる……だがその手は細かく震えていた。

 

 

(ただの小心者か……ま、それくらいが俺にはお似合いって事だけどな)

 

 

 こんな奴に任せてたら適当に嬲られるだけだ。

 

 

(早く終わらせてくれよな)

 

 

 赤い瞳が睨む。それだけで相手は後退る。すかさずその右腕を捉えた。

 

 

 「……さっさと殺れ」

 

 

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「それって私刑だろ?」

 

「とうとう一人死んだとよ」

 

「誰が?張本人じゃないのか?」

 

「それが、08小隊の……」

 

 

 朝の食堂では、未明に起こった新入り兵の一件でもちきりだった。

 

 

「何で“あいつ”が無事なんだ?」

 

「いや、それなりに重傷らしいけどな」

 

「差し違えたって事か」

 

「いや、“あいつ”に腕を掴まれた途端に何か叫んで脇の窓から飛び降りたって……」

 

「何だそれ」

 

「知るかよ」

 

「次は何処に回されんだろな」

 

「ウチには来てほしくねぇよ」

 

「こっちだって」

 

 

 噂の主は、既に4つの小隊で“事件”を起こしていた。

 入隊して未だ1ヶ月未満。

 一つの隊に5日以上所属した事が無い。

 

 

「16だろ?確か」

 

「ああ。16歳と1日で入隊」

 

「さすが不吉の権化」

 

「シッ!それ言うな、祟られるぞ」

 

 

(……何だかなぁ)

 

 

 一向に止まる事の無い噂話を耳にしながら(それが目的だから構わないのだが)、敬は窓際の席で朝食を摂っていた。

 

 噂の主は、薄鈍 統。本人の後ろ姿はこの前遠目に見ていたが、それだけで『此処でもキツイだろうな』と彼は思ったものだ。

 

 あの髪。

 この国で厄災の相と言われる色。

 

 そんなのは、くだらない迷信……頭ではそうと分かっていても感情的にはなかなか受け入れられない。

 それどころか、そんな迷信を頭から信じ込む人間が圧倒的多数なのだ。

 

 

「よう、敬」

 

「おはよう。仁」

 

 

 前の席に仁が座った。すぐに黙々と食べ始める。

 その光景を目にした近くの数人が今度はこちらを見て『ほら、あの二人さ』『へぇ、すげぇ……』などとひそひそ話し出した。

 

 

 『31(サンイチ)の双子』。

 彼らに付いている、非常に分かり易いレッテルだ。

 

 

「見事に落ち着かねぇな」

 

「全くだ」

 

「お前よく座ってられんな、こんなトコに」

 

「まあな。こういう情報は誠に聞くよりもココの方が早く取り込めるし」

 

 

 げんなりした顔つきの仁に対して、敬は大して気にも留めずさらりと返す。

 

 

「で、どう思う?」

 

「そろそろ来るだろうな。そんでどうなるかは別として」

 

「そうか。じゃあ任せたぞ」

 

「何でだよ。仁だって気になってる癖に」

 

「いきなり俺とは無理だ。慣らし期間を入れなきゃ、俺がアイツを殴り飛ばして1日で終わりだ」

 

「短いねぇ」

 

「勿体ねぇだろ?だからお前に任せるって言ってんだ。丁度、明日から2週間ほど空けるしな」

 

「あ、楽しやがって!!」

 

「その分、任務で消耗してくるさ。じゃあよろしくな、敬」

 

 

 ごっそさん、と呟いて仁は早々に食堂を出る。その後ろ姿を見送りながら、敬はふっと笑った。

 

 

「相変わらず不器用なこった」

 

 

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 意識が浮上する。

 

 

(また戻ってきちまった)

 

 

 統が最初に思ったのは、それだった。

 

 深呼吸を一つ。それから、二度と開くまいと思っていた目を開く。

 視界には、制服の上に白衣を着た人間が一人。

 

 

「気が付いたか?」

 

「……残念だけどよ」

 

「何だ、不服そうだな」

 

「また死に損なった」

 

 

 思わずぼやく。しかし白衣の人物はそれを哀れむでも無く咎める風でも無かった。

 感情が入っていない……が、その無機質な会話が今の彼には気楽だった。

 

 

「さっさと殺せって、そこまで言ってやったんだぜ?」

 

「甘いな。それなら、しっかり相手から奪って自分で刺せば良い」

 

「……処分は?」

 

「そんなものは無い。被害者だろう」

 

「くそ」

 

 

 統が押し黙った。それを見て白衣の人物が再び口を開く。

 

 

