Transfinite(6)

 

「……貴方にしては行動が性急に過ぎるのでは?」

 

 

 待合代わりの取調室で、鷲の一撃を受けて早速床に転がったスピオンの一人を見下ろしながら扇が尋ねた。

 

 

「寧ろこっちが本来の僕です。物事は手際良く進めたい」

 

「そうですか。それにしても、義手にそんな物を仕込んであったなんて」

 

「ハウスの責任者に就いてからは正直、激務でしたから。自分のメンテナンスは自分でするしかなかったんです」

 

「ずっとノーチェックだったんですか?3年近くも」

 

「年に1回くらいはありましたが。でも着脱自在なんで」

 

 

 悪戯っ子のようにニッと笑う。

 

 

「麻酔の効果は?」

 

「40分程度です。でも缶詰になってもらうので大丈夫でしょう」

 

 

 喋りながらも、鷲は相手のポケットから鍵やら銃やらを抜き出している。

 

 

「僕も手伝います」

 

「いや、無理をしては……」

 

「ウォーミングアップですよ。この身体とお別れする前に、少しは役に立っておきたいですし」

 

 

 先に脱いでいた上着を使い、器用にスピオンの両手足を縛って固定した。

 

 

「上手いですね」

 

「ありがとうございます。準備はこれくらいですか?」

 

「十分です……皆も来たようですし」

 

 

 微かだったが、鷲の耳は入口のアラーム音を聞き逃さなかった。一つ下の階まで人が上がってきた時に鳴るものだ。
 予想違わず、それから30秒と経たない内にドアが開く音がした。数秒の沈黙の後、そっと名を呼ばれる。

 

 

「……鷲?」

 

「居るよ、香琉那。芥は?」

 

「此処。ちゃんと一緒にいる」

 

 

 彼女の応えが終わる前に鷲は飛び出していた。芥の無事な姿を認めて安堵する。

 

 

「鷲、せ……佐久さんは」

 

「無事だよ」

 

 

 鷲の後ろから“佐久”がひょいと顔を出し、芥の顔にも微かに笑みが浮かんだ。

 

 

「紹介します。佐久さん、彼女は亜麻 香琉那。メンバーのとりまとめと連絡役をしてくれていました」

 

「そうでしたか。初めまして、香琉那さん。ご苦労でしたな」

 

「いえ。貴方こそ……」

 

 

 差し出された手を、彼女は恭しく両手で包み込むようにして握った。感極まったのだろうか、言葉が続かない。

 

 

「ごめん、香琉那。時間が無い」

 

 

 鷲が口を開く。ハッと我に返った彼女は、直ぐに闊達ないつもの姿に戻った。

 

 

「そうね、ごめん」

 

「紅紫達は?」

 

「一足先に本室。もう始めてる筈」

 

 

 言うや否や、床が軽く振動するのを感じた。

 

 

「来たわね。流石に早い」

 

「ああ。まだ数は多くないと思うけど……行こう」

 

 

 小さく頷き、香琉那が先頭に立って通路に出る。目指すデータルームは同じフロアの反対側。薄くだが、煙が発生しているのが見えた。移動しながら鷲が芥に確認を取る。

 

 

「打ち合わせ通り、中に入ったらヘリポートへの非常階段を目指してくれ。香琉那が援護する。僕も後から直ぐに行くから」

 

「ああ」

 

「佐久さんの事、頼むよ」

 

「……わかった」

 

 

 彼等はエクスペリメンタルを始めとする『改造組』のデータベースを完全に消去した後、機械類を全て破壊する。そして屋上のヘリポートに停めてある機体で脱出し、香琉那たちはエルテナ街を離れ、鷲と扇、そして芥は北の隣国へ飛ぶ。これが、鷲から芥が聞いた手順だ。

 

 

 

『……この世界でも、稀にそうした話があるんだ。目の前にいた人がいきなり消えたとか、何年も行方不明だった人が、ある時ひょっこり戻って来て不思議な事を喋り出したとか』

 

 

 深夜の事務所で彼の計画を聞いた時、『何故その国へ行くんだ?』と言う芥の問いに鷲は軽く笑ってそう答えた。

 

 

『……どの世界でもあるんだなー』

 

