いきなりの大音響と衝撃。

 左腕の激痛と肩の違和感。

 

 拍動に合わせて鮮血が噴き出したのを感じた。

 

 

『おい、ここにも1人いるぞ!』

 

『生きてるか?!』

 

 

 真空の中に居るような奇妙な感覚。

 薄皮一枚隔てた向こうで、大勢が騒いでいる。

 

 

『心拍微弱、出血が酷い。反応無し』

 

『こりゃ駄目かな』

 

『一応動いてるんだろ?可能性があるなら搬送しろ。後は向こうが判断するさ』

 

(判断……)

 

 

 既に俺は治療を受けていた筈だ。別世界の病室で……あれは、夢?

 

 

『固定完了!』

 

『よし、上げろ。ゆっくりとだ!』

 

 

 傍らを何かがすり抜ける。煙の臭いが鼻を突いた。

 機体のグリスが燃えているのか。

 

 

(墜落……いや、襲撃?)

 

 

 相変わらず周りの世界は曖昧で触れる事が出来ない。

 だが危険が迫っているのなら仲間に報せなければ。

 

 

(……くそっ!!)

 

 

 必死で起き上がろうと藻掻く。だが腕も脚も全く動かない。

 煙の勢いが強まった。声が出ない。

 息が……。

 

 

「……こと……おいっ!誠、大丈夫か?!」

 

 

 不意に聞き覚えのある声が意識に割って入って来た。

 

 

「気ぃついたか?おい!」

 

 

 覚醒させようと何度も叩いていたのだろう。右の頬に軽い痛み。

 

 

(左腕……動く)

 

 

 眼を開けば、心配そうな敬の顔がそこにあった。

 戻ってきた。『現実』に。

 

 

「ああ、大丈夫……夢を、見ていた」

 

「すげぇ魘されてたぞ。ひでぇ夢だったのか?」

 

「酷いと言うか……とんでもなかった……悪いな、起こして」

 

 

 夢、だったのだろうか。

 

 

「ンな事気にすんな。もう夜明けだ、起きようと思ってたトコさ」

 

 

 誠はそっと息を吐いた。動悸も収まってきている。

 

 

「……もう起きるのか?」

 

「ロビーまで散歩。朝メシまで時間あるからな。大丈夫なら、もう暫く寝ておくか?」

 

「ああ、そうする」

 

 

--------------

 

 

「おはようございます。蘇芳さん」

 

 

 リハビリテーションルームの片隅で筋トレ……どう見てもリハビリの範疇を超えている……をしている敬のところへ、海松がやって来た。

 

 

「おはよう」

 

「凄い回復力ですね。未だ5日目なのに」

 

「左脚は時々痛ぇけどな」

 

「其れは当然です。『無理は禁物』っていう身体からの警告ですよ」

 

「分かってるって」

 

 

 真面目な忠告に、ついつい苦笑した。自分としては、かなり身体の軽さも戻って来た気がするし、環境にも馴染んだと思っているが。

 

 

「あ、回診?部屋に戻ったほうが……」

 

「いえ、昼食前に伺いますので、その時に。桑染さんは先に診させていただきました」

 

「どうも無かったか?アイツ今朝は相当、魘されてたんだが」

 

「そうなんですか?」

 

 

 海松は手もとのファイルを捲る。

 

 

「……ひょっとしたら脚の痛みが影響しているのかもしれません。データはどれも正常に戻ってきているので、大丈夫だとは思いますけど」

 

「そいつぁ、あり得る話だな」

 

 

 誠の怪我は両脚が一番酷い。鎮痛剤は出されているが、完全に痛みを制御するのは難しいかもしれない。

 

 

「無駄に我慢強ぇから傍目にはさっぱり分かんねぇんだ、アイツ」

 

「……でも、痛みそのものが消えるわけではありませんから」

 

「体力も削られるし、あまり良い事じゃねぇよな」

 

「そうですね。先日の事は、桑染さんの身体が限界を感じ取って、強制的にご自身を眠らせたのかもしれません」

 

 

 ……彼がトランス状態に陥った、あの夜。

 無事に正気を取り戻してホッとしたのも束の間。赭との話が終わった途端、彼はコトリと眠りに落ち、それから昨日の夕方まで40時間以上、全く目覚めなかったのだ。

 

 

「回復には眠るのが一番です。まだここ数日はお辛いでしょうが、食事の量も増えてますからあまり心配されないように。赭先生が戻られたら、また診てもらいましょう」

 

