飛行部隊での初日。

 仁は顔合わせもそこそこに1期メンバー10人のフライトをチェックした。

 

 

「……なかなかの精鋭揃いじゃねぇか。俺の出番なんて無ぇぞ」

 

 

 チェック後、白群と遅めのランチを摂りながら素直な感想を述べると、彼は聞くなり渋い顔をする。

 

 

「大アリだぜ。確かに技術は悪かないが、どいつも機体の性能に頼りすぎるきらいがある。

 メカが進歩したって、なら人間も同じだけ進化出来たかと言えば答えは『ノー』だ。機械に人間が支配されたら終わりさ」

 

「流石、手厳しいな……まあ、言いたい事は解るが」

 

 

 仁と白群の相性が良いのは、この辺りの認識が基本的に同じだと言う事もあるだろう。その先の方法論に若干の違いはあるとしても。

 

 

「取り敢えず、この後は部隊長さんのデモフライトもあるワケだし。お手並み拝見だ」

 

「おぅ、任せとけ」

 

 

 そしてピンと立てた人差し指を仁に突きつけ、続けた。

 

 

「それと、明日はあんたもな」

 

「俺にデモをしろってんのか?」

 

「それは後日のお楽しみ。先に空の感覚も戻さないと面白くないだろ?俺が乗せてやる」

 

「……成る程」

 

 

 仁の口元が綻ぶ。

 

 

「飛ぶのは問題無しなんだな?」

 

「おう。安心しろ、ちゃんと医者に確認も取った。通常飛行なら大丈夫だとさ」

 

「なら後でしっかりイメトレさせて貰うか」

 

 

 そこへ鳶がやって来た。白群が隣へ座れと手招きする。

 

 

「お疲れさん、鳶。メシ済んだか」

 

「はい」

 

「どんな様子だった?あいつら」

 

 

 1期メンバーの事だ。

 

 

「興奮冷めやらぬ、って感じです。大物との初顔合わせだ、どんなだろうと思っていたら速攻フライトチェックされたって事で、あれこれ心配してますし」

 

「心配?」

 

「技術の低い者は部隊から外されるとか、降格処分が待ってるんじゃないか、とか」

 

「何でそうなるんだ、あいつら……」

 

 

 がっくりと肩を落とす白群を見て、仁はニヤニヤと笑った。

 

 

「良い教育してるじゃねぇか」

 

「自信過剰よりは良いと思いますが」

 

 

 鳶の一言はフォローか、追い打ちか。

 

 

「ま、上には上があるって事ぁ解ってるわけだ」

 

 

 コーヒーを飲み干し、仁が話を進める。

 

 

「トップがビャクだからな。レベル差は嫌って程実感してんだろうが、今はそれで良い」

 

「指導官の仰せの侭に」

 

「どのみち一人ひとりの絶対レベルを上げていくのは永遠の課題だしな」

 

「そりゃ当然なんだが、ある程度は粒も揃えないと編隊飛行で苦労する。それを両立出来る奴等がどれだけいるか」

 

 

 白群が再び渋面になる。今の彼が一番、拘っている部分。対して、仁は涼しい顔。

 

 

「養成上がりは皆が同じ基礎を叩き込まれてる、この場合は其れがプラスに働く。後は鳶がやってくれる」

 

「……自分がですか?」

 

 

 いきなり話を振られ、鳶はキョトンとする。

 

 

「アンタなら出来る。別に今すぐやれって言うんじゃねぇ。フライトテクも磨きたいって言ってたから、訓練にも参加するんだろう?その中でアイツらの相性を見極めて行ってくれりゃ良い」

 

 

 技術面は、白群と自分。メンバーと交流を持ちながら、特徴や性格を見てまとめて行くのが鳶。

 

 

「成る程、そう言う役割分担か。頼りにしてるぜ、鳶」

 

 

 白群が笑顔になり、鳶の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

 

 