「ああ、ついでに伝えておく。回復次第、第31小隊へ転属となるからそのつもりでいろ」

 

「……サンイチ小隊?何だそれ」

 

 

 首を傾げる。聞いたことが無かった。

 

 

「行けば分かる。因みに統括は俺だからな」

 

「え、あんた医者じゃないのか?」

 

「医者上がり、だな。名前は黄丹 漣、中尉だ。また其処で会おう」

 

 

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「……ということで、明日から薄鈍 統一等兵が第31小隊に配属される」

 

 

 あれから一週間。

 噂も収まり通常の日々が戻って来た頃に、誠が敬に連絡してきた。

 

 

「やっぱり来たか」

 

 

 彼は敬と仁の上官にあたるが、元々は同期と言っても良い関係。普段は気楽に話せる。

 

 

「あれだけトラブルが続けば、どこも受け入れに難色を示すからな」

 

「違い無ぇ。誠はもう会ったのか?」

 

「いや。俺は未だなんだが、中尉は一週間前に顔を見に行ったそうだ。前から手ぐすね引いて待ってたから、今回の件は渡りに船だったんだろう」

 

「乗せられた本人はどうか知らねぇがな。どう使うつもりだ?」

 

「機体整備をやらせてみると言っていた。彼はかなり手先が器用らしい」

 

「今はまだ病室に?」

 

「ああ、1900に自室に移動予定。お前の隣室だ」

 

「そっか。しばらく空いてたもんな。荷物は?」

 

「そもそも殆ど何も持って無いそうだ。身体もかなり回復してるし、特に手伝いも要らないだろう」

 

「じゃあ、部屋の風通しでもしとくか」

 

 

 その浮かれ具合に、誠は苦笑した。

 

 

「早速か」

 

「俺だって楽しみにしてたんだ。いくら小隊ったって3人だけじゃ寂しいじゃねぇか」

 

「確かにな。メンバーの入れ替わりも無いし」

 

「誠」

 

 

 急に真剣な面持ちで、敬は誠に自分の左肩を示しながら尋ねる。

 

 

「ソイツには『これ』、つけて無ぇよな?」

 

 

『印』の事だ。

 

 

「大丈夫だ。彼は対象外」

 

「そうか、良かった」

 

「馴染んでくれると良いな」

 

「全くだ。じゃあな」

 

 

 ひらひらと左手を振りながら、敬は部屋の準備に向かう。

 誠はそれを複雑な面持ちで見送った。

 

 

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 夕方、唐突に退院を言い渡された統は、その足であてがわれた部屋へ向かった。

 

 指示されたのは今までとは全く別の棟。これまで揉め事を起こした連中とかち合わないようにという有難い心遣いだろうか。

 

 

(どっちにしたって、また地獄さ)

 

 

 腹を決めた筈なのに、部屋に近づくにつれ足取りが重くなる。

 今度はどんな連中と一緒にさせられるのか……気が滅入ってきた。

 

 

「っしゃ!」

 

 

 次の角を左に曲がればすぐに、指示された部屋。統は気合いを入れ直して歩を進めた。

 

 

 ……と、部屋の扉が開いている。微かに揺れているところを見ると、窓も開いてるのだろう。

 

 

(早速かよ)

 

 

 中に、誰かが居る。

 何を企んでるんだ……統の瞳がギラリと暗く光った。

 

 ゆっくりと扉に近づく。但し決して歩みは止めないように。

 ノブに手をかけると、一気に扉を開け放ち室内を睨み身構えた。

 

 しかしそこに居たのは。

 

 

「ああ、早かったな。邪魔してるよ」

 

 

 ひどく普通に声をかけてくる、窓辺で雑巾を手にした人間が一人。

 

 

「え……?」

 

 

 夕日が斜めに差し込み、顔の輪郭がはっきりと浮かび上がる……笑顔だった。

 風に揺れる髪が夕日を反射して、一瞬赤銅色に輝く。

 統のそれと同じ色に。

 

 

(誰、だ?)

