Prologue --Team 31--

0-1  Escape(仁)

 

あの夜

俺達は何から逃れたと言うのか

 

小さな鞄一つを手に

見えない恐怖に背を押されるまま

ひたすら あの建物を目指した

 

あの時は 確かに希望を見たと思った

 

あの 向こうに

 

 

俺達も 世界を変える側に付きたいと

望んだ筈だった

 

 

しかし 結局は幻

 

 

戦いなんて所詮 破壊の手助けをするばかり

その力だけはとてつもなく巨大で

人々を 破滅に追い込んで行く

 

 

あの夜

俺達は何から逃れたと言うのか

 

 

争いは続いている

 

平穏な夜は掌から零れ落ち

 

あらゆる矛盾と混沌だけが

俺達の足元で 積み重なって行く

 

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0-2  Callin'(敬)

 

『生きていれば必ず良い事もある』

 

親父がよく言ってたな

 

親父は突然この世を去っちまったけど

こんな戦争で荒れた祖国を見ずに済んだのは

もしかしたら 幸いなのかもしれねぇな

 

 

今はなかなか良い事に行き当たれねぇ時代だ

 

たまにゃヤケになっちまいそうな事もある

 

 

でも最後の一線を超えそうになると

必ず親父の言葉が蘇る

 

 

『生きていれば必ず良い事もある』

 

 

だから俺はひたすら待つ

その言葉を信じて

 

いつか再び 皆で幸せな毎日を過ごせるようになる

 

 

そんな時が必ずやって来ると

 

 

それはきっと とても静かにやって来る

だから俺は せいぜいきっちり耳を澄ませてなきゃなんねぇ

 

 

ああ 聞こえりゃ直ぐさまこんなトコ抜けてやるさ

 

仁に真っ先に伝えて

 

こんな軍服なんか脱ぎ捨てて

 

 

絶対聞き逃したりなんかするもんか

 

希望の無い時代が終わり

新しい未来への扉が開く

 

小さな小さな 始まりのベルの音だけは

 

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0-3  Sacrifice

 

「あああっっ!!」

 

 

 脳内がスパークし、心臓を直接鷲掴みされたかのようなショックが走る。

 意識と関係無く身体が痙攣した。

 押さえ込まれた両腕が、首が、砕け散ったのではないかと思う程の激痛。

 

 

 どうして。

 

 

 「あ……」

 

 

 疑問は言葉になる前に押し潰され、視線の先にいる人物の姿も霞んでいく。

 

 仁は既に失神して独房に連れて行かれた。

 もうこれで、決して抜けられない。

 

 

 此処で生き延びる術を……見つけるしか無い。

 


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「軍を抜ける?」

 

「ああ」

 

 

 仁が頷く。

 

 

「おいおい大丈夫か?一応志願兵だろ、俺達」

 

「分からねぇが、身一つで追い出されようともそのほうがマシだ」

 

「それには同意だけどよ……」

 

「勝手ばかり言ってすまない。あの時、お前が止めた時に思い直せば良かった。たとえそれで今頃野垂れ死んでたとしても、その方が良かったかもしれねぇ」

 

 

 仁は時々こうして落ち込む。大して酷い事にはならないから心配しちゃいないけど、どうにも空気が重くなるのがいけねぇや。

 

 

「んな事ぁ今更言いっこ無しだ。それに俺だって結局は納得して此処に来たんだからな。そうしたら俺達が思ってたよりもくだらねぇ場所だって分かっただけさ。

 取り敢えず、此処に居た事で今日までは生き延びれたし」

 

 

 笑って返してやっても浮かない顔。

 あーあ双子だってのに何でこう極端に性格が分かれたかなあ。脳天気な俺と足して2で割りゃあ良いのに……あ、誠も足して3で割ってくれても良いかもな。賢くなれそうだ。

 

 

「そう言えば、誠には?」

 

「流石に言えねぇだろ。エリートだぜ、経歴が違いすぎる。それに今は黄丹の下で動くのに必死だし、アイツが『抜ける』なんて考える事自体とんでもねぇだろ」

 

「じゃあ、俺達だけでって事か」

 

「ああ、あいつを裏切る事になるんだろう……でも、どうしようもない」

 