「ありがとう」

 

 

 ……赭は昨日の早朝、例の患者のアフターフォローに出発する直前にも、眠り続ける誠の様子を見に来てくれていた。

 

 

『とっくに30時間を超えてるが、声をかけても全く反応が無い。大丈夫なんですか』

 

『大丈夫です、君の仲間を信じてください。後は大いなる存在の導きのままに』

 

『……大いなる存在?』

 

 

 短い、不可解な会話。

 

 分からない事はごまんとある。此処が戦乱の世でなかったのは心底助かったが、誠の怪我が治るまでは、元の世界に戻る云々どころじゃない。

 

 それでも、笑顔で立ち去る彼を見送れば心は落ち着いた。

 

 

「……ぼちぼち行くっきゃねぇけどなー」

 

 

 敬は筋トレを再開した。赭が戻るのは明日の夕方だ。

 

 

--------------

 

 

「……その時の担当が青褐だったんだ。彼のお陰で時間稼ぎが出来た

 

「あ、ソイツ前に話した事ある。やたら仁をリスペクトしてたヤツだよな?統の同期で……」

 

 

 昼食後の敬は完全にフリー。だが特にやりたい事も思いつかないし、そもそも誠がベッドから動けない。折角なので、31の経緯の続きを彼から聞く事にした。

 

 

「彼がいなかったら、もっと手前で追跡隊に捕捉されていた筈なんだ。もしそうなっていたら……」

 

 

 この日の誠は、F国への亡命を図った時の事……つまり彼や芥が『この世界』へ跳ぶ直前の出来事を話したがった。改めて聞く程に、よく無事だったものだと敬は思う。

 

 

「……誰か来たぞ」

 

「ああ」

 

 

 軽い足音がドアの前で止まった。話の最中でも、二人ほぼ同時に気付く。

 

 

「別のスタッフでも来たか?」

 

「水柿のヤツ、何も言ってなかったけどなぁ」

 

 

 海松は内科病棟の回診アシストに行っている。水柿は、ついさっき誠の処置を終えて出て行ったところだから、次は3時間後の筈。

 

 そしてノック音は、海松や水柿のそれとは全く違っていた。

 

 

「はい」

 

 

 敬が立ち上がり、ドアの前まで行く。

 

 

「どなたでしょうか」

 

 

 ドアの開く気配は無い。そのまま見えない相手に問いかけた。

 

 

「すいません。あの……赭先生に伺って来ました」

 

 

 返ってきたのは女性の声。

 

 

「赭先生から?」

 

「はい。山鳩と言います」

 

 

 目だけで『どうする?』と誠に問えば、彼は顎を軽く引いた。赭の関係者なら大丈夫だろう。

 

 

「どうぞ」

 

「あ……」

 

 

 ドアを開けた敬と目が合った途端、彼女の動きが止まる。瞳がまん丸になって……いや、大丈夫。これはトランス状態ではない。

 

 だが、どうしたものか。

 

 

「えーっと……」

 

「どうした?敬」

 

 

--------------

 

 

 突然の来訪者は、山鳩 葵と名乗った。扇の知り合いで、彼の身の回りの世話を手伝っていたと言う。そこで芥との接点があった訳だ。

 

 

「それで、さっき俺を見た途端に固まったのか」

 

「はい……本当に芥さんとそっくりで驚いてしまって。ごめんなさい」

 

「大丈夫、気にしてねぇよ」

 

「ところで、君が何故僕たちのところへ?赭先生から何か指示でも?

 

 

 誠が尋ねる。看護は得意らしいが、特に自分達が世話をしてもらうような事は無い筈だ。

 

 

「いえ……実は扇からの伝言があって、それを」

 

「え?」

 

「僕たちに、本人から直接?」

 

「はい。もしも私が貴方達に会う事があれば、よろしく伝えてと言ってました」

 

 

 扇が赭に“予言”を託した事は、一昨日に聞いた。だが葵が言っているのは、また別だ。

 

 

「人違いとかでは?」

 

「いえ、貴方達の事で間違い無いと思います。芥さんに似た人と金髪の男の人が先生の所へ来るからと聞いていたので

 

「参った。コイツぁマジだぜ!」

 

 

 敬がオーバーアクションで驚く。

 

 

「脱帽だね。僕達じゃないって否定するほうが難しそうだ」

 

 

 誠も苦笑するしか無い。

 

 

