(……寝てやがる)

 

 

 時刻、2135。

 確かに今日は顔を出すのが遅くなったが、まだ宵の口。いつも通りに病室のドアをノックしたのに反応が無いから、コッソリ何処かに抜け出してんのかと思ったら。

 

 

「まあ、SSの特訓よりキツイんだろうけどさ」

 

 

 蘇芳 仁。

 8年間の失踪の後、記憶喪失なんてオマケを付けていきなり戻って来た奴。

 

 大戦中から、その名は空軍でも聞いてた。

 生き延びられたのなら、いずれ会ってみたい、とも。

 

 それがどうだ。今はこうして、こいつの病室に足を運ぶのが日課になってる。人生ってのは、ホントにびっくり箱の連続だ。

 

 

------ The Day After  [ Never comes it  to an End ] ------

 

 

「ちょっと失敬」

 

 

 ペンライトを点け、ベッドサイドのケア記録を見る。言うなれば、これが俺の業務。担当者は事細かに記録をつけてくれているから有難い。

 

 

「……はぁ!?」

 

 

 だが今日の記録を見た俺は仰天した。リハビリは通常1645迄。それでは足りないと言って、こいつはいつも2時間余分にやっている、それは知っているが。

 

 

(2030まで、だって?!)

 

 

 まさかと思いつつ、脇にあった食事トレーのカバーを外せば。

 

 

「……食ってないのかよ」

 

 

 これは驚きを通り越して呆れるしか無い。付き合わされる担当者も気の毒なこった。思わず溜め息が出る……と、彼が微かに身動ぎをした。

 

 左手がゆっくり上がり、すぐにパタリとまた落ちる。

 俺の気配を察知したんだろう、恐らく覚醒の直前だ。なら、ここで起こして食事を摂らせるか。

 

 

「おい、仁……」

 

 

 驚かさないよう、最初は小声で名を呼び肩を軽く叩く。

 

 が、次の瞬間に俺は信じられない程の強い殺気を浴びた。

 

 

「……っ!!」

 

 

 電光石火。マジで心臓が止まったかと思った……気付けば俺の右腕はこいつの左手に拘束され、両目はギラリと俺を見据えていた。

 

 そして唸るように発せられた謎の言葉。

 

 

「……芥に手を出すんじゃねぇ」

 

(あくた……?)

 

 

 奇妙な一言だった。だがそのお陰で俺は冷静さを取り戻せた……よくよく見れば、こいつの目、焦点がいまいち合ってない。

 

 

「仁、起きろよ。俺だ。白群だ」

 

 

 右腕を掴まれたまま、俺はもう一度静かに声をかけた。

 

 

「……ビャク?」

 

 

 少しして、虚ろだった両目に確かな光が戻って来る。

 

 

「ああ」

 

「何だ今頃」

 

 

 左手が離れた。どうやらしっかり目が覚めたらしい。

 

 

「ごあいさつだな。見舞いさ、いつもの」

 

「寝込みを襲うのは見舞いたぁ言わねぇぞ」

 

「そこまで遅くない。まだ2200にもなってないぜ」

 

 

 言いながら室内灯を一つ点けた。俺からしたらまだ薄暗いが、寝起きのこいつには十分過ぎる光量なのだろう、暫らく目をしばたたかせる。

 

 

「晩飯、食ってないだろう」

 

「ンな事してられなかった」

 

「バカヤロ、食事もリハビリの一環だぜ。こんなんで身体を壊したら意味無いってぐらい、解ってるだろ」

 

 

 俺の説教に明確な返事は無い。『おぅ』とか『まぁ』とかボソボソ言って、決まり悪そうに頭をガシガシと掻いた。

 

 

「……なあ、ビャク」

 

「何だ」

 

 

 一呼吸置いて尋ねられた内容は、予想通り。

 

 

「俺、さっき何か言ってなかったか?」

 

 

 ……こいつが夢現の状態で発した一言。そのまま答えても良かったのかもしれないが、俺の中の何かがストップをかけた。

 

 無意識に放たれた強烈な殺気と、あの目……。

 

 

「いや、何か唸ってはいたけどさ。あんた、寝てる時までリハビリしてんじゃないだろうな?」

 

「さあな。寝てんだから自分じゃ解んねぇよ」

 

 

 俺の言葉をフンと鼻で笑って、だがどこか安堵した様子でトレーに手を伸ばす。

 

 

「後でまた来るぜ。食ったら其処に置いとけ、俺が下げといてやる」

 

「ナースステーションか?アンタのお目当て、今日は夜勤じゃねぇぞ」

 

「バカヤロ。そんなんじゃ無い」

 

 

 軽口をたたき、笑って病室を出る。

 ロビーへ向かいながら右手首を見れば、さっき掴まれた部分が痣となって常夜灯にくっきりと浮かび上がった。

 

 

(あいつ……)

 

 

 無意識に解放されたこの力と殺気、そしてあの目。

 間違いなく、そこには大戦末期の兵士達に通じるものがあった。

 

 

 彼の身に何があったのかを知る術は無い。

 だが、一つだけ俺は確信した。

 

 

 ……彼の中で、あの大戦は終わっていない。

 

 

 

>>>TDA(2)

 

 

20070310-20190406

 

 

 

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 闇を見た。

 白群は、芥の事もタイムリープも知らないけれど。