 

 確かに。

 それに今なら未だ、俺達が抜けるとアイツが何か処分を受けるという事も無いだろう。

 

 アイツを傷つける事になるのに変わりは無ぇけどな……。

 

 

「とにかく明日、黄丹の所に行こう。昼には戻ってくると言ってた」

 

「だな、駄目もとで話をしてみるか。拒否されれば実力行使だ」

 

 

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 翌日は朝から黄丹に呼び出された。戻りが予定より早かったらしい。

 彼の研究室に入ると、誠の横に珍しく他隊の隊長が3人、同席していた。

 

 嫌な予感がする。

 さっきから左腕だけが熱い。昨日酷使した訳でも無ぇのに。

 

 

「早くに呼び出してすまないが」

 

 

 黄丹は早速本題に入った。相変わらずのせっかちだ。

 そのくせ、やたら勿体ぶりやがる。

 

 

「二人とも訓練は順調のようだな。それぞれの能力も傑出している。

 私としても嬉しいし、正直、有難い」

 

「……どうも」

 

 

 左腕の熱が引かない。

 気が焦る……何が言いたいんだ。

 

 隣で、仁がギリっと歯噛みするのが聞こえた。

 

 

「ただ今回、少し困った事が起きた。

 君たちが有能過ぎるために、対処せざるを得ない事が出てきた」

 

「……何ですか」

 

「君たちの経歴についてだが」

 

「経歴?」

 

 

 内心で首を捻る。俺達の経歴って言ったって大した事は無い。普通にカレッジまで行って、でも家の事情ってやつで中退だったんだ。留学だって中途半端のままでよ。

 

 

「中でも君たちが留学していた国が問題でな。今、我が軍があの国を最も警戒している事は知っているか?」

 

「え……」

 

 

 キン、と何かが感覚を掠めた。

 警告だ。直感からの。

 

 

「文化や経済面でも交流が盛んな国なのでは?」

 

「現時点ではまだ、かろうじてだな。だが遠からず断交する。最近は不穏な動きも多い。国家予算に対する軍事費の比率も極端に高くなっている……それで」

 

 

 反射的に身構える。それを察知した3人が素早く俺達の後に回り込んだ。

 くそ、流石に隊長レベル。一瞬で退路を断たれた。

 

 

「俺は別にどうでも良かったんだが、上層部が警戒し始めた。君たちがいつ寝返って我々の脅威となるか分からない、という訳だ」

 

 

 灼ける様に熱い……左腕が。

 

 

「上層部にそんな不安を持たれても困るし、君たちがこの話を聞いて妙な気を起こすような事になっても面倒なんでな。今から君たちの左肩に『印』を刻ませてもらう」

 

 

 黄丹が言い終わる寸前、俺達は身を翻した。

 逃げ道を作ろうと後ろの3人にタックルをかける……が、結局は無駄な足掻きに終わった。

 

 

「……くそっ!」

 

 

 俺達はあっさりと腕を後ろ手に捻り上げられ、跪いていた。

 後頭部を押さえつけられ、隣に居る仁の姿は肩のあたりまでしか見えない。

 

 前方には、黄丹と誠の脚だけが見えた。表情までは見えない……それは幸いだったんだろう。

 

 

 『準備出来ました』と一人が黄丹に報告すると、仁を押さえつけていた奴が黄丹と交代した。

 そのまま部屋の外に出る。見張り役か。

 

 

「桑染」

 

「……はい」

 

 

 黄丹に呼ばれ、彼は正面にあるデスクの前に立った。

 向こう向きだから、やはり顔は見えない……いや、見せたくも見られたくもないだろう。微かに震えている肩がそう言っていた。

 

 

「ではお前からだ」

 

 

 言うなり、黄丹は仁を立ち上がらせる。彼が一瞬身を深く屈めた時に、俺と目が合った。

 

 見えたのは絶望と恐怖。そして悔恨。

 

 言葉を掛けてやりたかったが無理だった。俺の顔も負けず劣らず引き攣っていた筈だ。

 

 

「……っ放せ!放しやがれ!!畜生!」

 

「己の浅知恵を呪う事だな。まあ安心しろ、死にやしない」

 

