T.W.W. (7)


 誠が解析室から出て行ってから小一時間が経った頃、饗庭が芥に休憩を促した。

 

 

「定時の休憩だろ、行って来いよ。じゃないと俺が次に行けないからな」

 

 

 やけに突っかかってくる。さっき席を外したせいだろう。

 ここは素直に従っておく事にした。

 

 

「分かった。早めに戻ってくる」

 

 

 他のメンバーの邪魔にならないよう、芥はそっと解析室を出て休憩室へ向かう。

 

 

(こんな事になっちまって……俺には何も出来ないのか……)

 

 

 歩きながらも、懸命に考えていた……すぐ其処に人がいる事にすら気づかない程に。

 行く手を塞ぐように立つ人物に、危うくぶつかりそうになった。咄嗟にすいませんと謝ってから顔を上げる。

 

 

「あ……」

 

 

 背筋が冷えた。黄丹だ。

 ダークグリーンの、硝子玉のように無機質な対の光が芥を凝視している。

 

 脳内のどこかで警報が鳴った。敬礼も忘れ、反射的に一歩後退る。

 その瞬間右腕を取られ、容赦無く後ろ手に捻り上げられる。鍛えられた軍人の無駄の無い動きに芥が抗える筈は無かった。

 

 

「ぅああぁっ!」

 

 

 肩関節が軋む。激痛が芥を襲った。

 

 

「……たわい無い」

 

 

 誰に聞かせるとも無く呟くと、背後からもう片方の腕で芥の頸を捉え、そのまま脇の小部屋に引きずり込んだ。

 

 

「何者だ?お前は」

 

 

 地の底から響くような声。単なる問いかけでは無い。これは恫喝。

 

 誠はさっき、彼の元へ報告に行った筈だ。

 その時に何があったと言うのか……黄丹のこの問いの意図は。

 

 

「っぐ、ぅ……」

 

「俺は桑染のような情けは持ち合わせてないぞ」

 

 

 答えに窮していると、容赦なく首を締め上げられた。呼吸を塞き止められ、まともに喋る事など出来ない。吐気が込み上げ、意識が遠のく……と、気絶寸前に腕の戒めが解かれた。

 

 その場に崩れ落ちた芥の身体は勝手に生き延びようと悲鳴を上げる。捻り上げられた利腕は動かせず、必死に空気を貪る口から出るのは喘鳴だけ。唯一動く左腕をつき、やっとのことで上体を起こす。黄丹はその襟首を掴み、正面から絞め上げた。
 もの凄い膂力だ。再び息が詰まり、芥は闇雲に藻掻いた。しかし自分の腕は空しく空を切るばかりだ。

 

 

「言え。あいつに何を吹き込んだ?」

 

「なにも……そんな、事……」

 

「ならばここで、お前の出自を言え。この期に及んで誤魔化せると思うなよ」

 

「……っく……」

 


 言葉に詰まった。何も言い返せない。

 

 元の世界へ戻りたい、此処で死ぬ訳にはいかない……誰にも死んで欲しくない。

 

 

(どうすれば……良いんだ)

 

 

 目の前にある腕すら振りほどけない自分の非力さに歯噛みする。

 再び黄丹の手が緩められる事は無く、芥の意識は闇へと引きずり込まれていく。

 

 視界が深紅に染まる……彼はあの時の夕日を見た気がした。

 

 

---------------

 

 

 誠が意識を取り戻した時、黄丹の姿は既になかった。

 静けさが不安を増幅させていく。彼は即座に解析室へ足を向けた。

 

 

(無事でいてくれ……芥)

 

 

 祈る思いで解析室のドアを開く。

 だが、芥が居るはずの席には別の隊員が座っていた。

 

 誠の心臓が早鐘を打つ。

 

 

「……山吹は戻ってないのか?」

 

 

 努めて平静に尋ねる。

 饗庭が振り向きざまに返してきた。

 

 

「さっき大尉が来てました。『別の業務に就かせるから』と言われて」

 

 

 ……そろそろ作戦の予測でもさせるんじゃないんですか?