「折角だから、後でお前のフライトもこいつに見せてやれ。イイ線行ってるぜ、こいつも」

 

「そうか。ソイツぁ一度見ておかねぇとな」

 

「えー……」

 

 

 珍しく弱々しい反論の声を上げる鳶に、ここぞとばかり白群が『大丈夫、降格処分になんかしないさ』と混ぜ返せば、仁は耐えきれずに爆笑した。

 

 

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 午後、初めて目にした白群のフライトは圧巻だった。確かにこれを見た後では、誰のを見ても未熟と感じてしまうだろう。

 

 

「白群は『鋭さ』だと思うんです」

 

 

 仁の隣に控えている鳶が感想を述べた。次は自分の番だと言うのに、まだ準備に入ろうとしない。



「スピードや正確さではない部分です。貴方が『柔』であるなら、白群は『剛』。好対照だと言うのが、最初の印象でした」

 

「成る程」

 

 

 喩えるなら、限界まで薄く研がれた硬質の刃が、音もなく対象物を切り裂くという感じだろうか……自分には無いものだ。

 

 

「おまけに腹が立つほど冷静だ。迷いが無ぇ」

 

「硬質であっても強引ではないですよね」

 

「テストパイロットでもトップだったってのも肯ける。やっぱり違うモンだ……」

 

 

 語尾は轟音にかき消された。

 ふと横を見れば、鳶が白群の機体を食い入るように見つめている。

 

 

(……良い目をしてる)

 

 

 恐らく彼も、空に魅入られた一人。『あの時代』に空軍ではなく海軍に入った経緯は知らないが、飛行部門の整備兵は彼自身が志願した結果なのだろう。

 

 白群の下に鳶がいれば、この飛行部隊は他国に引けを取らないものになる。どこまで上を目指せるか、それも楽しみだ。

 

 

「……ついて行くほうは大変だがな」

 

「え?」

 

 

 仁の口から滑り出た言葉に反応した鳶が、ひょいと首を巡らせる。

 

 

「いや、何でも無ぇ。それよりいい加減、スタンバイしろ」

 

「あ、はい!」

 

 

 背中を平手で一発叩いて気合いを入れてやればゲホッと軽く噎せて、鳶は自分用の機体に向かって走りだした。

 

 

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 鳶のフライトが終了してからは、改めて全員でミーティング。初日という事もあり、仁は細かい事には敢えて言及せず部隊全体としての目標を提示した。

 要求されたレベルの高さに緊張の色を強くする10人だったが、『鳶も訓練に加わる』と聞いた途端、場の空気が少しだけ和む。

 

 

「ですが、補佐官もご多忙なのでは……?」

 

 

 浅葱と呼ばれていたメンバーが遠慮がちに質問した。鳶はニッコリ笑って返答する。

 

 

「訓練を通して飛行部隊の現場を知る事も、補佐として大切な仕事。それに、自分も少しでも腕を磨きたいんです。皆さんには遠く及びませんが……」

 

「い、いえ!そんな!あの……ご指導宜しくお願いします!」

 

 

 浅葱は慌てて姿勢を正す。残る9人も急いで起立すると彼に倣った。

 昼に食事を共にしただけで、この懐かれようだ。仁はこっそり苦笑した。

 

 

「これなら俺、かなりラク出来そうじゃねぇか?」

 

 

 隣で同じく笑っていた白群に耳打ちすれば『天然ってのはつくづく最強だぜ』と返ってきた。

 

 

「そしたら、今日はこれくらいにするか」

 

 

 白群が立ち上がり、一旦終了を告げる。

 

 

「指導官とのミーティングはここまで。この後、明日以降の予定を通達するので暫く残るように……敬礼!」

 

 

 仁が立ち上がるのに合わせて白群が号令をかけた。

 メンバーに挨拶を返し、彼は鳶とミーティングルームを出る。

 

 

「お疲れ様でした」

 

 