「俺だけにしろ!志願したのは俺だ!敬は俺の身勝手に付き合わされただけだ!」

 

「笑止」

 

 

 黄丹は喚く仁を何の苦も無くその怪力でねじ伏せ、デスクに上体を押しつけた。指示を受けて誠が彼の左腕を固定する。二人がかりではもう抗えない。

 

 

「やれ」

 

 

 合図で、仁に『印』が刻まれる。俺も顔を強制的に上げさせられ、その様子を見ない訳には行かなかった。

 絶叫が耳をつんざく。服の繊維と肉片の焦げるような匂い、そして複数の薬品の臭気が鼻を突いた。

 

 その時見たのは、痙攣する彼の身体を押さえつけている黄丹の薄ら笑いと、誠の頬に確かに伝った一筋の涙。

 

 ……泣いていた。

 誠が。

 

 

 ……それで十分だ。未だ俺は生きていける。

 此処で。

 

 

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 意識を取り戻した時には、俺も独房に入っていた。

 左肩の痛みは続いている。かなり強烈だ。

 そのせいだろう、頭痛も酷い。

 

 上体を起こすのも億劫で、転がったまま後の壁に話しかけてみた。

 

 

「……大丈夫か?仁」

 

「ああ」

 

 

 返事は直ぐさま返ってきた。良かった。

 

 

「残念だったな。向こうの方が何枚も上手だったってこった」

 

「ああ」

 

「取り敢えず、痛みが引くまでは任務も無ぇ。骨休めしようぜ」

 

「……」

 

「仁」

 

「……っく、ぅ……」

 

 

 押し殺した慟哭が聞こえてきた。嗚咽の合間に『すまない』と何度も謝ってくる。

 

 

「そんな謝るなって、仁。俺なら大丈夫だから。

 言っただろ?俺もお前に同意して行動したんだ。一人で背負い込むな。こんな時代が永遠に続く訳じゃねぇんだ。終わるまで生き延びようぜ……何があっても、だ」

 

 

 そう返せば、少しずつ嗚咽が小さくなっていく。

 

 やがて、ひとつ間を置いて仁が言った。

 

 

「押さえ込まれた時に、誠が言ったんだ……『すまない』と」

 

「ああ。泣いてたぜ」

 

「……そうか」

 

 

 こんな事、アイツだってしたくなかった筈だ。

 でも、上からの命令には従うしかない。此処は軍で、彼は黄丹の部下。今日、それを再認識させられたんだ。誠も同じだろう。

 

 俺達もアイツも、こんな時代の犠牲者だ。だけど同時に加害者だってのも知ってる……入隊して僅か3ヶ月の内にも、間接的にだろうが既に人の命を奪い、人々の生活を奪っている。

 状況が悪化すれば、更に急速に犠牲者は増えていく。

 

 俺達は今、それを増やす側に加担してるんだ。

 

 

 ……どうして。

 

 

 こんな時に無駄な問いだろうか。

 

 俺達だけでは止められない、世の中の流れ。たった今ここから俺達の存在が消えたって、誰も痛くも痒くも無いだろう。

 

 では加害者になりたくなければ、自ら存在を消すしか無いのか?

 居なくても一緒だと言うのなら……。

 

 

 思考は堂々巡りを繰り返し、明確な解が出る事は無い。

 それでも願わずにいられない。

 仁も、誠にも、生きて欲しい。彼等を守りたい。

 

 そして一日も早くこんな時代が終わるように祈る。

 俺の“能力”なんて無意味だと言われる時が来てくれるように、祈る。

 

 ぼんやりと眺める独房の壁に、夕日が鉄格子の隙間から差し込む。

 暖かい色……その色に、未だ見ぬ少年の影が過ぎる。

 

 これから出会うだろう人たちの予感がある。

 

 

「生きよう、仁。未だ先はあるさ……良い奴らにだって、きっと会える……」

 

「……敬?」

 

「わりぃ、また寝そうだ……後でな」

 

 

 のし掛かる睡魔に逆らわず目を閉じた。瞼の奥に、微かだが光を感じる。

 

 未だ大丈夫。それを感じられる間は、生きる。生き延びる。

 

 

 

 再び落ちていく意識の中で、俺はただただ、祈り続けた。

 

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