私も、先生から連絡が来た時には本当に驚きましたけど……」

 

「ホントに凄ぇヤツなんだな、扇は」

 

「でも、お二人も他の世界から来られた訳ですし……それも凄い事だなって思います」

 

「別に来ようと思って来たワケじゃねぇけど。でもご褒美付きだったからラッキーだ」

 

「ご褒美?」

 

「ああ。だって此処じゃ、俺達は得体の知れねぇヤツらじゃねぇか。なのに先生も君もこうして受け入れてくれて、怪我の治療までしてもらって、オマケに仲間と奇跡の再会まで果たせたんだ。でっかいご褒美だろ?」

 

 

 敬の大袈裟な仕草と言い様に、とうとう葵は吹きだした。

 


「すごくポジティブなんですね」

 

「彼の美点だね。唯一の」

 

「おい、褒めるか落とすかどっちかにしろ」

 

 

 笑って形だけの反論をしておいて、敬は話を続ける。

 

 

「扇だってそうさ。俺達の事まで気遣ってくれてるなんて有り難ぇ事だ」

 

「良かったです……そう言って頂けて

 

「俺達から礼を直接言えねぇのは、ちょっと残念だけどな」

 

 

 肩を竦める彼に、しかし葵は頭を横に振った。

 

 

「いえ、きっとその気持ちは彼に届いてます。でなければ、私に伝言を託したりしなかったと思いますから」

 

「……じゃあ、他にも何か?」

 

 

 扇からのメッセージは、単なる挨拶と言う訳ではなさそうだ。

 

 

「はい。『“答え”は貴方達が持っているから、大丈夫です』……これを、必ず伝えるようにと言われていたんです」

 

「答え?」「持っている?」

 

 

 二人は顔を見合わせ、首を捻った。

 

 

--------------

 

 

 小さなモニターに映る、見覚えのある顔。

 

 

(統……?)

 

 

 無事だったのか、と声をかけようとして叶わない事に気付く。

 見えない何かで遮蔽されている、あの感覚。

 

 代わりに別の声が聞こえてきた。

 

 

『ご苦労様』

 

『そっちこそ』

 

 

 モニターから返ってきたのは、綺麗に響くアルト。統のものではない。

 

 

(でも……よく似ている)

 

 

 髪の色。そして、はっきりとした意思を持ったルビー色の瞳。

 

 

『そっちは?』

 

『二人と顔合わせしてもらって、さっさと休ませた……彼、一体何者?めちゃめちゃ聡いコじゃない』

 

『やっぱり苦労したか』

 

『苦労どころじゃない、あんなの反則よ。久しぶりに冷や汗かいたわ』

 

 

 深刻な空気を和らげようとするような、低い笑い声。

 

 

『悪いね』

 

『思ってもいないクセに』

 

『そんな事無い。来世にでも、この埋め合わせはさせてもらうから』

 

『何言ってんの』

 

『無理なら、せめて別世界の君に』

 

 

 乾杯をしようと掲げたグラスに映り込んだ顔は。

 

 

(え……!?)

 

『……僕たちの最後の明日に、乾杯』

 

 

 衝撃が全身を駆け抜け、誠は反射的に跳ね起きた。

 

 途端に周囲を包む静寂。

 聞こえるのは敬の寝息と、自分の荒い息づかいだけ。

 

 

(今のは……)

 

 

 鮮明過ぎる、夢。

 

 あれは、統ではない。
 そしてグラスに映った顔……似てはいたが、別人だ。自分ではない。

 

 だが……だとしたら、この懐かしさは何なのだろう。

 

 

(昨日、あんな話を聞いたせいだろうか……)

 

『……扇は「元は一緒なんだよ」って言ってました。私たちも、宇宙も、遡れば元は同じ一つのもの。だから見えない何処かで繋がっているんだ、って』

 

 

 葵の話は、思いも寄らない方向へと広がっていった。

 

 

『繋がってるって……まさか、俺達と君達も?』

 

『そうなんです。宇宙は一つの“何か”から始まった。其処から更に、世界が分岐を繰り返して広がった……って、よく彼は言ってました。

 今までは実感が湧かなかったんですけど、今日お二人にお会いして、ああそう言う事なのかな、だから芥さんや貴方達とも会えたのかな……って思えるようになったんです』

 

 

「何処かで繋がっている……か」

 

 

 夢ではないのかもしれない……誠は、そう考え始めていた。

 

 

 

>>>AW(4.5)

 

 

20160103-20190729