「……饗庭が上層部寄りだってのは知ってたが、黄丹の腹心だったとはな」

 

「面識はあったのか?」

 

「俺は名前を知ってる程度だ。実際にツラを合わせてたのは“弟”のほうだろう。最後の頃はソイツと一緒に解読班に入っていた筈だし」

 

「そうか」

 

 

 意識が戻ると、馴染みのある病室にいた。発見された当初と同じように檜皮と白群がベッドサイドで自分を見下ろしていて、一瞬デジャブかと勘違いしそうになり笑いがこみ上げた。

 つられるように檜皮が苦笑し……そこから今回の件の説明を求められ、今に至る。

 

 ただ、解読班の件では芥を敬に置き換えて話すしかなかった。

 

 

「観念したのか開き直ったのか……どうせ後者だろうが、洗い浚い白状した。動機は、黄丹の仇討ち。お前が発見されたという噂を耳にしてから、あちこち嗅ぎ回っていたらしい」

 

「ったく、腐っても情報部員だな」

 

「執念深さも相当だし、なかなかの知能犯だ。終戦間際にIDを偽造し別の人物と成り代わってた」

 

「それでノーチェックだった訳か。身分を使われたヤツは?」

 

「施設管理部門だった人間だ。本人は大戦中の爆撃で死亡している」

 

「……胸クソ悪ぃ」

 

 

 仁は顔をしかめる。後の話を白群が引き継いだ。

 

 

「確かに狡猾な奴だが狂信的な部分もあって、洗脳されていた可能性も否定出来ない。後は専門に任せたが」

 

「まあ、そうでも今更驚きゃしねえけどよ……」

 

 

 言いながら昨夜の饗庭の様子を思い返す。

 

 

「……ビャク」

 

 

 一つ、引っ掛かる事があった。

 

 

「何だ」

 

「弟と俺は、元からスパイの疑いを持たれていた。だからあの時、饗庭があんな風に喚いたのは分からんでもない」

 

 

 一旦言葉を切る。白群は『続けてくれ』と短く返した。

 

 

「確かに俺達はF国へ向かったが、あの時は亡命しようとシャカリキだったんだ」

 

「解ってる」

 

「だが饗庭は明確に『あの情報』と言いやがった。つまり、実際に持ち出されたらヤバイ“何か”が存在したって事になる」

 

 

 しん、と静まり返る。

 

 

「ビャク。俺達は一体何をした?」

 

「……何もしてない。仲間を守ろうとしただけだろう」

 

「では聞き直す。俺達が持ち出したと饗庭が信じ込んでる、その情報とは何だ」

 

「俺が話す」

 

 

 言いあぐねる白群を見かねて、檜皮が前へ出た。

 

 

「先に言っておく。黄丹が死んだ時に饗庭の時間は止まった。それから今日まで、奴はお前への復讐のためだけに生きてきた」

 

「……情報とは何だ」

 

「当時騒がれた新兵器の事だ」

 

 

 ぴく、と仁の頬が引き攣った。

 

 

「新兵器……」

 

 

 その件は、最初に白群がこの8年間の経緯を説明してくれた時にも出た。

 終戦間近になって其れを完成させた、あの国の事も。そして実験と称してその新兵器を投下された小さな途上国が一つ……壊滅したという事も。

 

 

「新兵器開発に成功したのが、お前達が以前に留学をしたあの国だった。兵器の情報を真っ先に知ったお前達は製造方法を解読し、黄丹を殺害した後に情報を丸ごと持ち出してF国に逃亡した。それが饗庭の言いぐさだ」

 

「しかし今現在も、F国は非核保有国の筈です。兵器開発に積極的な訳でもありません」

 

 

 鳶が堪りかねて口を挟む。檜皮はそれを軽く手を上げて制した。

 

 

「確かに、青褐が言う通りだ。情報を売るのなら、当時でも中立を保っていたF国になど行く訳が無い。饗庭の供述は筋が破綻している。奴の思い込みに過ぎんよ」

 

「……はい」

 

 

 鳶も納得したらしく、後は押し黙った。

 

 

「あの時、此方は既にジリ貧だったからな」

 

 

 檜皮が話を続ける。

 

 

「そんな事は相手もよく判っていた。わざわざ勝機を賭けてまで使う気は無かった筈だ。しかし此方の残った士気を叩きのめして降伏を促す為に『見せる』必要があった」

 

「……そんな事で、国が一つ消されたってぇのか」

 

「此方の戦力がまだ残っていたら、2・3発は撃ち込まれてただろう。さっきも言ったが、此方が既に弱り切ってたから助かった。皮肉なものだ」

 

 