 

 

 ニヤッと笑ってそう付け足された瞬間、彼は解析室を飛び出していた。

 

 

(やられた!)

 

 

 芥が拘束されたのは確定だ。上には何とでも言える。後は黄丹の思惑一つ。

 

 誠は焦った。芥を取り戻さなければならない。だが自分が一人でも入れる独房や隔離病棟に彼が入れられている可能性は無いに等しい。

 彼は黄丹の手中にある。先ずは黄丹を見つけるしかなかった。

 

 

(大尉は……何処だ)

 

 

 必死で考える。

 意識を取り戻した自分がどう動くかぐらいは、黄丹も予測しているだろう。芥を取り戻そうと躍起になるのは先刻承知の筈。

 

 そんな自分を待ち受けるのに最適な場所は……病棟にある黄丹の研究室。

 

 

「あ!」

 

「っと!」

 

 

 いくつ目かの角を曲がった時に人とぶつかった。

 

 

「ちょ、どうしたんだ小尉殿、そんなに慌ててよ」

 

 

 統だった。腕を掴まれ問い質される。しかし思うように言葉が出ない。

 全力で走ってきたためだけではない、誠の異様な息の乱れに彼は気付いた。

 

 

「おい、何があったんだ?」

 

 

 強く腕を揺さぶられる。誠は声を絞り出した。

 

 

「……芥が!」

 

 「え……?!」

 

 

 悲痛な叫び。その声に統は狼狽えた。

 芥の身に何かが起きたと直感する。彼がこれ程までに動揺している姿など見たことが無い。

 

 

「芥がどうしたってーんだ、おい!」

 

「大尉に拘束された……芥が、消される!」

 

「消される?!」

 

 

 聞いた統の顔も強張った。

 

 

「まずいじゃねーか……芥はドコなんだ?」

 

「恐らく大尉しか知らない。彼を問い詰める。研究室に行かないと……」

 

 

 説明するのももどかしいと言いたげに、彼は統の腕を振り払って走り出す……と、今度は後ろから上着を掴まれ引き戻された。

 半回転して統の姿が目の前に来る。途端に横っ面を張られ、誠は目を瞠った。

 

 

「な……」

「おまえ、いつまで一人で抱え込んでんだよ!」

 

 

 予想外の事に茫然とする誠に、統は一気に捲し立てた。

 

 

「最期までそーしてりゃ良いとか思ってんじゃあねーだろうな?一人でカッコつけやがって、冗談じゃねーぜ!まだ俺を蚊帳の外に置いとく気か?コッチだってずっとしんどかったんだぞ!だから……」

 

 

 誠の胸ぐらを掴んでいた手から力が抜け、統は俯く。

 表情が読めない……ただ、その両肩は震えていた。

 

 

「だから……一緒に何とかすれば良いじゃねーか。それとも俺は、やっぱ戦力外なのかよ」

 

「戦力外って……何を言ってるんだ」

 

「何を、だって?そりゃコッチのセリフだ!」

 

 

 キッと顔を上げる。

 

 

「俺ぁな、おまえに腹立てんのにもいい加減飽きたんだ!本当の事も仁から聞いたぞ、つまんねーウソで4年も騙しやがって!敬の事だって、今も心配してんだろーが!」

 

「それは……」

 

「俺にも何か手伝わせろ、このバカヤロ!」

 

 

 最後は流石に言いすぎたと思ったか、統は慌ててそっぽを向く。

 

 

(……そうか)

 

 

 漸く目が覚めた気がした。

 敬が消えたあの時から、自分の時間こそが止まったままだったのかもしれない。

 

 その間に彼は成長していた。

 己の無力さに打ちのめされ、敬と仁に守られていた薄鈍 統は、もう居ない。

 

 

「そうだな……悪かった」

 

 

 誠は落ち着きを取り戻した。瞳にいつもの光が宿る。

 

 

「これから大尉の研究室へ行く。芥を取り戻す。彼を死なせる訳にはいかない……協力してくれるか?」

 

「あったりめーだ。仁にも伝えて直ぐ追っかける。その後は?」

 

「彼を連れて逃げる。軍を抜ける」

 

「望むところだ」

 

