T.W.W. (6)

 

 情報部での業務を終えて食堂に向かう途中で、仁に呼び止められた。任務は予定通り終了したらしい。

 

 

「よぅ、今日もご苦労だったな」

 

「仁のほうこそ」

 

「アイツとは話せたか?」

 

「何とかね。君のお陰だ」

 

 

 ありがとう、と芥は握手を求める。それだけで二人の話し合いがうまく行ったと分かった。

 

 

「そいつぁ良かった」

 

 

 ニッと笑い、仁も握手に応じた。

 

 

「……統にも言わなきゃ」

 

「終わり次第俺のトコへ来るように伝えてある。その時にな。2000は過ぎるらしいから、先にメシは食っておこう」

 

 

--------------

 

 

 遅い夕食を終え、統がやって来た。

 

 

「待たせちまってすまねーな」

 

「いや、遅くまでご苦労だった」

 

「で、話って?」

 

「芥の正体だ」

 

「え、分かったのか?」

 

「ああ。コイツ、とんでもねぇヤツだぜ」

 

 

 それだけ言うと、仁は芥に話を振る。期待と好奇心で統は目を輝かせた。

 だが話が進むにつれ、それは驚愕の表情へと変わる。

 

 

「……すげーな。そんな事マジであんのかよ」

 

「あったみたいなんだ、これが」

 

「芥って宇宙人だったのか」

 

「それは違う」「どうしてそうなるんだテメェは」

 


 微妙な混乱をしている統を二人で宥め、漸く落ち着いたところで話を進める。

 

 

「理解出来たか?」

 

「とにかく、芥は『俺達の世界』の人間じゃねーって事だよな」

 

「なのにコイツが此処に居るのは」

 

「事故に遭遇した時のショックで『芥の世界』から跳んできたらしい、って事」

 

「そうだ」

 

 

 仁は一つ大きく息を吐いた。

 今こそ、言わなければ。

 

 

「……その上で落ち着いて聞いてくれ。昨日の今日ですまねぇが、敬の事だ」

 

 

 ビクッと統の体が跳ねた。しかし仁は敢えてそれを無視する。

 

 

「敬の……何の事さ?」

 

「失踪の件だ。お前は、あの時アイツが一方的に消息を絶ったと聞かされた筈だ」


「……それが、どーしたってんだ」

 

「事実は違う」

 

「え?」

 

 

 統が弾かれたように顔を上げた。仁は話を続ける。

 

 

「俺は誠が帰還した直後にコトの顛末を聞いた。アイツらは内乱の現場に巻き込まれたんだ。そこで手榴弾が爆発し、アイツはそのショックで一瞬、意識を飛ばした。しかしその間に敬は消えた」

 

「消えた?拉致されたんじゃねーのかよ」

 

「アイツが気絶してたのは数秒、長くても10秒程度だ。その間に出来るか?何人もが折り重なって倒れたトコから、何の痕跡も残さずに敬だけを連れ去るなんて事が」

 

 

 統の両の手が拳を作った。ぎり、と歯噛みする音が聞こえ、両肩が震え出す。

 

 

「……あいつに担がれてんじゃねーのか?俺初めてだぜ、そんなコト聞くの!」

 

 

 言うなり、仁の胸ぐらを掴む。

 

 

「騙されんなよ、あいつなんかによぉ!」

 

「落ち着け、統」

 

 

 芥が横から統を押し止めるが、即座に振り払われる。

 

 

「……違う!あいつは敬を見捨てたんだ。自分だけ逃げ帰ってきて!」

 

 

 今までずっと、誠を憎む事で自分を保ってきた。それを崩される恐怖が彼を襲っている。

 再度、芥は彼の肩を支える……今度は拒絶される事は無かった。

 

 仁は、どこまでも静かに話を続ける。

 

 

「さっきも言ったが、アイツがコレを教えてくれたのは帰還直後だ。酷ぇ怪我をしてた、そのままの状態でな。当然、黄丹に報告する前の事だ」

 

「怪我だって名誉の負傷なんだろ。アレで少尉になったじゃねーか」

 

「昇格はアイツへの嫌味だし、寧ろ懲罰だ。アイツは二度と失敗を許されねぇ。格が上がって得をしたのは黄丹だけだ」


「じゃあ……俺が聞いたのは、何だったんだ?」


「31を崩す為の嘘だ」

 