 黄丹の情報網を考えれば、確かに新兵器の事を知っていたとしてもおかしくない。もしかしたら、自分が考えているよりもずっと前から……。

 

 

「黄丹は、この事を知ってたんだな?」

 

「そのようだ。裏付けも僅かだが残っていた。

 もう隠しても意味が無いから明かすが、31の捜索が無期限とされている理由の一つがこれだ。31小隊の功罪を問う意図は全く無いが、俺達は事の真相を知る必要がある。同じ過ちを繰り返さない為にも」

 

「……」

 

「……席を外したほうが良いか?」

 

 

 黙り込んだ仁に、白群が声をかけた。

 

 

「ああ、頼む」

 

 

 声は落ち着いていたが、視線はひたすら一点を見据えて動かない。

 

 

「解った。午後にまた来る」

 

「鳶、アンタは残ってくれ」

 

「……はい」

 

 

 返す鳶の声が固い。檜皮が気遣った。

 

 

「大丈夫か?青褐」

 

 

 仁を護れなかった事がショックだったのだろう。饗庭を事前に見抜けなかったのも堪えた筈……誰もそれが彼の責任であるとは思っていなくとも。

 

 

「はい……ありがとうございます」

 

 

 深々と頭を下げる彼の肩をポンと叩くと、檜皮は白群と共に病室から出ていった。

 

 ……室内が静寂に包まれる。

 

 

 

『当時騒がれた新兵器の事だ』

 

 

 仁はひたすら先程の話を反芻していた……あの時、自分達が其れを知っても大戦の行方は何も変わらなかった。黄丹であれば、あの戦いの末路などとっくに見えていた筈だ。相手の新兵器に、積極的に対処したとも思えない。

 

 

 彼にとっての戦争は、自分の戦略を検証する場でしかなかったのだから。

 

 

(だとすれば……ヤツは其れを餌に二人を嵌めたのかもしれねぇ)

 

 

 敬が生きているかもしれないとの望みを得て、31は変わった。勿論、誠も……だがその変化に気付いた黄丹は、彼の忠誠心を試しにかかったのではないか。

 饗庭を使って新兵器の情報を芥に態と掴ませ、揺さぶりをかけ、拘束する。それを知った誠がやって来たところで選択を迫る……自分か、仲間かを。

 

 あの場に着くのがあと10秒でも遅ければ、誠も統も絶命していたかもしれない。冷たくなっていく二人を前に、それでも自分は黄丹と渡り合えただろうか。

 

 ……無理だ、と思った。仮に同じように撃てたとしても、続く一発で己が頭も撃ち抜いていたに違い無い。

 

 

(二重三重の罠か……何てこった)

 

 

 仁の右手が苛ついた様に髪を掻きあげ、所在無さげに宙を彷徨った。同じ仕草を繰り返す内に、右手が細かく震え出す……悪寒の様な震えは直ぐに彼の全身へと広がって行った。

 

 

「……常磐」

 

 

 見かねた鳶が声をかける。

 そうでもしなければ、今は自分のほうが悲鳴を上げてしまいそうだった。

 

 

「……」

 

 

 無言で左腕を掴まれた。伝わってくるのは、深い慟哭。

 

 

「……やりきれねぇな、ホント」

 

 

 ややあって、仁がぽつりと言った。

 低く落ち着いた、いつもの声色……今はそれが辛い。

 

 

「……申し訳ありません」

 

 

 やっとの事で鳶は謝罪の言葉を口にする。其れ以外、何も言えなかった。

 だが仁は緩く首を横に振る。

 

 

「謝んじゃねぇよ。アンタだってショックだったろうに、よく対処してくれた」

 

「ですが自分は」

 

「鳶」

 

 

 一旦離れかけていた仁の手が、再び彼の腕をしっかりと捉えた。目に光が戻っている。

 

 

「饗庭は、黄丹が俺達に遺した時限爆弾だったんだ。或いは呪いか、遅効性の毒……どっちにしても厄介なモンさ。いずれにせよ、俺がカタをつけなきゃダメだった」

 

「しかし……」

 

「護れなかったとか言うなよ?俺は十分、アンタに助けてもらったんだからな」

 

 

 怪訝な顔をする鳶の腕を、ポンと叩いて話を続ける。

 


「……あの時、俺は完全に吹っ飛んでた。アイツを殺るつもりだった。
 だが間際で、アイツを押さえ込んでるアンタの姿が目に入った。それで俺のトラウマが解けた」

 

 

 確かにギリギリだったがな、と仁は苦笑した。

 

 

「アンタが俺の暴走を止めてくれたんだ。今なら分かる。もしアイツを仕留めてたら、直後に俺は廃人になってた。

 俺が饗庭を殺る……それが黄丹の狙いだったに違い無ぇ」

 