「本当に良いんだな?全員揃って反逆罪だ」

 

「それがどーした、これ以上こんなトコにアイツを置いとけねー。この戦争にも上層部にもほとほと愛想が尽きてたからな。31が上に忠誠を誓った事なんて一度もねーんだし今更構うもんかよ。俺達が護りたいのは、仲間だ」

 

 

 何よりも、仲間を。

 

 

「……分かった。仁と後から来てくれ、研究室で待ってる」

 

「おぅ。トコトン足掻いてやるぜ!」

 

 

 統は仁の元へ、誠は研究室へと踵を返した。

 

 

---------------

 

 

「やっと来たか」

 

 

 ドアを開けるなり、黄丹の声が出迎える。弾む呼吸を整え、誠は彼に問うた。

 

 

「彼は……何処ですか」

 

「さてな。教えたらどうするつもりだ」

 

「取り返します」

 

 

 即座にそう返せば、黄丹は呆れとも嘲りとも取れるような苦笑を漏らした。

 

 

「ヤツなら、此所だ」

 

 

 そうして右手を掲げる。金属音が聞こえた。

 

 

「!」

 

 

 其れは隔離病棟の最奥にある尋問部屋の鍵。誠の目元が微かに引き攣るのを確認して、黄丹は鍵を自分の上着の内ポケットにしまった。

 

 

「……無事なんですか、芥は」

 

「さあな。知りたいなら、自分の目で確かめろ」

 

「大尉……」

 

「さて、今此処で選んでもらおうか」

 

 

 従うか、反旗を翻すか。

 

 

「く……」

 

 

 黄丹にとっては、全てがゲーム。彼の感情の揺れを嘲笑っている。
 従うと言えば、忠誠の証として彼に芥の始末をさせる。背くならば此処で彼自身を先に処分し、芥は後から黄丹自身が消すだけの事。最後に仁と統も、適当な理由を付けて抹殺するに違いない。

 

 31が、消される。

 

 

(……認められない!)

 

 

 誠の答えは揺らがない。しかし接近戦では黄丹に敵わないのも明らかだ。
 対抗するには銃しかなかった。彼は常に防弾服を身に着けている。狙うなら頭部。

 

 

「……っ!」

 

 

 ホルスターから銃を抜く……が、それよりも一瞬早く自分の胸元に黄丹の銃が照準を定めた。

 

 

「そうか。なら、お前とは此処までだ。良い部下だったんだが」

 

「……」

 

「この期に及んで未だ俺に遠慮があるか。それでは俺は殺せない。所詮お前は、感情を捨てきれない格下なんだよ」

 

 

 トリガーに掛かる指に力が入る。誠は動けない……暗示にかかったように。

 

 その時乾いた銃声が響き、黄丹の右腕を貫いた。

 

 

「俺達の仲間に手ぇ出すんじゃねー」

 

 

 統だった。

 ドアを開け放ち、銃を両手で構え黄丹に向けている。

 

 それを見て、黄丹はニヤリと笑った。

 

 

「なかなかやるようになったじゃないか……だが」

 

 

 言うなり銃を左に持ち替え、彼の右腕を同じ様に撃ち抜く。

 

 

「っ……!」

 

「まだ甘い」

 

 

 彼の手から乾いた音を立てて銃が落ちた。

 

 

「統!」

 

 

 誠が駆け寄ろうとする。だが黄丹に頬を張り飛ばされ床に叩きつけられた。

 尚も立ち上がろうとする彼の首筋に銃口が押し付けられる。使われたばかりのそれは熱を持ち、彼の皮膚を小さく灼いた。

 

 

「誠っ!」

 

 

 統が叫んだ。しかし彼も利き手を撃たれている。落とした銃を拾う事すら出来ず、ただ黄丹を睨みつけるしかなかった。

 

 

「……ここまでだ」

 

 

 声と同時にくぐもった発砲音が室内に響き、統は思わず目を閉じる……が、ぐらりと上体が揺れたのは黄丹だった。

 弾みで引き金を引いたのだろう。黄丹の銃から飛び出した弾丸は誠の足元で撥ねて壁にめり込んだ。

 