「……騙されてたのか、俺」

 

 

 遣り切れない思いが湧き起こる。統は頭を左右に振り、何度も大きく溜め息をついた。

 

 

「すまなかった。今までお前に言う勇気が無かった」

 

「……仁が悪いんじゃねーよ。俺のフトコロが狭っちぃだけさ」

 

 

 は、ともう一つ深呼吸。怒りの色は薄らいでいる。

 それを見て仁は先を続けた。

 

 

「辛い思いをさせてすまねぇが、あともう少しだけ聞いてくれ。『じゃあ敬はどうなったか』って話だ」

 

「……え?」

 

 

 ぱちり、と瞬きを一つ。統の目にいつもの光が戻った。

 

 

「芥が事故のショックで俺達の世界に跳んできたのなら、アイツは爆発の衝撃をキッカケにして別の世界へ跳んだ可能性がある。そうは考えられねぇか?」

 

「……敬が、別の世界に?」

 

「そうだ」

 

「ソレ、証拠は何もねーよな……」

 

「だが芥が此処にいる。俺はその可能性に賭ける」

 

「……」

 

 

 冗談で話せるような事では無い。仁の思いは十分伝わってきた。

 自分も敬の無事を、この二人の言葉こそを信じたい……だが、誠はどうなのだろう。

 

 

「……少尉殿は知ってんのか?この事」

 

 

 小さく刺さっている心の棘を、統は思い切って口にした。

 


「今朝、直接話をしたよ」

 

 

 応じた芥のほうへ向き直る。

 

 

「あんたの事も?」

 

「ああ。全部だ」

 

「ヤな事言われたりしなかったか?」

 

「大丈夫。最初はさすがに驚いてたけど、俺の話をしっかり聞いてくれた。敬の事も『良かった』って言って……泣いたんだ、彼」

 

 

 その言葉に、統は胸を突かれた。

 

 

(泣いた……あいつが?)

 

 

 長い間、心の奥底に澱のように留まっていた物が軽くなる。

 敬の無事を願う思いは、誰一人として違わない……。

 

 

「そっか……」

 

 

 静かに統は頷いた。一人になって考えたかった。

 

 

「わりーけど、仁。ちっと時間、もらえるか?」

 

「ああ。すまねぇな、疲れてる時に」

 

「いや、俺こそ……芥、サンキュ」

 

 

 言いつつ踵を返し、統はへらりと左手を振ると部屋から出て行った。

 

 

--------------

 

 

 翌朝、誠は早くから黄丹に呼ばれた。

 昨日のD区の件だ。第一報では爆撃と知らされていたが、真相は同盟国であるS国の偵察機が敵の戦闘機に発見され、空中戦にもつれこんだ末に撃墜されたとの事だった。

 

 

「残骸は回収したが、お前達の出番は無かった。パイロットもな」

 

 

 つまり脱出する間も無く吹き飛んだと言う事だ。

 

 

「……そうですか」

 

「だが全くの無駄骨だった訳でも無い。S国も、『あの国』が開発を進めている新兵器が間もなく完成するらしいとの情報を掴んだようだ。無線傍受で判明した」

 

 

 嫌な予感が背筋を走る。

 

 

「この時期に、ですか。兵器の種類も解明出来たのですか?」

 

「残念ながら分からずじまいだ。そこは伝え切れなかったらしい。もうひと息だったな」

 

 

 いつもの仕草で黄丹はゆったりと続ける。次のステージだと言わんばかりに。

 

 

「どのみち、かなり逼迫してきたのは確かだ。今日からは『あの国』の情報収集と解析に要員を回せ。元からきな臭かったが、これでいよいよ表に出てくる」

 

「はい」

 

 

 彼はいつものように敬礼を返し、情報部へ向かおうと踵を返す……黄丹の左目が、すっと細くなった。

 

 

「山吹の件はどうだ?」

 

 

 既に黄丹は、彼の変化に気付いていた。昨日までの不安定さが鳴りを潜めている。

 

 

「え……」

 


 不意を突かれた誠の肩が微かに揺れた。が、直ぐに向き直って応じる。

 

 