『みたいだね。まあ、大概は本人の狂言とか思い違いなんかで片付けられてるけど』

 

『俺だって、自分がこんな目に遭わなかったら絶対信じられなかったと思う』

 

『僕もさ。でもそれを大真面目に研究する人も必ずいるものなんだね。少ないけど』

 

『研究?研究している人がその国にいる?』

 

『その通り。その人、そもそもは物理学者らしいんだ。それで宇宙の構造に興味を持って、そこから時空の歪みみたいな物を研究するようになったとか』

 

『ブラックホールとかの類?』

 

『どうだろう。その人は「宙極点」って説明してるようだけど』

 

『鷲って何でも知ってるよなー』

 

『そんな事無い。君の話を聞いた後に慌てて調べただけさ』

 

 

 だから僕も大して理解は出来てないんだけど、と照れ笑いをする。

 

 

『とにかく、その人はいきなり人が消える現象と宙極点の関係を追ってるそうなんだ。これを意図的に操作出来るようになればタイムリープも可能になるし、それこそ計画的にパラレルワールドへの往復だって出来るかも……って』

 

『そんな構想まで?凄いな』

 

『使い道はありそうだよね。だから、その国もこの研究を密かにバックアップしているらしい』

 

『何となく読めた。俺達が行けば、その人に情報提供が出来る。実験にも最適』

 

『実験に参加させてもらえれば、元の世界へ戻るきっかけを掴みやすくなるかもしれない。少なくとも、此処で燻っているよりはね。貴重な研究対象になれば待遇も良い筈だし。その辺りは、僕が交渉役をさせてもらうよ』

 

『皆はどうなるんだ?その後は』

 

『……僕等の第一目的は、データを完全抹消する事でこの馬鹿げた研究を止め、改造組の人達の自由を取り戻す事だ。自由になれれば後は何とでもなる。香琉那たちは生まれ故郷に戻りたいって言ってたね』

 

『でも……』

 

 

 尚も食い下がる彼に、鷲は苦笑して。

 

 

『大丈夫、策は二重三重に練ってある。全部を話しても良いけど、それだけで夜が明ける。そうすると、君に頼みたい内容の説明をする時間が無くなるんだけど?』

 

 

 ぐ、と芥は言葉に詰まった。

 

 

『……分かった。君を信じる』

 

『ありがとう』

 

『で、俺は何をすれば?』

 

『白花さんがショップフェアに行く予定なのは覚えてる?』

 

『ああ。リィライが凹んでた、あれだよな』

 

『そう。芥に彼女の付添いをお願いしたいんだけど、ハウスから一緒に出かけるのは今となっては危険だから、ショップフェアの会場で合流してもらいたいんだ』

 

『分かった』

 

『それから一緒に行ってほしい店がある。「ヴァルヌス」っていうカフェなんだけど……』

 

 

 

「芥」

 

 

 香琉那に呼ばれ、芥は意識を引き戻す。既にデータルームの前まで来ていた。いつの間にか鷲が先頭に立ち、慎重に内部の様子を窺っている。

 

 

「第一ラウンドは終わってるみたいだな」

 

 

 ぽつりと言うと無造作にドアを開ける。途端にレーザー光が部屋の中から迸るが、それも計算済みだったようだ。

 

 

「紅紫、僕だ」

 

 

 彼が声をかけ、ピタリと攻撃が止んだところで4人は中へ入った。煙と血と油の匂いが鼻を突く。視界が悪い。

 

 

「こちらへ」

 

 

 香琉那が芥達を誘導しながら奥へ進んだ。鷲はそのまま入口で待機している。ドアは開け放したままで、室内の煙が勢いよく外へと流れ出していた。

 

 

「青藍、どう?」

 

 

 漸く見えてきた人影に彼女は声をかけた。彼は振り向く間も惜しいと言った風情で、懸命に何かを操作している。

 

 

「あと5分ってとこ」

 

「紅紫は?」

 

「こっち。立てないけどまだ援護は出来るよ」

 

 

 やや左手から声がした。回復する視界の先に、座り込んでいる紅紫の姿が見えてくる。

 

 

「大丈夫か……」

 

 

 助け起こそうと手を伸ばした芥は、そのまま凍り付いた。

 

 