 

 不敵な笑いをその顔に刻んだまま倒れ込む直前、視線が絡んだ相手は……。

 

 

「世話になったな、大尉」

 

 

 仁だ。

 

 

「仁……!」

 

 

 統が後ろを振り返る。誠も、ぎこちなく声のした方向へ顔を向けた。

 

 一人、仁だけが黄丹の絶命を確認するように彼を凝視している。

 

 

「指示をくれ。誠」

 

 

 声をかけられてハッと我に返る。急いで黄丹の上着から鍵を取り出しながら、脱出の手はずを二人に伝えた。

 

 

「先に統の傷を頼む。それから直ぐに偵察機か哨戒機を二機動かしてくれ。

 芥は隔離病棟奥の尋問部屋にいる筈だ。俺の光彩認識が必要になる。俺が行く」

 

「OK」

 

「彼を救出したらそのまま裏から出る。07格納庫の北東側」

 

「分かった。07の北端に二機、待機させる」

 

「時間は?」

 

「15分もありゃぁ行けるだろう」

 

「了解。15分で格納庫に行く。合流次第、此処を離れる。仁は芥と。統の機は俺が操縦する。良いな?」

 

「了解」

 

 

 応急処置を施されながら、統も応じた。

 未だ芥の件は知られてはいない。黄丹の屍体を発見される迄が一つの勝負だ。三人は廊下に人影が無い事を確かめると研究室を出る。

 仁がせめてもの時間稼ぎにとドアをロックした。

 

 

「じゃあな」

 

「おう」

 

「15分後に……行くぞ!」

 

 

 仁の声を合図に、三人は走り出す。途中で別れ、仁と統は格納庫に、桑染は隔離病棟へと向かった。

 

 

---------------

 

 

 隔離病棟は静まり返っていた。待機レベルがAになった時点で捕虜達は移動させられ、今はがらんとした空間が残っているだけ。

 但し監視システムは作動している。何処で見られているか分からない……逸る気持ちを抑えながら、誠は慎重に尋問部屋へと向かった。

 

 ロックを解除し、中の様子を伺いながら入る。

 

 

「……芥」

 

 

 芥は部屋の片隅に転がされていた。意識は無い。両の手足には枷が填められ、頚には鬱血が見られる……黄丹のやり方は知っている。彼に『落とされ』たのだろう。

 

 催眠剤も使われていたが、量は多くなさそうだ。誠は傍らの棚から覚醒用の薬剤を1アンプル取った。

 

 投与してから効果が現れるまでの2分が無限の長さに感じられる……そして。

 

 

「……誠?」

 

 

 芥が意識を取り戻した。暫く彷徨っていた瞳が焦点を結ぶ。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 ゆっくりと声をかける。芥は小さく頷き、記憶を辿った。

 

 

「……そうだ、大尉が来たんだ」

 

「ああ」

 

「直接、俺の正体を聞かれた……あ!」

 

 

 其処で一気に覚醒した。

 

 

「一体何がどうなった……何故、君が此処に?」

 

「悪いが説明している時間が無い。直ちに此処から出る。立てるか?」

 

 

 どくん、と芥の心臓が一つ鳴った。

 

 

「出る、って……まさか?」

 

「この国を離れる。大丈夫、皆も一緒だ。仁と統が準備している」

 

 

 余計な不安は与えたくなかったが、流石にこの程度で納得する彼ではない。

 

 

「国を離れる……軍を抜けるって事か?」

 

「そうだ」

 

「大尉は?」

 

「……」

 

「誠!」

 

 

 これは答えを聞くまでテコでも動かないだろう。隠すのは早々に諦め、誠は事実を告げた。

 

 

「死亡した。31の指揮系統は崩壊した。俺ももう少尉じゃない」

 

「まさか……」

 

 

 さらに問い詰めようとする彼を手で制する。時間が無い。

 

 

「もう此処にいても何の希望も無い。留まれば31全員が無駄死にする。事態はもうそこまで来たんだ。だからこそ、俺達は己が信じるものに賭ける」

 

「信じるもの……」

 