 ドアが閉まり、数歩歩き出したところで鳶が労いの言葉をかけた。

 

 

「アンタもな」

 

「このまま報告に?」

 

「ああ。檜皮のトコに行く」

 

「はい。休憩は宜しいですか?」

 

「要らない。寧ろ座り通しで疲れた。ミーティングは昔から苦手の部類だ」

 

「そうですね」

 

 

 さらっと返し、同意を示すように軽く笑った。すっかり補佐役が板に付いている。

 

 

(そう言や、俺もコイツに馴染んだな……未だ三日目だってのに)

 

 

 人見知りをする仁に、敬は『人付き合いを面倒くさがる』だの『警戒心の塊』だのと言いたい放題だった。しかし鳶に対しては、確かにそれが無い。これはなかなか珍しい事だった。

 

 

(これもコイツの美点ってヤツか)

 

 

 彼は人に警戒心を起こさせにくい。比較的物腰が柔らかで表情も豊かに見えるからだろうか、相手がスルリと自分の懐に入ってくるのを咎めない。が、だからと言って脇が甘い訳でもない。
 浅葱を始めとする10人は、半日で彼に馴染み、上司として認めた。自分も彼に上手い事抱え込まれたと言うところだろう。

 

 白群の『天然は最強だ』の一言を思い出し、それも良いかと内心で独りごちた。彼は信頼出来る……その認識は少しも揺るがない。

 其れは、想像以上に自分に安心感を与えてくれるものだった。

 

 

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 翌日は午後から演習場へ顔を出した。浅葱ら1期メンバーは、朝から自主トレや整備にいそしんで既にしっかり汗を流している。

 

 

「ここでバトンタッチだな」

 

 

 白群が左手を上げ、鳶がそれに応じる。パン、と二人の掌が小気味良い音を立てた。

 

 

「先に整備チェックをしてやってくれ。不足やミスがあれば容赦無く言ってやれよ」

 

「解りました」

 

「その後は木欄と組んで飛んでこい。訓練中は浅葱の指示に従え」

 

「はい」

 

 

 鳶は踵を返した。

 これから午後いっぱい、彼は1期メンバーとの訓練に入る。未熟と言われようが、白群の下で訓練を積んでいる彼等の技術は流石にトップレベルだ。鳶とは雲泥の差があるのも当然。

 

 

 

『……あんたのフライトを見れる日が楽しみだ』

 

 

 白群がそう言って笑ったのは昨日、鳶のフライト中の事だった。

 

 

『鳶からさんざん聞かされてはいるが、俺は見た事が無いからな。あいつのは独特だ、だから余計にその手本が気になってる』

 

『確かに、俺を手本にしてたそうだが』

 

『あいつが言ってた通りなら、同じ系統だろう』

 

『そうか』

 

『ただ、あれで皆と一緒にってのは結構厳しい……』

 

『アイツ自身が望んでる事だ。言ったからには努力は惜しまねぇさ』

 

『根本が違う分、キツいぞ』

 

『いっそその方が良い。いずれ幹部になる奴だ、今後は現場トップのアンタと対等にやり合えるようにならなきゃダメだろう。俺とアンタ両方の特性やスタンスを理解した上でアイツらに指導していけるようになりゃ、SS全体の為にもなるしな』

 

『……あいつ自身の守備範囲を広げる、ってか』

 

『其れが第一。ついでにフライトテクも上がりゃあ良しって事だ。結果的にだが、鳶があの程度で良かった』

 

 

 着陸態勢に入った鳶の機体を見遣り、仁は言葉を続けた。

 

 

『俺がベースにあると言っても、それで凝り固まってる訳でも無ぇ。寧ろ殆ど真っ新だ。アレなら訓練次第でどんな方向にも変化していける』

 

『1期は俺の方針でガチガチだがな』

 

『アイツらは今後SSの中核になる。アンタを手本にしてて正解だ』

 