「……紅紫」

 

「やあ、芥」

 

 

 彼は車内で話していた時と何ら変わらぬ調子で返してきた。

 

 

「それ……」

 

「手榴弾を受けたんだ。でも痛みは無いから問題無い」

 

 

 言って笑う彼の脚は、膝から下が両方とも無かった。傷口からは金属の光と、腱と見紛う細いケーブルの束が覗いている。

 

 

(これが、改造……)

 

 

 立ちつくす自分の足下から這い上がってくる、嫌悪に限りなく近い違和感。

 

 

 分かっていなかった……皆、見た目は全く『普通』だったから。

 

 

『もしそれが達成されたら、ヒトとメカニカルの境界が無くなりそうだ』

 

『……さらっとキツイ事を言うね、君も』

 

 

(俺は……鷲に何て事を……)

 

 

「芥!」

 

 

 香琉那の声が響く。と同時に彼女の体当たりを喰らった。

 誰もいなくなった空間を新たなレーザー光が切り裂く。

 

 

「貴様等、何をしている!」

 

 

 ゲートで聞いた警備員の声が空気を揺るがす。床に伏せたまま入口の様子を確認しようと顔を上げた芥の目に飛び込んできたのは……。

 

 

「ぎゃあっ!!」

 

 

 顔面から鮮血を吹き出してもんどりうつ警備員と、後続を次々と蹴散らす鷲の姿だった。

 

 

(え?!)

 

 

 それは、今まで芥が観たどのアクション映画よりも現実離れした光景だった……いや、映画でしか観た事の無いシーンが目の前で繰り広げられている事に、脳が理解しきれなかったのかもしれない。

 

 

「すごい、今までで一番活き活きしてる鷲だ」

 

 

 すぐ横から紅紫の声がした。こちらも瞳を爛々と輝かせている。

 

 

「まさか、この事?強者って」

 

「そう。運動神経は勿論だけど、メカニックとしても優秀だからね」

 

「でも、何故……」

 

「そんなの決まってる。今、この時のためだ」

 

 

 続く言葉が見つからない。その間にも、舞いを踊るかのような優雅な動きで、鷲はいとも簡単に相手を一人また一人と屠っていく。

 彼の両脚は蹴りを繰り出す毎に人工の皮膚が裂け、構造が剥き出しになっていった。金属が光を受けて鈍く輝く。見るからにリィライの手と同じ素材だ。

 

 

『……両脚と左腕は義肢』

 

 

 鷲の言葉は嘘ではなかった。だが……。

 

 

(その左腕……まさか、自分で改造を?)

 

 

 一際長く、左手の正中に沿って伸びる鋭利な金属だけは違う光を放っていた。研ぎ澄まされた刃は、一降りで容易く相手の銃身を切り落とす。

 

 ファイルには一切記録されていなかった、彼の“スペック”。

 

 

「芥、行くわよ!」

 

 

 呆然とその様を見ていた芥の右腕を、香琉那がぐいと引いた。返事をする間もあらばこそ。そのままの勢いで彼は強制的に立ち上がり、導きのベクトルに歩を合わせる。

 

 

「佐久さんは……」

 

「淺黄が誘導してくれてる」

 

 

 彼女の視線の先。芥も確認した。扇と浅黄は、あと数歩で階段に辿り着く。

 

 

「スピオンが来る。香琉那、早く!」

 

「OK!」

 

 

 銃声一発で一人を倒し、香琉那は芥を階段の上がり口に誘導すると、そのまま一番手で階段を上がり始める。扇が彼女に続いた。

 

 

「芥が後ろだ、これを持っていけ。ここは絶対食い止めるからな!」

 

「……分かった!」

 

 

 感謝も、別れの挨拶もする間など無い。その時、複数響いた銃声に思わず振り向き……見たのは、紅紫が額を撃ち抜かれる瞬間だった。

 

 

「芥!!」

 

 

 受け取ったばかりの銃を握りしめたまま硬直した彼を香琉那が叱咤し、扇がその肩を叩く。

 

 

「とにかく足だけは動かして!後は彼等を信じるの。貴方が死んだら元も子もない」

 

「あ……ああ」

 

 「佐久さん、大丈夫ですか?」

 