「まさか……貴方を道連れに?」

 

 

 黄丹の呪縛は、それ程までに強烈だった。

 

 

「俺だけじゃなく、31そのものを地獄へ連れて行きかったのかもしれねぇ。それこそ何年かかってもな。そう思えば、この程度の怪我で済んで御の字だ」

 

 

 ベッドに背を預け、仁は小さくため息をついた。

 

 

「新型兵器の件はビャクから聞いてはいたが、31との関連までは考えられなかった……だがこれで漸く解った気がする。恐らくあの時、黄丹は賭けに出たんだ」

 

「賭け?」

 

「そうだ……正体不明だった芥だけを潰すか、31そのものを消すか」

 

「芥さんは、その時?」

 

「拘束されてたんだ。それを助けようと誠が動き、統と俺が追った」

 

「それで……」

 

 

 07格納庫にやって来た時の彼等の様子。その理由が今、やっと分かった。

 

 

「それにしても、自ら管轄する隊を抹殺するなんて」

 

 

 最前線で部隊長が隊員を見捨てて真っ先に逃げる類の話は、確かに何度か聞いた。だが意図的に自分の隊を潰すなどという黄丹の思考回路が鳶には理解できない。

 

 

「黄丹は相当エキセントリックなヤツだった。ついでに言えば、部下も上官すらも、自分に有利に使えりゃ良いと考えてたんだ。

 31はその最たる存在だったってワケさ。戦況なんざ二の次だ……考える程に怖ぇヤツだぜ」

 

 

 仁が力無く笑う。

 改めて31小隊が置かれていた状況を知り、鳶は胸を突かれる思いだった。当時は何も手助け出来なかった事が、仕方無いとは言え、悔しかった。

 

 

「……『昔の事』だ。アンタに非が有る訳じゃねぇ、気に病むな」

 

 

 深刻な顔をしている鳶に気付き、仁がフォローを入れる。

 

 

「アンタだから話せる。話せる相手が居るってだけで有り難ぇんだ。流石にこれはアイツらにゃ言えねぇからな」

 

 

 『過去』を混乱させるだけだ、こんな話は。

 

 

「……恐れ入ります」

 

 

 鳶が一礼する。それを区切りに、仁は話題を変えた。

 

 

「そうしたら、これからの事だ。夜間訓練の予定を組み直すところから始めなきゃなんねぇからな。午後に二人が来たら相談する。アンタも少し休め、一睡もしてねぇだろ?そこの簡易ベッドで良けりゃ使ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 鳶がベッドへ移動するのを確認して、仁も体を横たえた。

 一つ大きく息をつく。

 

 

「大丈夫だ……まだ先へ行ける」

 

 

 呪文のようにそう呟き、彼は目を閉じた。

 

 

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 昼食のコールで目を覚ました仁は、鳶にも昼食を摂ってくるように勧めた。

 

 

「こっちは大丈夫だ。小一時間は余裕がある」

 

「では折角なので官舎に戻って来ます。何か必要なものはありませんか」

 

「有難ぇ。とりあえず身の回りのモンと、データファイルを頼む」

 

「承知しました」

 

「アンタもちゃんと食って来いよ」

 

「はい」

 

 

 鳶が退室するのを見届けてから、食事に手を付ける……と、まだ半分も食べない内にバタバタと賑やかな音がこちらに向かってきた。

 聞き慣れた足音だ。それも二人分。

 

 

(来やがった)

 

「指導官!」

 

 

 間髪入れず病室のドアが開き、浅葱が飛び込む勢いでやって来た。直ぐ後ろから、木欄も入ってくる。

 

 

「おい、ちったぁ落ち着け」

 

 

 苦笑しながら仁が二人を宥める。いつも通りの落ち着いた声を聞いて、ぴた、と二人の動きが止まった。

 

 

「申し訳ありません、失礼を致しました」

 

「見舞いに来てくれたのか?」

 

「あ、その……はい」

 

 

 どもる木欄を小突きながら、浅葱がベッドサイドにやってきて敬礼する。

 

 

「昨夜、暴漢に襲われたと伺って気が気でなく……他のメンバーも心配しています」

 

 

 この様子だと、午前中は訓練にならなかったかもしれない。

 

 

「皆がこちらに伺いたいと言ってたんですが、10人揃ってではあまりにもご迷惑だと言う事で、自分達が代表で」

 

「そうか。心配かけたな」

 

「いえ……思っていたよりもお元気そうで、良かったです」

 

 

 漸く浅葱の表情が穏やかになった。木欄も気が緩んだのか、涙目になっている。

 

 

「もう来てたのか」

 

 

 再びドアが開き、白群がやって来た。仁のカルテを持っている。医者から預かったらしい。

 