『だが俺にも弱点はある』

 

 

 その点は、これまでに何度も二人の間で話題に上ってきた。

 

 

『そりゃ人間だからな。アンタのフライトは俺と全く方向性が違うってのもよく解った。だが強引に俺のやり方を通す気は無ぇ。やっちまったらアイツらが混乱する』

 

『だろうな。あいつら、素直って言やぁ聞こえは良いが、どうにも融通が利かないんだ』

 

 

 言って再び嘆息する彼に、仁は『まあ何とかなるだろう』と笑って返した。

 

 

『チューニングには暫く時間がかかるが、鳶がパイプ役になっていくはずだ。さっきも言ったが、その為の飛行訓練だしな。アンタの言う弱点をフォローして、俺が伝えたい事をアイツ等が理解しやすい形で伝える。立場的にもピッタリだ』

 

『通訳みたいなもんか』

 

『そうだな。その為にはあらゆる事を学ばなきゃならねぇ。今がその期間だ……俺の護衛にもついてるから相当ハードな事になると思うが、あのまま伸びて行けば2・3年で俺より良い指導者になる』

 

『おい、就任直後から後継者の話かよ』

 

『それくらいで丁度良い。時間は待っちゃくれねぇからな……』

 

 


「……さて、俺達も飛ぶとしよう」

 

 

 浅葱と打合せに入る鳶の後ろ姿を確認してから、白群は仁を手招きした。

 

 

「ああ」

 

 

 久々のパイロットスーツは身体が覚えているよりも重かったが、それ以上に懐かしい感覚に心が浮き立つ。白群の手を借りて、仁は後部シートに収まった。

 

 

[無線、行けてるか?]

 

[問題無ぇ]

 

[キツかったら直ぐに言えよ]

 

[了解]

 

 

 エンジンの轟音が機体を揺るがす。シートに身体を沈み込ませるGが掛かり、直ぐにふいと足下が軽くなった。

 

 

(……ああ、この感覚だ)

 

 

 焦りや不安が霧散し、全てが自分の中でクリアになって行く。

 希望を思い出させてくれる空。

 

 

[気分はどうだ?]

 

 

 暫く水平飛行をした後に白群が聞いてきた。

 

 

[快適だぜ、問題無い]

 

[何よりだ。とりあえず、のんびり遊覧飛行と行こう]

 

 

 彼も、こうしたフライトは久しぶりらしい。『海岸線でも飛ぶか』と弾んだ声がスピーカーから響き、仁も顔を綻ばせた。

 

 

 翌日からも、白群は訓練の合間を縫っては仁をフライトに誘った。少しでも彼の現役復帰を助けたいと言う思いからだ。勿論、彼自身も大いにそれを希望した。
 最初の数回は互いの癖の違いに戸惑いもしたが、そこは流石にトップレベル同士。今まで会話だけでは掴みきれなかった感覚を文字通り体で感じ取る事も出来て、互いの理解が深まったのは何よりだった。

 

 

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 仁がSSに関わり始めてから2週間程が過ぎた。退院後2度目の診察を済ませて廊下に出れば、白群が駆け寄って来る。

 

 

「どうだった?医者の診断は」

 

「とりあえず行動の制限は全て無くなった。脚はこれ以上は戻らんそうだが、逆にGの干渉を受けたからって悪化する事も無ぇんだと」

 

「……それはそれは」

 

 

 白群が複雑な表情を浮かべた。

 

 

「あんたのフライトを見るチャンスが消えちまったか」

 

「少なくとも単座型は無理と考えないといけませんね」

 

 

 鳶も若干浮かない表情になる。

 

 

「そうだな」

 

 

 仁もどこかで覚悟はしていたが、聞いた時は一瞬、血の気が引いた。

 それでも飛ぶ事そのものを諦めろと言われた訳では無いと思い直す。どうすればこの状態でSSに貢献出来るかを考えて行くしかなかった。

 