「私は大丈夫だ。この程度なら問題無く行ける」

 

「分かりました。足元、お気を付けて」

 

 

 そこからは、三人とも黙々と屋上を目指した。非常階段は幅が狭く、壁の建材も配線も剥き出しのままで、芥は何度も体のあちこちを打った。


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「……着いたわ」

 

 

 何十分も歩いたような気がしたが、実際には数分だった筈だ。不意に香琉那が足を止めてぽつりと言った。

 

 

「そのドアの向こうが、ヘリポートなんですね?」

 

「そうです。ただ、無人警備システムがあるので気をつけないと……」

 

 

 二人に一歩下がるように頼み、香琉那はそろりと屋上へのドアを開ける。

 

 5mm……1cm……10cmほど開いたところで、ホッと香琉那が息を吐いた。

 

 

「システムがダウンしてるみたい……ドアは僅かな動きでも感知される筈」

 

「青藍達がやってくれたのかな?」

 

「そうかも。それならそれで助かる」

 

 

 一つラクになったかもね、と芥に笑顔を見せ、彼女は再びドアをゆっくり開けていく。左右を慎重に確認しながら、屋上へ一歩踏み出した。

 システムは動かない……が、

 

 

「……っ!」

 

 

 彼女が息を呑む。直後、姿がドアの前から消えた。

 

 

「香琉……」

 

「来るなあっ!!」

 

 

 悲鳴のような叫びが耳に刺さる。異常を察知して外へ出ようとした芥の目の前でドアが勢いよく閉まった。

 

 

「……香琉那!?」

 

 

 ドアが再び鈍く重い響きを立てた……何か、質量のある物が叩き付けられたような。

 

 

「香琉那さん!開けてください!此処を開けて!!」

 

 

 芥は焦ってドアを両の拳で叩く。扇も荷担してドアを押すが、其れははめ込まれた壁板のようにびくともしなかった。

 

 

「香琉那……っ!!」

 

 

 幾度目かの芥の叫びに重なって、小さい銃声と爆発音がドアの向こうから聞こえ……それきり、外はしんと静まり返った。

 

 

「……出ましょう、芥さん」

 

 

 ドアに額を押しつけ嗚咽を堪える彼に、扇はそっと声をかける。

 

 

「扇……」

 

「システムは動いていません。警備員か……スピオンかもしれないけれど、どちらかが先回りしていたのでしょう。でもそれは今、香琉那さんが倒してくれた筈です」

 

 

 命を賭けて。

 

 

「彼女に感謝をしないと」

 

「……そうだね」

 

 

 は、と息をつく。それからドアを再び押せば、今度は芥の力に抗う事無くゆっくりと外に向かって開いていった。

 

 

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「データ抹消完了!」

 

 

 芥たちが階段を上がり出してから数分。コンソールにかじりついていた青藍が歓喜の叫びを上げた。

 

 

「よくやってくれた、ありがとよ!」

 

 

 ついさっき事切れた紅紫に代わって援護に入っていた淺黄が青藍をねぎらった。応えるように青藍は誇らしげな笑顔を向け……そのまま床に崩れ落ちる。

 彼の全身は、既に何発もの銃弾に貫かれていた。

 

 

(本当に、よく保ってくれた)

 

 

 いくら改造を受けているとは言え、さっきの一斉射撃を喰らっても操作を続けられたのは奇跡に近い。青藍の潜在力と執念の勝利だった。

 

 鷲がコンソールを覗き込む。データが完全に消された事を再度確認すると、懐から出した小さい金属の箱をその上に置いた。

 

 

「完了だ」

 

「よし。鷲、交代する!」

 

 

 言うなり、浅黄はスピオンを一人仕留める。残った5人が一瞬、攻撃を躊躇った。

 

 

「もうひと息だ、頑張れよ!」

 

「ああ」

 

 

 鷲はヘリポートへと続く階段へ向かった。だが何度も蹴りを繰り出した脚はバランサーが狂い、思うようには走れない。右肘も、先刻スピオンの馬鹿力に完全に破壊された。もどかしさが先に立つ。

 

 

「この死に損ないが!」

 

 

 淺黄の脇をすり抜けたスピオンが一人突進して来る。鷲は即座に反応した。右脚で踏ん張り、振り向きざま左腕を真っ直ぐ突き出す。

 

