The Day After

 

 何処かで焦りが生じていた。

 それが判断を遅らせたのかもしれない。

 

 

『仁!左、来るっ!!』

 

 

 芥の悲鳴のような声で死角を取られたと気付く。身体は反射的に垂直降下の動作に入ったが、相手機も相当の手練れだ。逃れられる確率は半々……だが、その瞬間。

 

 

『死ぬな!!仁、芥ぁー!!!』

 

 

(誠?!)

 

 

 微かに聞こえた声。

 何かが起きた……しかし確認する間など無く、視界が炎に包まれたと感じた時には己の意識もブラックアウトしていた。


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 ……延々と落下していたような気がする。

 それが、どさりという音と背中の激痛で唐突に終わった。

 

 

「う……」

 

 

 痛みに息が詰まった。流石に苦しい。

 

 

(……苦しい?て事ぁ……生きてんのか?俺は)

 

 

 ざざん、と波の音が聞こえた。空耳だろうか。

 

 手足を動かそうと試みるが、全く反応を感じられない。ならば目はどうかと思い切って開けてみれば、此方は呆気なく開いた。空は夕暮れの色。

 

 

(……首もダメか)

 

 

 頭すら動かせない事に気付いた。相当強い衝撃を受けたらしい。仕方が無いので体勢はそのままに、視界の届く範囲を精一杯見渡してみる。

 

 何とか確認出来たのは、水平線と、高度を下げつつある太陽。

 

 

(なんで海岸なんかに居るんだ、俺は)

 

 

 波の音は本物。仁は茫然とした。
 太陽が少しずつ沈み、夜の帷が降りてくる。相変わらず、体はぴくりとも動かない。

 

 ……記憶が戻って来た。自分達は、さっきまでF国上空で空中戦を繰り広げていた。確かに国境突破の直前までは海岸線に沿って飛んでいたが、その後は少なくとも10数キロは内陸に入っていた筈だ。

 

 

(……避け切れなかったか)

 

 

 視界が炎に覆われた瞬間を思い出した。では、あの直後に緊急脱出装置が作動したと言う事だろうか……しかしその痕跡も無いし、仲間の気配も全く感じられない。

 

 

 記憶と現実がズレている。この状況は些か気持ちが悪い。だが自分では指一本動かせないままだ。宵闇が迫って来る……と、右手から人の声がした。二人居るようだ。

 

 

「おい、ちょっと彼処……!」

 

 

 片方が仁に気付いた。直ぐに駆け寄って来る。

 

 

「どうした?大丈夫か?!」

 

 

 尋ねられ、仁は取り敢えず生きている事を伝えようと口を開いたが。

 

 

「あ……」

 

 

 まともに声が出ない。

 異常に気付いた一人が彼を抱え起こそうとしたが、即座にもう一人に止められた。

 

 

「待て、全身を強打している可能性がある。下手に動かさないほうが良い。救護ヘリを呼ぼう」

 

「分かりました」

 

 

 その遣り取りで、彼等がそれなりの専門職だと解った。

 

 

「しっかりして下さい。名前は?言えますか?!」

 

 

 声をうまく出せない人間にそう問い掛けるのなら、読唇術の心得くらいあるのだろう。ゆっくりと自分の名前を唇の動きに変換すれば、相手は的確に判読する。そして。

 

 

「蘇芳 仁……だって?!」

 

 

 確認するなり、硬直した。

 

 

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「蘇芳 仁、か」

 

「そうだ」

 

 

 ヘリで搬送される途中に意識を失い、仁が次に目覚めた時には病室のベッドの上にいた。辺りはしんと静まり返っている。深夜なのかもしれない。

 

 ベッドサイドには白衣を着た人物。反対側には、いかにも軍人らしい体格の二人が立っていた。初めて見る顔ばかりだ。

 

 話しかけてきたのは二人組の内の一人。

 

 

「SSの檜皮だ。こちらは同じく白群。発見者から連絡を受けて来た」

 

「……SS?」

 

 

 軍人では無いらしい。だがSSが自国にあっただろうかと、仁は自問する。

 

 

「俺を発見してくれたのは」

 

