Another World

 

 幾つもの手榴弾が飛んでくるのを確かに見た。
 爆風と砂塵を全身に受けた筈だった。

 

 

(……誠!)

 

 

 彼だけは死なない。死なせない。死なせてはならない……だが、守れたのだろうか。

 

 

「……分っかんねぇなぁ」

 

 

 意識を取り戻した敬の視界に入ってきたのは、鬱蒼とした森。

 見上げれば青空、そして見下ろせばヘリらしき機体の残骸。

 

 

「どー言う事だ、コレ」

 

 

 大樹の枝に引っ掛かったまま、彼は首を捻った。

 

 

--------------

 

 

「主に打撲、あとは裂傷、擦過傷です。左脚は骨にヒビが入っていますけれど、明らかな骨折にはならずに済んだようですね」

 

「それなら有り難い。助かりました」

 

 

 好意的な笑顔を見せながら診察と治療を施してくれた医者……研修医だと言っていたが、なかなかの腕だ……に、敬は素直に礼を述べた。

 

 理解出来ない事は山積みだが、未だ此方から問いは発しない。先に己の五感で現状を可能な限り把握する。幸い言葉は通じているのだから、質問はいつでも出来るだろう。

 

 

「ご気分は?」

 

「平気ですよ。治療していただいたお陰です」

 

 

 言って此方も笑顔を返せば、彼女は小さく笑ったようだった。素直な育ちを感じさせる、嫌味の無い笑顔。

 

 

「少しお待ち下さい」

 

 

 断りを入れてから、彼女はカルテに記録を書き始めた。会話が途切れ、手持ち無沙汰になった敬は辺りを見回す。

 

 彼が腰掛けているのは病室のベッドサイド。『汐』と書かれた小さなネームプレートがヘッドボードに掛けられている。敬が名乗った偽名だ。

 

 清潔な空間。整った設備。潜入前の情報には入っていなかったが、この地域の中核病院だろう。

 

 今のところ監視や警戒をされているという感じでは無い。

 

 

「……汐さん、お待たせしました」

 

 

 カルテをサイドテーブルに置き、替わりに薄い冊子を手に取る。

 

 

「こちらを」

 

 

 冊子は敬に渡された。

 

 

「これは?」

 

「入院される方へのガイドです」

 

「へっ?」

 

 

 直ぐに退院させられると思っていたのだが。

 

 

「必要ですか?入院」

 

「治療はほぼ終わっているんですけど、今暫く経過を観察させて頂きたいのです。頭部へのダメージは時間を置いて出て来る事もありますし」

 

「そうですね……確かに」

 

 

 これは否定出来ない。実際、自分の身に何が起こったのか一切覚えていないのだ……爆風を受けた筈だったのに……。

 

 

「それと、これはこちらの都合で申し訳無いのですけれど」

 

 

 彼女は説明を続けた。

 

 

「私は研修医なので、患者さんに関する最終判断を許可されていません。本来の担当医には汐さんの様子を連絡してありますが、生憎出張しているので、これ以上の対応が出来ないのです」

 

「そうですか」

 

「明日には戻りますので、それまでは此処に居て頂きたいと」

 

「分かりました。そうさせてもらいます」

 

 

 仕方無い。ここは相手の言う通りにしておく事にした。身の安全を考えても、ここに留まっておいたほうがマシな気がする。

 

 

「すいません、ご不便をおかけして」

 

「いや。こっちこそ手間かけさせて悪いね」

 

 

 少し砕けた口調にシフトさせて、警戒を解いた事を示す。それには相手も伝わったようで、彼女が小さく安堵の溜め息をついたのを敬は確認した。

 

 

「ガイドは、後でゆっくり目を通していただければ。院内の見取り図などもあるので、ご参考にしてください。食事は後ほどお持ちします」

 

「分かった」

 

「それと……あの、一つお尋ねしたい事があるんですが」

 