「……申し訳ありません。未だに進展無しです」

 

「証拠が挙がらないか」

 

「はい」

 

「スパイの可能性は」

 

「無いと思われます。思想的に危険な部分も全く見当たりません」

 

「ほう。奴の身元すら割れないのに、そう言い切れるとはな」

 

 

 容赦無く追い込まれる。言葉に詰まった。その様を見て黄丹が小さく溜め息をつく。

 

 

「桑染、お前らしくない。何があった?」

 

「……いえ、何も」

 

「此処まで来てそれは無いだろう。それとも脅迫でも受けたか」

 

「いえ、そのような事は」

 

 

(落ち着け……未だ知られてはいない)

 


 自らに言い聞かせる。動揺を見せてしまえば不審がられる。

 しかし黄丹は手を緩めなかった。

 

 

「お前ほどの人物まで取り込むとは。奴も相当の手練れのようだ」

 

「……心外です!自分は!」

 

 

 試されていると分かっていてもかき乱される。誠は思わず声を荒らげた……そこへ黄丹への緊急呼出しがかかる。

 

 

「タイムアウト。助かったじゃないか。続きは改めて……近い内にな」

 

「……はい」

 

 

 再び、黄丹に敬礼する。

 いつも通りのその動作が、枷を付けられたかのように酷く重苦しいものに感じられた。

 

 

--------------

 

 

 結局、黄丹はその日から参謀本部に詰める事となった。

 S国の件が引き金となり、一触即発の状態に入った為だ。待機レベルがCからBへ、更にはAへと一気に引き上げられる。2日後にはS国が奇襲を受け、遂に本格的な戦闘が始まった。
 間も無くS国は援軍を要請して来た。即座に要請は受理され、レベルAで待機していた隊から順次出撃していく。

 

 

 黄丹からの追求が一旦止まった事で、誠は密かに安堵した。しかし戦況が悪化する程に芥の身の危険も増していく。せめて彼が後方支援に就いている間に戦いが終結してくれればと、一縷の望みをかけずにはいられなかった。

 

 芥の飛行訓練は中止された。再開する余裕など無い。彼は解読作業に回され、ひたすらそれに取り組んだ。仁は昼夜問わずの偵察任務、統も機体の修理と整備に駆り出され格納庫に詰めていた。

 

 他隊の兵士達は順に戦場へ向かい、その人数を減らして帰還する。

 

 やりきれない思いを抱えたまま、時が過ぎていった。

 

 

 

「……よう、久しぶりだな」

 

「本当に。統は大丈夫か?」

 

「参ったぜ、俺マジでヘロヘロだー」

 

 

 仁の部屋で話をして以来、10日ぶりに3人は顔を揃えた。

 簡易携帯食を囓りながらの、束の間の息抜き。三人とも顔に疲労の色が滲んでいる。

 

 

「仁のほうは、順調?」

 

「さあな。特に夜間はレーダーと計器が頼りで目視はあまり意味が無ぇ。向こうも妨害電波やらで対抗してるから大した成果は出せてねぇだろうな。一応、報告してはいるが」

 

「そもそも戦力差がありすぎんだ。消耗戦に入ったらひとたまりもねーさ」

 

「こっちのほうが戦力的に弱いんだ?」

 

「元々の軍事力も違うし。でも『何が何でも戦い抜く』っていう雰囲気でもねーんだよな、整備しながら他のやつらを見てるけどさ。途中で休戦とか無条件降伏とか同盟関係がひっくり返るとか、まだまだ何でもアリじゃねーの?みたいな」

 

「ひっくり返ったら返ったでややこしそうだけど」

 

「どのみち上の思惑一つだ。俺達ゃ指令にへーへーと頷いて従っとくしかねーよ」

 

「従ってたら一巻の終わりじゃなかったかっけ?」

 

「建前だよ、タテマエ」

 

「統が建前とか言うなんて思わなかった」

 

「何言ってんだ、此処じゃ芥よりはショセイジュツに長けてんだからな」

 

 

 ぶぅ、と統が膨れっ面になる。そんな二人の遣り取りを笑って聞いていた仁が話を締めにかかった。

 

 

「確かに俺たちにゃ何の決定権も無ぇ。とにかく今は前を向いて進むだけだ。但し、万が一情報部まで参戦するような事になったら、その時は間違いなく末期だ、覚悟してくれ。その上で……」