「白群の部下だ。沿岸警備担当でね。巡回を終えて交替するところだったそうだ」

 

「そうか……で、此処は?」

 

「海軍記念病院だ」

 

「……『記念』?」

 

 

 今度こそ仁は驚きを隠せなかった。瞳を大きく見開く。その様子を見た檜皮は微かに首を傾げ、それから念押しするように言い継いだ。

 

 

「元々海軍病院だった所だ。終戦後は民間運営になっている。知っているだろう」

 

「……大戦が、いつ終わったってんだ」

 

「7年前」

 

「は?」

 

 

 いよいよもって解らない。

 

 

「蘇芳。今は1963年だぞ」

 

 

 白群が傍からボソッと付け加えた。

 

 

「……マジかよ」

 

 

 後は絶句する彼を見かねて、白群が医者に『カルテを見せてやってくれ』と頼む。

 少しして、目の前にかざされたのは仁のカルテ。そこに記載されている『今日』の日付は……1963年8月19日。

 

 

(8年、経ってる……)

 

 

「悪いが、左肩を見せてもらうぞ」

 

 

 それが意味する事は一つだ。仁は檜皮がするに任せた。

 

 

「……間違い無いな」

 

「ああ、本人だ」

 

「では教えてほしい。蘇芳、お前は今まで何処に居た?何があったんだ?」

 

 

 矢継ぎ早に聞かれて、仁は黙り込んだ。

 檜皮は、じっと彼の言葉を待っている。だが分からない事には答えようがない……困り果てたその時、脳裡に芥の言葉がふと蘇った。

 

 

『……あらゆる事が俺の知ってるものと違う事に気付いた……俺は21世紀に入ったばかりの時代に居たはずなのに、此処は1955年だと言われて……』

 

 

(なら、これがパラレルワールドってぇヤツか?)

 

 

 しかし自分の『印』の意味は通じている。カルテに記載されている所在地も記憶と合致する。という事は……。

 

 

(時間だけ跳んじまったって言うのかよ……参ったな)

 

 

 もう開き直るしか無い。

 

 

「悪ぃが、俺の記憶が8年ほど抜けてるらしい」

 

「……何だって?」

 

 

 嘘は言ってない。8年間の事を知らないのは本当だ。

 

 

「それは本当か?蘇芳」

 

 

 予想外の返答に、二人は困惑した。互いに顔を見合わせる。

 

 

「どうもそのようだ。正直、終戦も病院の変更の事も、SSがあるってぇのも初耳だ。この8年間、何があった?」

「……ちょっと失礼する」

 

 

 二人は一旦病室を出た。一人残された医者は仁の血圧などを測り直したりしていたが、話しかけてはこない。

 

 数分で二人は戻ってきた。白群が医者に人払いを頼めば、医者は『容態は安定してます。話をされる分には問題ありません』と言ってそそくさと退室した。

 

 医者の足音が遠ざかるのを確認してから、白群が口を開く。

 

 

「当時、海軍内で強い発言力を持っていた黄丹大尉が他殺体で発見され、直後に第31小隊がF国へ逃亡、国境付近で消息を断った。逃亡に気付いて追尾した2機はF国側との空中戦で撃墜された。確実な情報はこれだけだ。其れは覚えてるのか?」

 

「……ああ」

 

 

 仁の中では、ほんの半日前の事だ。奇妙な感覚がまとわりつく。

 

 

「F国で捕虜にでもなってたのか?身を潜めていたとか……」

 

「分からん。俺達も攻撃されて……恐らく被弾した。そこから後の記憶が無ぇんだ」

 

 

 隣で檜皮が小さく溜め息をついた。

 

 

「どうなったんだ?戦争は」

 

「黄丹が死んで、海軍の統制が崩れた。同時期に戦況が悪化。そうなりゃ陸・空だけじゃ持ち堪えられないだろ?其処から半年と待たずに全てが終結」

 

「……敗戦か」

 

「予想通り、な。遅かれ早かれ、そうなっただろうけど」

 

 

 誰もが感じていた。そしてその通りに世界は動いた。

 

 