 

 

 暫し茫然としていた統だったが、やがてハッと我に返って言い返した。

 

 

「な……何やってんだ、人の部屋で!」

 

「ああ、ごめん」

 

「そうじゃねえ!何やってんだって聞いてんだ!」

 

 

(こりゃ、猫みてぇだな)

 

 

 のんびりと、敬はそんな事を思った。

 

 文字通り燃えるような色の髪は、人によっては確かに恐怖をあおるものなのかもしれない。だが彼にとって、それはあまりにも些細な事だった。

 

 それよりも、舐めてかかられないように、絡まれても直ぐに攻撃出来るようにと、剥き出しの警戒心を見せるその姿は、必死で全身の毛を逆立てて威嚇する子猫のように見える。

 今、手を出したら確実に引っ掻かれるだろう。

 

 

(別にそれでも良いんだけどさ)

 

 

 取り敢えずはそのままの体勢で言葉を返す。

 

 

「ああ。この部屋、しばらく空室だったから手入れしとこうと思ったんだ。アンタが来る時間はもう少し後だって聞いてたからさ。わりぃな、驚かせて」

 

「……」

 

 

 統が黙る。暫くして攻撃の気配が消え、本来の彼の瞳の色が戻ってきた。

 

 ルビーを連想させる瞳。その奥に見え隠れする光が本当の彼なのだろう。それは……。

 

 

「自己紹介がまだだったな。蘇芳 敬。第31小隊所属だ。よろしく」

 

 

 そこで右手を差し出そうとして雑巾を持っていた事を思い出し、慌てて腰の辺りで手を拭ってから改めて握手を求めた。

 

 

「あ、俺……薄鈍 統」

 

 

 怪訝な顔。警戒は解かないまま。それでも彼は窓際までやって来て敬の握手に応じた。

 髪が夕日の光を弾き、一瞬で金・銀・オレンジと多彩に輝く。

 

 

(うん、やっぱ綺麗だ)

 

 

 太陽と仲良しの色だと、敬は思った。だが当の本人はその事に気付きもしないだろう。

 

 

(変な奴……ひょっとしてコイツ馬鹿じゃねーの?)

 

 

 握手をしたまま、統は彼を無遠慮に眺めた。

 

 15歳まで入っていた施設でも、親切に接してくれた人は居るには居た。だがそれでもやはり何処か遠巻きの雰囲気だった。

 それがどうだ、この目の前の人物ときたらとにかく最初から笑顔。ひたすら笑顔。

 

 しかも31小隊だと確かに言った。

 

 

「そう、仲間だぜ。今日から」

 

「ちょっと待てよ。あんたアタマのネジ緩んでるんじゃねーのか?」

 

「何で?」

 

「さっきからニヤニヤニヤニヤ笑いっぱなしでよ」

 

「変か?久々の新入りが来たんだぞ。嬉しいじゃねぇか、これでやっと4人だからな」

 

「は?」

 

 

 いくら何でも少なすぎる。

 

 

「何でそんな少ねーんだ」

 

「まあ、出来て日が浅いしな。また追々説明するさ」

 

「……て」

 

「え?」

 

「手!!いい加減放せって!!!」

 

「あ、わりぃ」

 

 

 まだ笑顔。

 その頬に、今日最後の光の矢が走って消えた。

 

 

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 荷物を置けば『まずは歓迎会だな』と隣の部屋に早速連れて行かれる。言われるままに椅子に座ると、敬が何処からともなく酒を出してきた。

 

 

「何でそんなもん出てくんだ」

 

「企業秘密。気にしない気にしない。メシは?」

 

「まだ」

 

「取ってくる。先に適当にやっててくれよ」

 

「いや、俺も行く」

 

 

 気乗りはしないが、流石にここで彼だけに行かせるのは拙いだろう。

 しかし慌ててついて行こうとする統に『主賓は働かないもんだ』と言い切り、一人でさっさと部屋を出て行ってしまった。

 

 ぽつんと部屋に残された統は、落ち着かないこと甚だしい。

 

 

(警戒心ってのが無いのかアイツは)

 

 

 する事が無くなって、何となく辺りを見回す。

 さっきは自分の荷物の少なさに『これだけ?』と驚いた癖に、敬の部屋にもこれと言ったものは無く、がらんとしていた。

 ……と、小さめのライティングデスクに目が行った。写真立てが乗っている。

 

 

(へぇ。やっぱりカノジョとかの写真か?)

 

 

 冷やかし半分で近づいて見てみると、そこに写っていたのはどう見ても成人男子が二人。

 片方は敬。では、一緒に写っている彼にそっくりな人物は……。

 

 

「双子ぉ?」

 

 

 戻ってきた敬に問うと、そんな答えが返ってきた。

 

 

「そう。俺が弟。そっちは仁って言うんだ。今は任務に出てる」

 

「任務?」

 

「そう」

 

「あんたは何でココに居るんだ」

 

「だってアイツのは単独任務だし」

 

「単独で何してんだよ」

 

「偵察。たまにドンパチやってるかも」

 

「『かも』って何だそれ?!」

 

「追々話すから。とりあえず乾杯!」

 

「おい」

 