「それは芥、君だ。31に希望をくれた。君は死なせない。絶対に、こんなところでは……」

 

 

 差し伸べられた手を握り、ふらつきながらも立ち上がる。少しずつ感覚が戻ってきた。

 

 

「歩けそうか?」

 

「ああ……」

 

 

 芥の足取りを確認する。異常はなさそうだ。

 

 

「大尉の遺体が発見されたら騒ぎになる。その前に此処を出たい。仁達との合流まであと4分だ、裏から出る」

 

「分かった」

 

 

---------------

 

 

「ご苦労様です!」

 

 

 07の整備兵が、待ちかねていたように二人に敬礼を寄越した。

 こちらを疑っている様子は無い。哨戒任務に出るとの仁の言葉を信じているようだった。即座に専用服を二人に渡してくれる。

 

 仁が『こっちだ』と手を振ってきた。

 

 

「青褐が担当だったとはな」

 

「ああ、ラッキーだ。これで時間が稼げる」

 

 

 合流するなり、桑染と仁がそんな会話を交わす。どうやら、一種のファンらしい。

 

 

「え、31の?」

 

「って言うより、仁だよなー。あのフライトに惚れ込んだって聞いた事ある」

 

「へぇ……」

 

「ンな感心する事でもねぇよ。とにかく、好意的な奴がいてくれて助かったぜ」

 

 

 急いで着替え、4人は偵察機へと走った。誠と統は途中から左の機体に向かう。

 

 

「芥、アンタは俺とだ。ひとまず国境まではアイツらの機を先導する形を取る」

 

「何処へ行くんだ?」

 

「確定してない。出たとこ勝負だ。敵国でも同盟関係でも無ぇ国に投降出来りゃあ上出来ってトコだろうな」

 

「じゃあ……F国?」

 

 

 此処より西方にある、小さいながらも中立を保っている国だ。

 

 

「恐らくな」

 

 

 この場合同盟国に行っても意味無ぇし、と続けながら仁は発進準備を整える。キャノピーを閉めると、直ぐに統から『準備OK』の合図が送られてきた。

 

 

「行くぞ」

 

 

 二機はほぼ同時に飛び立った。手信号で行き先を確認すると、西に進路を向ける。

 やはりF国を目指すようだ。海が見えてくると、そのまま東西に伸びる海岸線に沿って低空飛行に入った。

 

 20分ほど飛んだ頃だろうか。

 

 

「もうじき同盟国との国境だ」

 

 

 無線で誠が告げた。ここから内陸に入り、あと5分も飛べばF国に到達する。

 

 

「此処まで追っ手が来なかったのは有難ぇ」

 

「そうだな。このまま越えられたら良いが……」

 

 

 しかし流石にそれは許されなかった。

 言った端から統と芥の叫び声が相次いで耳を打つ。

 

 

「レーダーに機影!」

 

「こちらも確認。東より2機!」

 

 

 速度から見て戦闘機。間違い無く、この4人を追って来た自軍のものだ。

 

 

「お出ましだな。行くぞ、速度上げろ」

 

「ああ、この程度でやられるなよ」

 

 

 一気に加速しながら、仁と誠は軽口を叩き合った。

 

 偵察機にしたのは、31としてはその方が怪しまれない事と、飛行時間が極めて長い機体があったからだ。但しスピードと機動性は戦闘機に劣る。それは二人のテクニックでカバーするしかない。

 幸い、同盟国からのスクランブルはかからなかったようだ。ならば追いつかれるまでは、とにかくF国までの距離を縮める。

 

 先に国境を越えて投降の信号を出せれば成功だ。だが……。

 

 

「西南西に機影!」

 

「F国の空軍か。何機だ?」

 

「5機」

 

 

 不審に思われたに違い無い。F国からスクランブルをかけられた。

 

 

「惜しかったな。あと少しだったんだが」

 

「絶対、後ろのとグルだと思われてるぞ」

 

「うわ、それすっげーイヤ」

 

「嫌でも何でも仕方無いだろう?この状況じゃそれが当然だ」

 

「とりあえずは7対2からスタートだな」

 