 

「それももうすぐ終わるよ」

 

 

 刃こぼれを起こしていた左腕の仕込み刃は、それでも生身の肉体を貫くには十分だった。

 

 

「世話になったね」

 

 

 少々苦労をしながらも刃を我が身から外し、絶命したばかりのスピオンの上に投げ捨てる。軽くなった左腕をひと振りして、鷲は今度こそ階段を上り始めた。

 

 

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「香琉那……」

 

 

 屋上に出た時には、既に彼女の息は無かった。

 至近距離で弾をあびたのか、胴体は大きくえぐられ吹き飛んでいた。血痕は無く、代わりに銀色の骨組みとオイルらしき液体が飛散している。近くで頭を撃ち抜かれたスピオンの屍体とのコントラストが、異様なまでに目についた。


 彼女の顔が微かな笑みを浮かべているかのように見えるほど穏やかだった事が、唯一の救いだ。

 

 

「……芥さん」

 

 

 扇が促した。小さく頷き、彼は立ち上がる。

 

 

「刈安さんが指定した場所は?」

 

「待機所。あのヘリの陰になっている……」

 

 

 その時、下から突き上げるような振動が響いた。

 

 

「……終わったんだ」

 

「そうですね」

 

 

 目的を果たした彼等が最後に望んだ結末。芥にも、もう分かっていた……目の前にある小型ヘリは、元から一機だけ。

 

 

「行きましょう。今は、僕たちのやるべき事を」

 

「……ああ」

 

 

 言われた場所へ移動し、鷲の到着を待つ。時間の経過がさらに遅く感じられ、芥は焦れた。

 

 

「遅すぎる。まさか……」

 

 

 待ちきれず再び扉に向かおうとした彼を、扇は押し止めた。

 

 

「大丈夫です、彼は必ず来ます……ちょっと、お話が」

 

「話?」

 

「芥さんとお会いしてから、“私”の名前について考えるようになりました。“私”の下の名前は菊塵と言うんですけど」

 

「佐久……菊塵?」

 

 

 突然の話にキョトンとする彼に、扇はゆったりと笑って返す。

 

 

「そうです」

 

「ちょっと珍しいんじゃ?」

 

「この世界では割と普通らしいんです。ただ、『塵』という字を使うのが少し不思議だったんです」

 

「ああ、ゴミっていう意味だし……」

 

「そこへ芥さんがやって来た」

 

 

 言いたい事はすぐ分かった。

 

 

「確かに、俺もなんでこんな名前?って思ってた時期があった」

 

「ちりあくた。要らないものとかゴミとかを示す言葉ですよね。でも一方で、宇宙を形成する材料でもある。宇宙には、要らないものなんて無い。全てが世界の素として使われる時を待っている……そう考えると、なかなか楽しい名前だなと」

 

「成る程。そんな考え方も出来るんだ」

 

「でも世界は飽和すれば、再び砕けて塵芥に還る」

 

「……」

 

「芥さんにお会いして、そんな風に考えるようになりました。そして、赭先生の話を思い出したんです……貴方のお陰で、僕は大いなる存在を確信出来ました」

 

「扇……」

 

「僕は“未来”で、再び貴方に会える。そして貴方も、いずれ元の世界に戻るんですね」

 

 

 分かったようで分からない。もっと話を聞けば何かを掴めるのだろうか……その時、芥の耳がドアの開く音を捉えた。反射的に音のした方へと向き直る。

 

 

「芥……いるかい?」

 

「鷲!」

 

 

 鷲の声だ。ホッとして駆け出しそうになった芥は、しかし次に目にした光景に自身を疑った。

 

 

「しゅ……」

 

 

 彼の右腕からは鮮血がしたたり、ねじ曲がった左脚は引き摺るのがやっと。殆ど右脚の力だけで立ち、歩いている。

 しかしそれよりも芥を驚愕させたのは、彼の左腕だった。先程の鋭利な金属は外されていたが、今その手に握られているのは小型銃。其れが真っ直ぐこちらを向いている……いや、正確には。

 

 

「そこをどいてくれ、芥」

 

 

 扇を狙っていた。

 

 

「なん、で……」

 