「上層部の連中は、陸海空問わず全員戦犯として投獄され、後に処分が下された」

 

「軍も解体か」

 

「当然。その後、O国の統治下で再編が進んで自衛軍とSSが出来た」

 

「メンバーは」

 

「そろそろ養成上がりが入り出す。元軍人がまだ大半だが、危険分子と判断された者を先ず排除し、更に適性検査をクリアした者だけが在籍している」

 

「7年でソレなら、大したモンじゃねぇか」

 

「どうかな。本番はこれからさ」

 

「……俺達の扱いは、どうなってんだ?」

 

「第31小隊のメンバーは、当時を知る者として現在も捜索されている。時効は無しだ」

 

 

 時効無し……どうやら、思っていた以上に拙い立場にいたらしい。

 

 

「黄丹殺しの真相究明、ってトコか?」

 

「第一目的は其れだ。有耶無耶で終わらせる訳に行かない一件だが、なにせ当事者が全員消えちまって調べようが無い。当時の上層部は31小隊が犯人だと主張していたが、言ってる間に旗色が悪くなって敗戦だからな。そんなこんなで、長いこと保留になったままさ」

 

 

 白群はそう言っておどけたように肩を竦めてみせた。

 

 

「SSは現在、何を?」

 

 

 この問いには檜皮が答える。

 

 

「メインは要人警護。他はこうして前大戦の後処理とか、まあ雑用だな」

 

「あんた達の経歴は」

 

「空軍の出だ。俺は元々小隊を束ねてた。白群はテストパイロットもやっていた」

 

「成る程」

 

 

 納得出来る話だ。発見された時点で仁の正体は判明している。それ故、海軍由来の者を外したのかもしれない。ニュートラルな立場の者を寄越したほうが、少しは話しやすいというところか。

 

 尤も、話した結果どのような処分が下されるかは全く別だが。

 

 ……ともあれ、此処では既に戦後7年が経っている。檜皮も白群も、その経緯を隠さず教えてくれた。自分がやった事くらいは、彼等になら話しておこうと思った。

 

 

「……今更だが、黄丹を殺ったのは俺だ」

 

 

 檜皮と目が合う。

 

 

「弾は右側頭から左後頭部に抜けた」

 

「……記録と合致する」

 

「ソイツぁ何よりだ」

 

「では本当に、お前が撃ったんだな?蘇芳」

 

「俺だ。誓って言う。他のヤツは手を出してねぇ」

 

「当時のメンバーは、お前と桑染 誠、薄鈍 統、そして蘇芳 敬……お前の弟だな」

 

 

 檜皮が確認を取る。

 

 

(芥じゃ、ねぇのか)

 

 

 やはり、上層部は彼を敬だと思っていたと言う事か……どのみち、今となっては確認のしようも無いが。

 

 

「……ああ。他のヤツらは見つかってねぇのか?」

 

「今の所は。残念だが」

 

「そうか……」

 

 

 二人が知りたい事はひとまず聞けた。そろそろ仁を休ませてやったほうが良いだろう。

 

 

「まあ、後は明日から追い追いだ。他に聞いておきたい事はあるか?蘇芳」

 

「そうだな……俺はこれからどうすれば?」

 

 

 自分の状況にも白群からの説明にも動揺した様子は見せない。だが胸の裡に抱えている不安は相当大きい……察した檜皮の目尻が下がった。

 

 

「先ずは怪我を治さないと何も始まらん。遅くとも明日午後にはオペを受けてもらう。下肢に麻痺が残るのは避けられないとの話だが、どの程度に抑えられるかが勝負になる。リハビリは相当キツいぞ」

 

「治療してもらえるってだけで有難ぇよ……で、その後は?」

 

「回復具合にもよるだろうが、出来れば我々に手を貸してもらいたい」

 

「何に?」

 

「SS飛行部隊の指導」

 

「……は?」

 

 

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「で、結局戦犯を殺ったって事になってるワケだ。あんたは今や犯罪者どころか英雄だぜ」

 

「しっくり来ねぇな」

 

「逆より良かったと思っとけ。だいたい戦争なんてのが良識常識のぶっ飛んだ事態さ。納得出来る結末なんて何処にも無いだろ」

 