「2ってコッチかよ!ぜってー不利じゃん」

 

「だ・か・ら!今からそれをひっくり返すように頑張るんだろうが」

 

「あーあ、何とか穏便に話し合いに出来ねーかな……」

 

「何を今更」「阿呆かお前は」

 

 

 こんな時にこの会話。誠の押し殺した笑い声までが無線から聞こえてくる。しかしお陰で、緊張からガチガチに固まっていた芥も落ち着きを取り戻せた気がした。大きく深呼吸をして余分な力を身体から追い出す。

 

 そのタイミングを見計らったように、誠が元の調子で指示を出した。

 

 

「とにかくこのままF国に入れ。絶対に撃つな。確実に入った時点で投降の信号を出す」

 

「おう」

 

「後方よりミサイル!」

 

 

 統の声が響く。

 

 

「……3・2・1・離脱!!」

 

 

 合図と共に2機は左右に分かれた。ミサイルは目標を失った空間を貫き、正面の5機へと突き進む。すぐさま前方から迎撃が始まった。

 散開した5機の間をかいくぐり、2機の偵察機はそのまま国境を目指す。F国の2機が急旋回して追ってくる。残る3機は後方の戦闘機を叩く側に回った。

 

 

「これでひとまず2対2だ」

 

「意地でも躱せ!あと一息だ」

 

 

 放たれるミサイルを巧みなテクニックで避けながら、ひたすら国境越えを狙う……と、F国の戦闘機がもう一機、正面に回り込んできた。此方が一切攻撃しない事に何かを思ったようだ。

 

 

(……気付いてくれたか?)

 

 

 明らかに、此方への攻撃を躊躇う気配が伝わってきた。

 それとほぼ同時に、待っていた刻を統が告げる。

 

 

「国境突破確認!」

 

「信号発信!」

 

 

 誠の指示が飛ぶと同時に、統と芥が操作を完了させた。相手も直ぐに信号を確認したらしく、1機が併走飛行の体勢に入る。

 続いてもう1機……しかし直後、それは後方からのミサイルを主翼に受け放物線を描きながら落下した。

 

 

「チッ……」

 此方の戦闘機が撃ったのは明らかだった。これでは自分達が囮となって相手を油断させたと取られかねかったし、実際そう判断されたに違いない。ましてや、場所は既にF国の領域内。中立国での一方的攻撃は重大案件だ。

 

 

「余計な事しやがって!」

 

 

 後方では、既に戦闘機同士のドッグファイトが始まっていた。仁達も、1対1の対応を余儀なくされる。

 機動性に劣る偵察機だ、パイロットがこの二人でも接近戦では分が悪い。

 

 

「こちらの2機に戦闘意思は無い!即時攻撃の停止を要請する!繰り返す、こちらの2機に……」

 

 

 統が必死に無線で呼びかけるが、相手からの応答は無かった。

 久々の飛行に加え、黄丹の件でダメージを負っていた芥は、急激なGの変化に翻弄され意識を保つのがやっとの状態。

 

 仁が、後についた戦闘機から逃れようと急旋回をする。

 その時、芥の視界を夕日がよぎった。

 

 

(……え?)

 

 

 微かな既視感が芥を襲う。しかし、それが何かを突き止める余裕は無い。

 

 

「畜生!諦めねぇぞ!」

 

 

 統の叫びを無線が微かに拾った。その声に刺激され芥の意識が一瞬鮮明になる。

 同時に視界の左に影が過ぎった。

 

 

「……仁!左、来るっ!!」

 

「くそっ!」

 

 

 強引に機体をねじ伏せ、離脱を図る。

 刹那、相手機から至近距離で発射されるミサイルと……同時に相手機に体当たりをかける誠達の機体を、芥は確かに目にした。

 

 

「死ぬな!!仁、芥ぁー!!!」

 

 

 ゼロコンマ数秒遅れて、耳に届く絶叫。

 

 

(なに……?!)

 

 

 二人とも何が起こったかを把握する間など無く……その操縦席もまた炎に包まれた。

 

 

------Real Border_T.W.W./了------

 

 

>>>Part2

 


20091111-20110525-20180918