 

 

 仁はそこまで言うと、ニッと悪戯っぽい笑顔を見せる。

 

 

「死ぬ気で生き延びろ。良いな」

 

「ははっ!良いなそれ、さすが仁だぜ」

 

 

 それを聞いて統が破顔した。ぱん、と手を鳴らして勢い良く立ち上がる。

 

 

「よっしゃ、俄然元気になって来た!じゃまたな、芥!」

 

 

 彼は再び格納庫へと駆け去って行った。後に取り残される形になった二人は顔を見合わせ、苦笑する。

 

 

「……若いなぁ」

 

「あぁ」

 

「イイ性格だよな。素直だし」

 

「俺のほうが救われる。誠の事もあれからちゃんと消化出来たようだし、もう大丈夫だろう……アイツは?」

 

「情報部で見かける程度だけど、変わった様子は無い。今は解析室全体を任されてるからかなり神経を使ってるんだろうなとは感じる。でも流石だ、冷静に全てを仕切ってる」

 

「なら一安心ってトコだ。で、アンタはどうだ、いけてるのか?」

 

 

 ずき、と芥の胸が痛んだ。

 

 

(仁……一番その身を危険に晒しているのは、君なのに)

 

 

 リーダーが他のメンバーを気に掛けるのは当然かもしれないが、自分の事でこれ以上心配をかけるのは申し訳無い。

 

 

「……あぁ、大丈夫。他のメンバーとも何とかやれてるし、誠もフォローしてくれる」

 

 

 努めて笑顔でそう告げる。

 だがそれは一瞬で見抜かれ、きっぱりと言い返された。

 

 

「芥、俺の事は心配要らない。今は『自分の世界』へ戻る事だけを考えろ」

 

「……仁」

 

「もう良いんだ。俺はもう、山吹 芥という存在に十分救われてる」

 

「救われてる、って……」

 

 

 思いもかけない言葉に芥は戸惑う。

 自分の存在は、仁に余計な負担と迷惑をかけるばかりだと感じていたから。

 

 『何て顔してんだ』と仁は苦笑した。

 

 

「ぶっちゃけ、今もアンタの話を全て信じられた訳じゃねぇ。だが話を聞いてから、窒息するようなイヤな感覚が消えた。それで、俺は相当参ってたんだと分かった。この4年の間に、自分でも気付かねぇ内にな。

 ……アンタと遇ってなかったら、俺は今回の開戦の時点で壊れてたと思う。けど、今はこれまでに無く落ち着いていられる。全てはアンタのお陰だ」

 

 

 ありがとよ、と少し照れながら差し出される右手。

 

 

「そんな……礼を言うのはこっちだよ」

 

 

 しっかりと握り返した。万感の思いを込めて。

 

 ひたすら前へ。まだ行ける。諦めない。

 ……必ず戻る。

 

 

「よし。じゃあまたな、芥。やりづれぇ事もあるだろうが、何とか粘れよ」

 

「ああ、仁も気をつけて」

 

 

 互いの背中を叩きあい、気合いを入れ直す。芥の顔に、今度は自然と笑みがこぼれた。

 

 

--------------

 

 

 事態が新たな展開を見せたのは、その翌日だった。

 

 

「おい、山吹」

 

 

 その時、解析室には4人ほどが詰めていた。その内の一人……饗庭と言った……が、芥に耳打ちしてきた。傍受している通信の様子がいつもと違うと言うのだ。

 

 

「何が?」

 

「分からん。けど、さっきからやたら賑やかなのさ。どっかの要塞が落ちたか、新兵器でも完成させたか」

 

 

 饗庭は『上寄り』の人間だと誠から聞いている。そのためか、時々こうして芥の反応を観察しているきらいがある。

 

 

「新兵器?」

 

「どこでもいつも開発してるだろ。そういう事があっても不思議じゃないぜって話。とにかく初めてお目にかかる言葉がゾロゾロしてんだ。お前の得意分野だろ?見てくれよ」

 

「分かった」

 

 

 またか、と内心ため息をつきながらも記録を受け取り、早速作業に取りかかった。

 

 

 ……軽い既視感が芥を襲った。何故か見覚えのある言葉が並んでいる。

 

 程なくその意味を理解し、芥の顔から一気に血の気が引いた。

 

 

(何で……こんなところだけ一致するんだ!)