 

 彼のペースが全く掴めない統は困惑気味だ。だがそれも気にせず、敬は心底嬉しそうに良く食べ良く喋り良く飲んだ。

 

 

(……ザルだコイツ)

 

 

 そんな彼の様子を見ている内に何だか馬鹿らしくなって、統もあれこれ考えるのを止めた。

 

 とはいえ、自分の所属する隊の事くらいは聞いておかないと駄目だろう。

 

 

「で、31ってどんなとこだ?」

 

「一応は情報部所属。単独任務か二人一組が多いな。やる事は、まあ色々」

 

「ちっとも分かんねー」

 

「31自体がまだ1年そこそこだし、俺も最近やっと慣れて来たとこ。俺の場合は、近頃は誠っていうもう一人のヤツと組む事が多い。

 仁が上からの偵察なら、俺たちは下からの潜り込みって感じだな」

 

「スパイって事か?」

 

「だいたいそんなトコ」

 

「回りくどいな」

 

「分かんねぇっておまえが言うから丁寧に」

 

「何だそれ人のせいかよ」

 

「まあまあまあ」

 

「しょーがねーな……じゃあメンバーはこれから増えていくんだ?」

 

 

 ふっと一瞬の間が空く。何故か統の背筋が冷えた。

 だが敬は笑顔のままだ。

 

 

「いや、多分なかなか増えねぇよ。ちょっと特別な隊だし」

 

「特別?」

 

「ああ。俺たち3人とも、それぞれ得意分野が偏り過ぎて普通の隊じゃ逆に使えねぇらしい。

 例えば仁なら、飛行技術。入隊して半年で軍全体でも5本の指に入るって言われるようになったけど、凄すぎて他がついていけねぇから編隊飛行は無理。だから単独任務が多いんだ。

 誠は心理系。なまじ目に見えない分野だから引く奴らも多くてな。分かるだろ?」

 

「何となくな。で、あんたのは」

 

「……うん、また改めて教える」

 

「勿体ぶりやがって。そのぶっ飛んだ性格とか言うんじゃねーだろうな?」

 

「なかなか言うじゃねぇか。ま、当たらずとも遠からずってとこだ」

 

「ちぇっ」

 

 

 ぶぅ、と膨れる彼に敬は『あはは』と笑う……その時は何となくそのままで話は終わった。

 

 

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 翌朝は『顔合わせがあるってさ』と敬が統を呼びに来たところから始まった。

 向かった先は、昨日出てきたばかりの病棟だ。

 

 

「何でこっちに行くんだ?」

 

「黄丹中尉の部屋がこっちなんだ。会った事はあるだろ?」

 

「……あ」

 

 

 意識を取り戻した時の会話を思い出した。

 

 

「医者が上官って、本当なのか?」

 

「まあな。そんなトコも特殊なのさ」

 

 

 廊下の突き当たり近くまで歩き、左に曲がれば目的の場所。

 扉の前に、一人姿勢を正して立っている人間が居た。

 

 

「おはよう、敬」

 

「よう」

 

「彼が?」

 

「そう、統だ。カワイイだろ」

 

「ちょっ、何だよそれ!」

 

「えーカワイイもんをカワイイっつって何が悪い?」

 

「褒め言葉に聞こえねーよ」

 

「固い事は言いっこ無し。それよりも、彼が桑染 誠。准尉だ」

 

「初めまして。これからよろしく」

 

 

 紹介を受けて、誠が統に握手を求める。

 准尉なら敬礼だろと思う間も無く、敬が『ほら、握手』と促した。

 

 

「……よろしく」

 

 

 それを聞いて、誠も少しだけ笑みを浮かべた。だがそれは敬に比べると冷たい印象だった。

 瞳の奥に真意を掴ませない何かを感じる。

 

 

「飲んだな?夕べ」

 

「勿論だ。先に歓迎会させてもらったぞ」

 

「それは良いが……臭う」

 

「そうか?」

 

「酒臭い」

 

「気のせいだろ」

 

「おい!」

 

 

 慌てる誠を尻目に、敬はさっさと扉をノックした。

 

 その瞬間、空気が変わる。

 

 

「蘇芳 敬 軍曹、薄鈍 統 一等兵、入ります」

 

「入れ」

 

 

 直ぐに扉の向こうから返事があり、敬が『入るぞ』と統を促す。その豹変ぶりに呆気に取られた彼の顔を見て、敬は一瞬だけ口の端でくくっと笑った。

 

 

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 黄丹への挨拶を済ませたところで、統に今後の予定が言い渡される。仁が戻り次第、彼の指導の下で飛行訓練に入れとのことだった。