「データは消したけど、僕に組み込まれたプログラムまでは消去出来なかった」

 

「暗示……」

 

「僕にこれを止める事は出来ない」

 

「だからって、何故こんな事を」

 

 

 扇を背後に庇い、芥は鷲に問う。

 

 

「彼は、国の最重要機密だ。何も外に知られてはならない。外部に漏洩する前に抹殺する」

 

「何を言ってるんだ……彼の精神を元の世界に戻すんだろ?三人で此処から脱出するって言ったじゃないか!」

 

「プログラムには逆らえない」

 

 

 鷲が、じりっと近づく。その気迫に押され、芥は無意識に後退っていた。

 

 

「退いてくれ」

 

「……誰が退くもんか」

 

「このままだと、君もろとも抹殺する事になる。君は、こんな所で死んで良いのか?」

 

「彼は死なせない。鷲こそ、撃てるものなら撃ってみろ!」

 

 

 思わぬ反撃だったのか、鷲の瞳がくるりと瞬く。そして一息つくと、フッと笑った。

 

 

「……いつまでその強がりが保つかな」

 

 

 言うなり彼から表情が消え、その瞳から人間らしさが消えた。そのままゆっくりと一歩、また一歩と芥に近づいて行く。

 

 

「鷲……やめろ」

 

「理由はもう説明した。プログラムは実行される。退け。さもなければ僕を撃て」
 

 

 あっという間に二人は屋上の片隅に追い詰められた。背後には断崖絶壁を知らせるフェンス。鷲の歩みは止まらない。

 

 

「タイム・オーバーだ。言い残す事は?」

 

 

 とん、と胸に銃口が当たり、芥は覚悟を決めた。

 

 

「……君にどんな理由があっても、扇は元の世界に戻らなきゃいけない。彼は戻るべき人だ。待っている人達も大切な仲間も沢山いる」

 

「じゃあ聞くけど。君を待っている人達は、どうなる?」

 

「扇が戻った後に考えれば良い」

 

「この状況で、まだ言うのか」

 

「鷲、君の中に俺を抹殺するプログラムは入ってない筈だ」

 

 

 鷲が一瞬、動揺を見せる。

 

 

「一緒にヘリに乗ろう、最初の計画通りに。俺が君と扇の間にいれば、向こうに着くまでくらいなら何とかなるんじゃないのか」

 

「……無事に着いたとしてもプログラムは有効だよ?」

 

「なら、解除方法もみつけてもらうんだ。怪我も治して……君にだって生きる権利がある」

 

「……僕の“死ぬ権利”は、どうなる?」

 

 

 芥の表情が歪んだ。

 

 

「分かってるつもりなんだ。俺の勝手な希望だって……でも俺は、もう誰にも死んでほしくない」

 

 

 それを聞いた鷲が銃口を彼の胸元から外した。尚も芥の真意をはかるように瞳を覗き込んでいたが……。

 

 

「……最高だ。芥、やっぱり君は最高に良い奴だよ!」

 

 

 いきなり破顔すると、彼は歌い出しそうな勢いでそう叫んだ。

 

 

「え……」

 

「扇、お願いします」

 

「分かりました」

 

 

 何かを問う間も無かった。庇っていた筈の扇に肩を掴まれ、芥は彼の腕にあっと言う間に抱え込まれた。

 

 

「……ありがとうございます」

 

「それは僕のセリフです。刈安さん、感謝します」

 

 

 意味の分からない会話が聞こえた後に、小さい銃声が一つ。身体から伝わった振動で、扇が撃ったのだと分かった。

 

 

(な……?!)

 

 

 状況を確かめたいと思った芥は、しかし身動ぎひとつすら出来ない。

 

 

「どうか……ご無事で」

 

 

 微かに鷲の声が聞こえた直後、二人の身体は爆風にあおられフェンスを突き破った。次に襲ってきたのは、以前も感じた浮遊と落下の感覚。

 

 落下速度が増していく。思わず扇にしがみついた。全ての終わりを覚悟したその時……

 

 

(……信頼してるぜ)

 

 

 聞き覚えの無い、なのに懐かしい声が芥の脳裡に木霊した。

 

>>>Epilogue

 

 

20111020(最終)-20190309