「まあそうだが……」

 

 

 手術は無事終了し、落ちついた所で白群が様子を見にやって来た。改めて今までの経緯を聞けば、つくづく時代の変化を感じる。

 

 『印』を消す技術は3年前に完成。代わりに新しい方法が開発されてはいたが、それらが適用される対象は厳しく制限され、滅多に付けられるものでは無くなっていた。

 戦後10年となる2年後にはO国の統制も緩和され、ひとまず準独立国という立場を取り戻す予定だそうだ。但し軍隊の再配備は永久に禁止。必要最低限の防衛力を担うのが、現在動いているSSと自衛軍になるという。

 

 仁は既にSSの一員として登録されていた。表向きの階級は二等空佐。殆どVIP扱いと言って良い。

 

 

「お偉方は、独立するまでには自衛軍って名称も変えるって言ってるけどな」

 

「確かにな。対外的に印象が良くねぇ」

 

「で、リハビリはどうだ?」

 

「見ての通りさ。意識が戻った途端に色々やられてる。明日からは本格的にリハビリ室通い」

 

「そりゃご苦労さんなこった。予定は?」

 

「長くて3ヶ月、早ければ7~8週間。医者は杖歩行まではいけると言ってた」

 

「そうか。頑張れよ」

 

「ああ、一日でも早く娑婆に出るさ……ったく、病院てのは好きじゃねぇ」

 

「だろうな。待ってるぜ」

 

 

 白群が右手を差し出した。仁も応じ、握手を交わす。

 

 

 結局、仁は檜皮からの要請を受け入れた。
 此処で生きて行く為にはそれしか無いという事もあったが、飛行部隊であれば空に近い所に居られるというのが、最大の理由だったかもしれない。

 ……あの5年間で数え切れない程空を飛んだ。

 飛ぶ度に己の矮小さを思い知らされ、自分の選択を悔い、時代を呪った。
 人間の愚かさ、戦争の虚しさを突きつけられた。
 星が一つも見えない闇夜に、何度絶望の叫びをあげた事だろう。

 だが一方で自分を本来の姿にリセットしてくれたのも、この空だ。全てをその懐に抱き、同時に何よりも厳しいものとして自分を諫めてくれる存在。

 だから、見失わずに済んだのだろう……仲間を護りたい、という思いを。

 

 病室の窓に目を転じれば、見えるのは青空。それだけで、知らずの内に溜まっていた身体の緊張が解けていく。

 

 

(……大丈夫、希望は有る)

 

 

 皆も何処かで頑張っている筈だ。負けてはいられないと、仁は己に活を入れた。

 

 

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「よう、頑張ってるじゃないか」

 

 

 顔や両腕に新たな傷を作りながらリハビリに取り組む仁のところへ、白群がひょいと顔を出す。

 

 

「ったりめーだ。くそったれ」

 

 

 リハビリは壮絶そのものだった。最初は脚の痺れに不安を抱き、背中を走る激痛に歯を食いしばり、崩れ落ちる膝を叱咤しながら何度も転倒しては、また立ち上がるの繰り返し。
 夜には疲れ切り、食事もロクにとらないままベッドに沈む事も一度や二度ではなかったが、その間は他の事を一切考えずに済むのは、今の仁にとっては有り難い事だった。

 

 そして夕方には白群が顔を出す。これも良い気分転換ではあるのだが。

 

 

「今日は早ぇな。もう終わりか?」

 

「ああ。だから迎えに来てやった。肩を貸してやるから、病室まで歩けよ」

 

「また延長戦か」

 

「ささやかな応援さ。良いですよね?先生」

 

 

 形だけの了解を取る。担当医は『じゃあ車椅子は後で持って行きます』と苦笑した。

 

 

「だとよ。ほれ、頑張れ」

 

「……くそったれ」

 

 

 医者も足元に及ばないほどのスパルタ。コイツの部下になるヤツらは大変だなと、仁は未だ見ぬメンバーに同情した。

 

 

 

>>>TDA(1.5)

 

 

20070321-20120212-20190324