 

「取り敢えず、今まで避けてたマヌーバを入れて飛んでみたい。やってもらえるか?ビャク」

 

「そりゃ構わない。流石に今日は無理だが」

 

「明日で良い。それと、浅葱は複座型も慣れてたな?」

 

「ああ、1期の中では一番だ。一応、副部隊長だし……」

 

 

 そこまで言って、白群は彼の意図に気付いたようだった。

 

 

「やるのか?」

 

「いずれやろうと思ってた事だしな。お陰で俺もだいぶ後部シートに慣れたし」

 

 

 アイコンタクト一つで、三人とも同じ事を考えていると解る。

 

 

「では、常磐は複座型にコ・パイとして搭乗されると。メインは白群と浅葱で交代しながら」

 

「俺一人じゃ何も出来ねぇが、二人で乗りゃあ浅葱に操縦桿で伝えられる事もあるだろう。

 ビャクの感覚を俺なりにコピーして、それを基にアイツに伝える……俺は実際に体に叩き込んでやりてえんだ。理念やスタンスは鳶が伝えてくれる方が効率が良い」

 

「最高級の実践シミュレータだな。何とも贅沢」

 

 

 白群が大きく頷き、すぐさま今後の計画を組み直していく。

 

 

「じゃあ明日は俺と常磐でガッツリ飛んでくる。鳶はフルで演習に入っといてくれ」

 

「はい」

 

「明後日には浅葱とあんたで飛んでみてもらうか。あいつには俺から言っておく」

 

「OK」

 

「よし」

 

 

 仁の了解を得た白群は『じゃあ、浅葱をつかまえてくる』と言い残し、即座に走り去った。

 

 

「……流石、素早いですね」

 

「あれがビャクの良いトコだな。アイツは思考が抜群に速い、しかも理論派だ」

 

「思いつきで話されているようでも、しっかり裏付けがあっての事だと、後からいつも気付かされます」

 

「そうだな。だが部下がそれを理解出来る頃には、アイツは更に先へ行っちまってる。たまには誰かが手綱を締めてやらねぇと、周りがついていけねぇ」

 

 

 話しながら隣の棟へ向かう。そろそろ昼食の時間だ。

 

 

「アンタは普通についていってるが、1期の奴等だとそうも行かねぇ」

 

「じっくり話を聞けば大丈夫なんですが」

 

「スピード感の違いだな。フォロー頼むぜ」

 

「努力します。それにしても浅葱は今頃、慌てているでしょうね。明後日までずっと胃が痛くなること請け合いですよ」

 

 

 自分へのプレッシャーは軽く受け流し、隊員の心配をするあたりが彼らしい。幹部候補生ともなれば当然かもしれないが、あまりにも自然で力みを全く感じない。

 

 

「それもアイツの試練だな。とりあえずメシにしよう。食ったら檜皮へ報告と相談に行く」

 

「相談?」

 

「今後の機体の事で、ちょっとな」

 

「はあ」

 

 

 首を傾げ、少し考えた後に鳶は言った。

 

 

「すいませんが、常磐。自分にとっては貴方のほうが不可解な部分が多い気がします」

 

「ビャクが理論、アンタが直感なら、俺のは単なる思いつきだ。そのせいじゃねぇか?」

 

「はあ……ではひとまず、そう言う事で」

 


 この件は保留にしたらしい……丁度、食堂に着いたためでもあったが。

 

 昼食を摂りながらの話は、自然と1期メンバーの事になる。

 

 

「それにしても浅葱は、見ていて確かに痛々しい時があるな」

 

「どなたのせいでしょうね」

 

 

 さらりと言い返す鳶の口調には、浅葱への同情が混ざっているようでもある。

 

 

「言いやがったな、コノヤロ」

 

「指導官がこれだけ一生懸命なんです、彼も緊張の毎日でしょう」

 

