Part 1 -- T.W.W. --

 

 自分のいる場所はどこなのか。

 

 自分はどこから来たのか。

 

 

 問いの答えも、そんなことを思う理由も分からない。

 

 ただ、夕日を見ると漠然と湧き上がる望郷の念。

 

 

 それは

 いつの物とも知れぬ、朧な記憶。

 

 

----------

 

 

「あ、芥。起きた?!元気?」

 

 

 受話音量を絞ってても響き渡る元気いっぱいの声。

 毎朝必ずかかってくる、彩からのモーニングコールだ。

 

 

「……元気です」

 

 

 こう返すのも、既に日課。

 母親がいたらこんな風にあれこれ世話を焼いたり口出しをしてきて、それに対して文句を言って喧嘩もたまにはして……なんて感じだったのかな、などと芥は思っている。

 

 随分前に母親を亡くした彼にとって、このモーニングコールは寧ろ『嬉しい』の部類に入ってくるが、近頃はすっかり慣れて返す言葉もぶっきらぼう。

 

 まあ、寝起きというのもあるのだが。

 

 

「もぉ~相変わらずね!ちゃんとご飯食べてる?」

 

「はいはい、食べてます~」

 

「今朝は?」

 

「仕事に行く途中で牛丼屋……」

 

 

 言いかけた途端、お叱りの声が雨あられと振ってきた。

 

 

「もう信じられないっ!何で朝からそんな濃ーいモノ食べれるのよ!それで後から気持ち悪くなったって知らないから。いい加減、自分の身体くらい大事にして!」

 

 

 こうなると反論は逆効果だ。必死で言い繕う。

 

 

「いや、大丈夫。定食にするから。それに昼はきちんと野菜食べる」

 

「まさかコンビニサンドのレタス1枚じゃないでしょうね?」

 

「う」

 

 

 生活パターンを知っている彩の、容赦無い指摘。

 ぐぅの音も出ないところまで、今朝も芥は叩きのめされた。

 

 

「……気をつけます」

 

「で、明日は何時頃に来れそう?」

 

 

 明日とは、つまり大晦日。

 

 

「5時くらいになると思う。なるべく急いで行くよ」

 

「分かった。来る時に例の買い出しよろしくね」

 

「追加注文は最小限で……」

 

「未だ分からないわよ。追加あったら連絡する。じゃあね!」

 

「ハイ……」

 

 

 そそくさと電話を切り、芥はがしがしと頭をかきながら起きあがった。

 

 

(ホント、彩には敵わないや)

 

 

 出勤まであと30分。今日はもう師走の晦日で、漸く仕事納め。大した仕事も無いはずだから、早上がり出来るだろう。

 

 

 彩は職場近くの社員寮で一人暮らし。今日は既に“帰省”している様子だ。

 因みに実家と彼女の職場は、電車で4駅しか離れていない。そして実家には、母親がこれまた一人で住んでいた。

 別に母娘の仲が悪い訳でもないのだから(寧ろ非常に仲良しだ)普通に一緒に住めば良いのにと芥などは思うのだが、本人は『経済的にもしっかり自立をするためなの!』と言っていた。

 

 彩の実家で年越しをするのは2回目。今年は夏祭りにも誘って貰った。

 ここまで世話になりっぱなしでは流石に申し訳ないと、今回は彼から正月の手伝いを申し出たという次第。料理は不得手だが、何か出来ることはあるだろう。

 その手始めが、年越し蕎麦の材料の買い出しだった。

 

 

 暖房を入れ、手近にあった上着を羽織ると彼は寝床から離れた。

 

 

「行って来ます」

 

 

 身支度を調え、写真立てに声をかける。これもまた日課だ。

 そこから彼を見送るのは、10年以上前に事故で他界した彼の母親。

 

 

 不仲だった父とは、高校を卒業してから連絡をとっていない。

 

 

----------

 

 

 大晦日も朝から彩のコールに起こされた。

 自分の部屋の大掃除をしている内に昼を過ぎ、慌てて年賀状を書きあげる。投函を済ませ、買い出しリストとカバンを持って芥は彩の実家へと出発した。


 目的地は電車で20分、さらに駅から歩いて10分ほど。道はすっかり覚えている。買い出しは駅前の商店街でと決めていた。

 

 

 

『ホント、若い男の子がいるって良いわね~!食べるのが豪快で見ていて気持ち良いったらありゃしない、さあもっと食べてちょうだいね!』

 

『もう、お母さんったら。お父さんが向こうで妬くわよ!』

 

『何言ってんの。お父さんはね、そんな所ですねたり妬いたりなんてしないの。何てったって、私とお父さんの愛は永遠なんだから!ね、芥クン?』

 

 

 

 電車に揺られながら、芥は去年の大晦日を思い出して自然と頬が緩むのを感じた。

 

 炬燵を囲んで蕎麦をすすりながらの、和やかな年越し。三人での初詣。

 初日の出を拝んだ後、『今年の年越しの時もいらっしゃいな』と言ってもらった事。

 新年を迎えたばっかりで何言ってんだか……と笑う彩と『良いじゃないの、予約予約』と悪戯っぽく笑う母親。その二つの笑顔に引き込まれるように、気づけば芥は『はい』と返事をしていた。



 

 

 

「……これで全部だよな。うん」

 

 

 買い出しを済ませ、芥は足を速める。

 冬は日が短い。夕闇が迫りつつあった。

 

 

「お、ラッキー!」

 

 

 信号が丁度青になるのが見え、芥は小走りになった。

 この交差点を渡れば、彩の家は間もなくだ。

 

 

 しかし。

 

 

(な……?!)

 

 

 渡り切る直前、芥は耳を劈く落雷のような音を聞いた……と思った。

 

 

 だがその正体を確かめる間も無く……彼の意識は瞬時に途切れ、闇に落ちた。

 

 

>>>1-2


2005-20070113-20091027-20110503-20180617