 

「リーダー……」

 

「どうだ、少しは安心したか?」

 

「はい。面会を許可して頂いてありがとうございます」

 

「ん」

 

 

 二人に軽く頷くと、白群は仁に予定を説明する。

 

 

「丁度其処で担当医に会った。痛みがマシなら動いても構わないとさ。退院は明後日の予定」

 

「解った」

 

「という事だ」

 

 

 白群は改めて二人に向き直り指示を出した。

 

 

「今日の夜間訓練は中止だ。明日以降の予定は夕方に通達する。午後は浅葱、お前に任せる。いいな?」

 

「はい」

 

「そうしたら、これからミーティングなんで席を外してくれるか」

 

「はい、失礼します」

 

「指導官、どうぞ早いご回復を」

 

「おぅ」

 

 

 来た時とはうって変わって二人はおとなしく退室した。

 

 

「賑やかだったな」

 

 

 一呼吸置いて、彼は悪戯っぽくウィンクしながら仁に話しかける。

 

 

「ああ。ノックも無しに転がり込んで来たぜ。午前中は大丈夫だったのか?」

 

「ひたすら基礎トレさせといた。専らランニング。最近そっちに時間が割けてなかったから丁度良かった」

 

「すまねぇな」

 

「気にすんな。それよりこっちだ」

 

 

 ぱん、とカルテを軽く掌で叩く。

 

 

「派手な立ち回りをやらかした割には、神経は無事だとさ。ラッキーだったな」

 

「それで明後日の退院か」

 

「1週間は毎日見せに来いって条件付きだが、こんなとこで腐ってるより良いだろ」

 

「当然だ」

 

 

 カルテを受け取り、ざっと目を通す。再び飛行訓練に入れるようになるまでには、少なくとも数週間かかるだろうと推測した。

 

 

「成る程、大体わかった」

 

「て事で、メシもしっかり平らげろ」

 

「おぅ」

 

 

 カルテを白群に返し、素直に昼食の残りを胃に収める。食べながら、仁はこれからの予定を頭の中で組み立てていった。

 

 

「……どっちにしろ、鳶には相当頑張ってもらわねぇと」

 

 

 食事を終え、傍らの椅子に腰掛けて仁のカルテを見るとはなしに眺めていた白群に言えば、彼も『だよな』とあっさり返す。

 

 

「あんたが前に言ってた『通訳』だな。現場で鍛えていく良いチャンス」

 

「想定してたよりも早いが、その分ここでじっくり時間をとるようにしたい」

 

「賛成だ。夜間の残りは明日明後日で俺が持って、鳶をサブにつけさせてもらう。浅葱は昨日終わってるから、俺が鳶を借りてる間は彼をあんたのサポートに回す。どうだ?」

 

「ああ。誰か居てくれると助かる」

 

「ついでにリーダー研修しといてくれるか」

 

「手伝ってもらってりゃ、嫌でもそうなるさ」

 

 

 アウトラインが決まったところでドアがノックされた。鳶だ。

 

 

「白群、いらしてましたか」

 

「おー、お疲れ。どうだ、調子は?」

 

「有難うございます。良好です」

 

「そりゃ何より。檜皮もそろそろ来る筈だ……わざわざデータファイルを持ってきたのか?」

 

「ソイツは俺が頼んだ。ありがとな、鳶」

 

「いえ」

 

 

 食器を片付け、椅子をセッティングしたところへ檜皮がやって来た。

 

 

「2期の合流が決まった。40日後だ」

 

 

 座るなり、彼はそう切り出した。白群が短く口笛を吹く。

 

 

「養成が遅れ気味だって言ってたのに、巻き返してきたな」

 

「1期の様子を聞いて尻に火がついたらしいぞ」

 

「そりゃ頼もしい。その後は?」

 

「基本的に60日毎に10人ずつ。余程の番狂わせが無い限り、2年以内に規定の100人を超える」

 

 

 仁が諾と頷いた。

 

 

「良い感じじゃねぇか。2期のリーダーは?」

 

「若草だ」

 

「ソイツにはいつ会える?」

 

「あと10日もすれば」

 

「一ヶ月前か、良いトコだな。そうしたらその時にチェックもすると本人に伝えといてくれ」

 

「了解だ。その様子なら、1期のほうも行けそうか」

 

 

 予定をメモして、今度は白群に確認を取る。

 

 

「大枠は決まった。な?常磐」

 

「ああ。アンタの許可待ちだ」

 

 

 二人の返答を受け、檜皮も相好を崩した。

 

 

「流石だな。では早速聞かせてもらおう」

 

 

 

 

>>>TDA(6)

 

 

20120610-20190510