「アイツ、自覚無しの内に根を詰めすぎて身体を壊すタイプじゃねぇか?」

 

「まだ若いから無理も利きます。二期が来る迄が一つの勝負だと言っていましたし」

 

「俺達はもう年寄り扱いか」

 

「何で『達』なんですか」

 

「アンタ、今はホントは俺より年上だろうが」

 

「放っといてください」

 

 

 少しむくれて見せる鳶に、仁は笑って返す。

 

 

「若いってなぁ良いな」

 

「特権ですよ、あの年代の。今なら彼等は徹夜してでも貴方の指導を受けると言いかねません」

 

「そうか」

 

「……まさか、やるつもりじゃないでしょうね?」

 

「夜間訓練までとっておく。其処迄の無茶はしねぇよ」

 

 

 浅葱は、やや融通が利かない印象はあるが副部隊長という責任の重さをよく承知している。メンバーのフライトは其れこそ目を凝らして一挙一動をチェックし、少しでも腑に落ちない事があれば白群や鳶を掴まえて質問責めだ。必死としか言いようが無い。

 

 あの様子を見ていると思い出すのは。

 

 

「……芥みてぇだな」

 

 

 久々だった。穏やかな湖面に深淵からの泡が浮かび上がるように、自分を救ってくれた恩人の顔がふわりと脳裡に現れる。

 

 

「どなたですか?その方は」

 

「山吹 芥だ、31の時の」

 

 

 山吹 芥……あの時、鳶が格納庫で少しだけ目にした彼。

 

 

「ではやはり、山吹軍曹は貴方の弟ではなかったのですね?」

 

「よく覚えてるな……」

 

 

 仁はぼんやりと視線を遠くに投げる……目の前に居ながらにして、彼の記憶の時間軸が僅かにずれたのが鳶にも解った。SSの指導官から31小隊長へと彼の表情が変わる。

 

 今、彼が見ているのは“8年前”。

 

 

「……常磐」

 

 

 周囲に今の会話が聞こえていなかった事を確認してから、鳶はそっと呼びかけた。

 

 

「ああ……悪ぃ、大丈夫だ」

 

 

 直ぐに指導官の顔に戻る。そして苦笑した。

 

 

「芥も頑固だった。浅葱とまた違った意味で、だがな。どんなハードな訓練にもひたすら食い下がってきやがるし、空きがあれば一人でシミュレータとにらめっこしてたモンだ」

 

 

 鳶も記憶を検める……彼の弟と瓜二つだった、芥と言う人物。

 

 あの逃亡劇の時、ふらつきそうになる足下を必死に抑え平静を装っていた。直前に何かあったのは間違い無い……それも恐らく酷く衝撃的な事が。

 それでも確かにその目はひたむきで真っ直ぐで、其れが仁とそっくりだった事を覚えている。

 

 

「アイツは、本当に死にもの狂いだった。時代が時代だったってのもあるが、此の世界の事を何にも知らないままいきなり軍に放り込まれたんだ。それでも生き延びようと……」

 

「此の世界?」

 

 

 思わず鳶は話を遮った。

 

 

「すいません、常磐。それは彼が他国籍の人物だったと言う意味ですか?」

 

「ん?」

 

 

 少しの間を置いて、仁が『そうか、そうだったな』と改めて説明する。

 

 

「あのな、鳶」

 

 

 少し、声を潜めて。

 

 

「はい」

 

「俺の場合はタイムリープしちまった、それは理解してもらったと思うが」

 

「ええ」

 

「対して、芥は本当に別の世界からやって来た奴だったんだ」

 

「……と言う事は」

 

 

 暫くの後に思い当たったらしい。

 

 

「パラレルワールドですか」

 

「らしいんだ、これが」

 

「はぁ……」

 

 

 飛び上がる程驚くという事は無かったが、流石に直ぐに納得する迄には至らなかったらしい。団栗眼になったままなのがその証拠だ。

 鳶は辛うじてコーヒーカップをテーブルに置く。中身が空になっていたのは幸いだった。

 