 

 

 手が震えそうになる、それを必死で押し止めた。

 

 

「山吹?」

 

 

 駄目だ。気付かれてはいけない。

 何とか苦笑を浮かべ、内容の難しさに困ったという風を装う。

 

 

「いや、確かにこれは難解だな。ちょっと調べてくる」

 

「直ぐ戻って来いよ。サボんじゃねーぞ」

 

「分かってる」

 

 

 交代でも無いのに立ち上がった芥に、誠は気づいた。

 振り向いた瞬間、視線が合う。その眼は『外に来てほしい』と訴えていた。

 

 

(……何があった?)

 

 

 芥が退出してから少し間を置き、それとなく饗庭に聞いてみる。

 

 

「山吹はどうした?」

 

「調べ物っすよ。ちょっと妙な通信を拾ったんで。俺じゃ無理だったんで頼んだんです」

 

「そうか」

 

 

 これ迄にも、こんな事は幾度かあった。

 だが今回は、妙に何かが引っ掛かる。

 

 

「……様子を見てくる。すぐ戻る」

 

 

 解析室を出る。左手奥、資料室の前で手招きする芥がいた。

 

 

「どうした?」

 

「とりあえず中へ。頼む」

 

 

 芥は彼を資料室に引き入れると、先程の記録を見せながら早口で説明した。

 

 

「『あの国』が新型爆弾を開発した。使用されれば、万単位での犠牲者が出る」

 

「……万単位?」

 

「ああ」

 

「何故、分かるんだ?」

 

 

 誠が訝しむ。当然だ、芥がいくら読解能力に長けた人間だと言っても、軍事そのものには通じていない。少し前迄は軍隊の基本すら知らなかったのだから。

 

 

「『俺の世界』で半世紀以上前に使われた物と、記述がそっくりなんだ」

 

 

 だが、『彼の世界の過去』に記録があれば、話は別。

 

 

「しかも、付けられてるコードネームまで全く同じだ。偶然とは思えない」

 

「同じだとすれば、それは何だ?」

 

「……原子爆弾」

 

 

(……なんて事だ!)

 

 

 軍事大国と呼ばれる国々が競って開発を進めているものの中でも最強と言われる兵器。上層部以外では、誠くらいしか耳にしていない話だ。

 

 それを芥が知っている事がバレたら、ただでは済まない。

 

 

「……記録は預かる」

 

 

 記録用紙には『実験成功』『実用化』などの文字が並んでいたが、幸い、未だひと目で其れと分かるような物ではない。

 

 

「芥。解析室に戻ってもこの事は言うな。以後の情報分析は饗庭に回す」

 

「……どうして?一刻も早く上に報告しないと」

 

「勿論、報告はする。但しこの記録の内容だけだ」

 

「駄目だ!これだけじゃ何も解らないじゃないか!何万人もの命が消えるかもしれない、なのに一から……コードネームの解読からやるのか?時間が無い!」


「落ち着け。君の世界と同じ事が起きるとは限らない」

 

「だけど」

 

「芥」

 

 

 なおも言い募る彼の肩を掴む。そして言った。

 

 

「全てを話せば、君は消される」

 

「え……」

 

「”それ"は君の世界では『既に起きてしまった事』かもしれないが、この世界では『未だ起きていない事』だ。……分かるか?此れが上に伝わった瞬間、君は先読みをしてしまった事になる」

 

 

 ひゅ、と芥の喉が鳴る。

 

 

「だから話すわけには行かない。正規の手順を踏む」

 

「……皆は、どうなる?」

 

「此処まで来れば結果は大して変わらない。僅かな可能性を拾っていくだけだ」

 

「そんな……」

 

「間違えるな、芥。戦争は『この世界』で起こっている。迂闊な介入は誰の為にもならない。今は自分の事だけを考えろ」

 

 

 芥の身を案じるが故の、厳しい言葉。反論の余地は無い。

 

 

「……分かった。誠、君の言う通りにする」

 

 

 自分の一挙一動が予想外の結果を招く。個人的な判断は危険な状況なのだ。

 改めて気持ちを引き締める。

 