 

 

「シミュレーションまでは済んでいるんだろう?」

 

「はい」

 

「なら問題ない。彼が戻り次第3日で仕上げろ。それまでは機体整備のレクチャーと実践をしておけ。それと銃の扱いに体術だな」

 

「げ」「はい」

 

 

 思わず呻く統の声を、敬のそれがかき消した。

 

 黄丹からは10分程で解放され、そのまま3人でシミュレータのある部屋に向かった。誠がシミュレーションでの理解度をチェックすると言う。

 

 

「で、スケジュールどうしようか?誠」

 

「仁の事だからまた2・3日は早く戻ってくるだろう。今日も含めて3日半あるとして……」 

 

 

 すっかり普通の調子に戻って会話を進める二人に、統が目をぱちくりさせる。

 

 

「どうした?統」

 

「いや、そんなにコロコロ雰囲気変えれるモンなのか?普通」

 

「そうか?」

 

「さっきはめちゃめちゃ軍人ぽかったし」

 

「そう見えたか?良かった!ほら聞いたか誠、俺だってやりゃあ出来るんだ!」

 

「一応軍人だろう。ついでに酒臭さまで消してみろ」

 

 

 あはは、と敬が笑った。ひとしきり笑った後には

 

 

「ま、処世術だよ処世術。此処じゃそれくらいはやんねぇとな」

 

 

 と、もっともらしく統にアドバイスしてニヤリとする。

 

 

「メンバーの間では気楽にやってくれたら良い。とりあえず中尉の前でそれなりにしておけば大丈夫だ」

 

 

 誠までが軽く笑ってそんな事を言う。

 

 

(良いのかよ、そんなんで……)

 

 

 今までの隊と違い過ぎて、却って統のほうが不安になったものだ。

 

 

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 シミュレーションは夕方に終わり、誠からは『実践OK』との判断が出た。

 『中尉に報告してくる』と部屋を出て行く彼を見送り、二人は一足先に食堂に向かう……と、向こうから見覚えのある顔がやって来た。

 

 

(アイツら、14中隊の……)

 

 

 統の体に緊張が走った。気付いた敬が横から『無視しろ』と耳打ちする。

 しかし無言のまま通り過ぎようとした二人の目の前で、連中の一人が強引に行く手を遮った。

 

 

「へぇ、とうとう31に配属か」

 

「なかなか似合ってるじゃないか、統ちゃんよぉ」

 

「31なら俺達も安心だぜ。ソイツらなら『上』直々の監視付きだし」

 

「てめぇら……」

 

 

 つい気色ばむ統を制し、敬はその場から去ろうとする。

 その様子を見て相手は更に調子に乗ってきた。

 

 

「何だ、ダンマリかよ」

 

「俺たち先輩の話が嘘だって言うのか?」

 

「証拠だってあるぜ……例えば、ソイツの左肩の印」

 

 

 平静を保っていた敬が、その一言を聞いた瞬間びくっと震えた。

 

 それは、無意識の肯定。

 

 

(左肩……まさか?)

 

 

「何がどうしたって?」

 

 

 不意に、彼等の後ろから声がした。途端に14の面々が一歩引く。

 

 

「あ、桑染……准尉」

 

「別に31に限らない。印など欲しけりゃいくらでも付けてやる……希望者は誰だ?」

 

「いえ……し、失礼しますっ!!」

 

 

 誠の鋭い一喝で、連中は形だけの最敬礼をすると一目散に逃げていった。

 

 姿が見えなくなってから、漸く敬が小さく息をつく。

 

 

「サンキュ、誠。面倒臭ぇんだよな、ああいう手合いは」

 

「ほとぼりも冷めてきた頃だ、向こうも気が大きくなってるんだろう」

 

「……んだよ」

 

 

 二人の会話に、統の震える声が割って入った。

 

 

「統……」

 

「左肩って、どういう事だよ」

 

 

 声が掠れる。

 

 

「何でだよ……ウソだろ?」

 

 

 沈黙が三人を覆った。なおも真偽を問い質そうとする統の口からは、しかし不自然に引き攣れたような空気の摩擦音しか出て来ない。

 問われた二人は何も言葉を継がず、その2対の瞳は、感情を全く読み取らせないガラス玉のように統には思えた。

 

 左肩の印と聞いて、その意味を知らない者は居ない。

 それは各国で共通の、暗黙の了解だ。

 

 ……その人物が国際手配犯だと言う証。

 

>>>(2)

 

 

20091102-20100102-20111104-20180413