 

「……取り敢えず、檜皮の所へ。山吹軍曹の件は、もう少し自分の中で整理します」

 

 

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 仁の報告を聞きながら手渡された診断書に目を通すと、檜皮は『そうか』と言って顔を上げた。

 

 

「なら、今後の予定は追い追い調整していくとしよう」

 

「手間かけて申し訳無い。だがSSに貢献していきたい気持ちは変わらねぇ」

 

「心配するな。それはこの2週間を見ていればよく分かる」

 

「当面の訓練についてはビャクと相談しているが……」

 

「ああ、その辺は彼に任せてるからそれで良い。俺としても、変わらずお前をバックアップしていきたいと思っている。頼んだぞ」

 

 

 差し出された右手を握り返す。やや緊張を孕んでいた場の空気が漸く和んだ。

 

 

「で、相談とは?」

 

 

 ソファを勧められた仁は、座るなり本題を切り出した。

 

 

「直ぐにとは言わねぇが、一つ検討してもらいたい事がある」

 

「……検討?」

 

 

 檜皮の片眉がピンと跳ね上がった。

 

 

「言ってみてくれ」

 

「俺みたいなのでも一人で操縦出来る機体を作ってもらいてぇんだが」

 

「……何だと?」

 

 

 檜皮には予想外の話だったようだ。傍らで聞いていた鳶も、仁の横顔をまじまじと見つめる。

 

 

「それですか、貴方が仰っていたのは」

 

「ああ。何も戦闘機クラスは要求しねぇ。だが平時のパトロール向けでもあればと」

 

「……そう来るとは思いませんでした。両腕だけで操縦出来る機体ですか」

 

「そうだ」

 

 

 檜皮が僅かに身を乗り出した。興味を持ったようだ。

 


「平時向けでも、なかなかの難問だがな」

 

「分かってる。ひとまず、今後の課題として取り組んでもらえりゃ御の字だ」

 

「何故そんな事を?」

 

 

 これまで、誰からも聞いた事の無い話。

 

 

「……SS飛行部隊は、最高レベルの飛行技術を獲得・維持するヤツらの集団だ」

 

 

 仁と彼の視線が正面からぶつかる。

 

 

「だが今後、訓練や実践で負傷者が出て来るのは避けられねぇ」

 

「そうだな……一人もそんな事にならずに済むのが理想だが」

 

 

 機体の性能がどれ程良くなろうとも、そして隊員の能力がいくら向上したとしても、人は完璧にはなり得ない。それは檜皮も身に染みて解っている。

 

 

「だがソイツが身に付けた技術は、そうそう消えやしねぇ」

 

 

 ……ただ、その先をどう考えるかが彼と仁で違っているだけ。

 

 

「確かに」

 

「だったら、身体機能の一部が欠けちまっても本人の状態に合わせて機体をカスタマイズすりゃあ、現場復帰出来るヤツもいるんじゃねぇかと思った。勿論、重傷者は難しいがな」

 

 

 一気に肌が粟立つのを檜皮は自覚した。それは驚愕のためか、或いは一種の感動なのか。

 

 

「……この数時間でそれを考えたのか?」

 

「俺の中で明確になったのは、さっきだな。思いついたのは10日ばかり前だが」

 

「そうか……」

 

 

 檜皮は沈黙した。仁に気圧されたと言うより、飛ぶ事に対する彼の純粋な執念に心を打たれたと言うほうが近いだろう。

 

 

「……解った、検討しよう」

 

 

 そして決断した。

 

 

「こちらとしても優秀な人材が志半ばで去って行くのは惜しい。本人が飛び続けたいと言うなら叶えてやりたいとも思う。

 年単位の計画になるが、待っていてくれ。試作機が出来たら、お前がテストパイロットだ。いいな?」

 

 

 

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20120411-20190503