 芥が冷静さを取り戻したのを確認し、誠が次の指示を出した。

 

 

「よし、芥はとにかく戻れ。俺もすぐに行く。指示を出したら、大尉に報告する。饗庭には、この件は俺に任せたとだけ言うんだ」

 

「了解」

 

 

 

 芥は足早に解析室に戻った。席に着くなり、饗庭が話しかけてくる。

 

 

「何か分かったか?」

 

「いや、大して……新兵器の開発成功ってのはその通りみたいだけど」

 

「マジかよ。こりゃこれから大変だな。どんな兵器さ?」

 

「あれだけの情報じゃ分からない、内容も専門的過ぎて……少尉が来てくれたから後は任せた」

 

「何だそれ、意味深」

 

 

 饗庭がしつこく食い下がる。だが会話はそこまでだった。

 誠がやって来て手際良く指示を飛ばす。

 

 

「相手国が新型兵器の開発に成功した。詳細は不明だが、量産されれば近い内に実戦に投入してくるのは間違い無い。ここからは、今まで以上に時間との勝負だ。気を抜くな。

 山吹は解読作業を続行。通常の分も怠るな。通信の傍受は朽葉に任せる。饗庭は新型兵器の詳細情報を探れ。作戦コードネームは……」

 

 

 場の緊張感が一気に高まった。饗庭も『ちぇ、俺が担当か』と愚痴りながらも配置につく。彼からの追求が止んだ事に安堵し、芥もコンソールに向き直った。

 

 

-------------

 

 

 指示を出し終えると、誠は直ちに黄丹の元へと走った。

 黄丹は然程驚いた風も無く彼の報告を聞くと、手渡された記録に目を落とす。

 

 

「そうか、いよいよ正念場だな。此れを解読したのは?」

 

「報告は山吹から受けました。最初に通信を拾ったのは饗庭です」

 

「そうか。まあ確かにこれだけでは具体的な内容は分からないが……」

 

 

 ギラリと、黄丹の眼が誠を見据えた。

 

 

「山吹は、何と言ってた」

 

「饗庭から解読を頼まれたと。しかし彼でも分からない部分があるとの事で、自分に報告をしてきました」

 

「その程度の報告を、わざわざ外でしていたのか」

 

 

 不意のひと言。

 

 

(何故……それを?)

 

 

 僅かな動揺が誠の瞳をよぎった。

 それを見逃す黄丹では無い。薄く冷笑を浮かべ、視線は外さずに話を続ける。

 

 

「ついさっき、饗庭から報告が来た。この記録を見せてから山吹の様子がおかしかったとな」

 

「まさか……大尉、が?」

 

 

 饗庭に芥の事を探らせていたと言うのか。

 

 

「大佐に言ったら饗庭を寄越してきた。お前には言っていなかったが、彼奴はこの前、D区での通信を傍受した人間だ……流石に原子爆弾だとは気付けなかったようだが」

 

「な……!」

 

 

 愕然とした。

 

 

『残念ながら分からずじまいだ。そこは伝え切れなかったらしい……』

 

 

 あれは嘘。

 黄丹はあの時、既に全てを把握していたと言うのか。

 

 誠の反応を見て、黄丹は満足げに頷いた。

 

 

「やはり、そうか。何故、山吹がこの事を知っている?」

 

「……」

 

「答えられないか。まあ良い」

 

 

 徐に黄丹が立ち上がる。その瞳には剣呑な光が宿っていた。

 

 

(……芥!)

 

 

「大尉、一体何を?」

 

「これ以上、貴重な部下が腑抜けになっても困る。奴は危険分子だ」

 

「……待って下さい!」

 

「お前は下がってろ。今なら、お前も奴に利用されたと言うだけで済む」

 

「大尉!」

 

 

 行かせたら終わりだ。その足を止めようと黄丹に飛びかかった。

 だが瞬時に身を躱され、誠はバランスを崩す。その後頸部に手刀が打ち込まれた。

 

 

「!」

 

 

 声も無く倒れ込む……意識を失う直前、彼の耳に微かに黄丹の声が届いた。

 

 

「これ以上手間を取らせるな。暫く其処で横になっていろ」

 

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20091109-20110521-20180916