「何?」

 

 

 リラックスした雰囲気はそのままに、敬は意識を切り替える。聞かれる内容によってはこちらも対応を変えねばならない……だがそれは杞憂に終わった。

 

 

「貴方は、山吹 芥さんでは無いんですよね?」

 

「山吹?」

 

 

 全く聞き覚えの無い名前だ。

 

 

「いや、違う」

 

「そうですか……すいません、とても似てらっしゃったので」

 

「そうなんだ?」

 

「はい。それで、その方にはスタッフが皆、お世話になりまして」

 

「そっか」

 

 

 尋ねずにはいられなかった、と言うところか。

 

 

「すまねぇな、人違いで」

 

「いえ、こちらこそいきなり失礼しました」

 

 

 これで話は一旦終わり……そう思ったのだが。

 

 

「では、金髪の男性の方のお知り合いですか?」

 

「……えっ?」



--------------

 

 

 ふと、意識が活動を再開したのを感じた。

 

 

(……どうなってるんだ)

 

 

 自分は死んだ筈。試しに体を動かそうとしてみたが、反応は無い。と言う事は、体を亡くした自分が思考だけはしているらしい……これが意識体と呼ばれるものだろうか。

 

 意識だけになった自分を意識している。どう言う事だろう。

 

 少なくとも、もう『ヒト』ではなさそうだ。

 

 

(人ではない、か……)

 

 

 何故か笑いがこみ上げてきた。自嘲ではない。寧ろ幸福感に満ちている。無限の底から湧いてくるような、或いは天上から降り注いでくるような、そんな快い感覚の導くままに。

 

 こんな風に笑えるのは、本来の自分ではあり得なかった……俺はやはり、死んだようだ。

 

 

(こんな解放感が味わえるなら、それも悪くない)

 

 

 ……では今ここで思考しているのは誰だ。

 

 

『しっかりして下さい。お名前は?』

 

 

 遠くから声がした。最早死んだ者の名前など要らないだろう。

 

 

(五月蠅い)

 

 

 しつこく問い掛けてくる声。職務に忠実なのか、元々の正義感か、或いは……いや、もうどうでも良い。

 

 俺は……僕は……もう、解放されたんだ……。

 

 

--------------

 

 

『汐さんと同じ場所で見つかった方なんです』と前置きして、海松と名乗った研修医は救助隊員からの報告書を確認しながら教えてくれた。

 

 

「お名前は聞けてないんだそうです。意識を失われて……。墜落したヘリの下敷きになっていて発見が遅れ、救出時にはかなりの出血をされていたとの事です」

 

「生きてるの?ソイツ」

 

「重傷ですが、命に別状は無いと聞いています。意識が戻るまでには、もう少し時間がかかりそうですけど」

 

「そっか……ソイツ、金髪だって?」

 

「そうです。瞳は……緑がかった青。身長は貴方と同じくらいですね」

 

 

(誠だ)

 

 

 まず間違い無い。

 

 

「なら、俺の仲間だと思う。会えないかな?ひと目だけでも」

 

 

 無事と分かって少し安心したが、怪我の程度が気に掛かる。

 

 

「しばらくお待ち頂けますか?ご本人は重傷者用の病棟におられるんですが、そこでの面会には病棟長の許可が要りますので」

 

「分かった」

 

 

 『5分ほどで戻ります』と言い残し、彼女は一旦病室から出て行った。その間に入院ガイドが読めるかと、ページを捲ってみたのだが。

 

 

「……何か、すっげぇ違和感」

 

 

 思わず呟く。一気に最後のページまで読み飛ばした。

 

 

(コンセプトが、違う)

 

 

 病院としての機能は同じだが、その配置や建物の構造の考え方が、敬の知っているどの国のものとも全く違っていた。何が違うと問われれば『何もかもがオープン過ぎる』としか言えないが……ここに載せていない事が多々有るとしても、やはり異色過ぎる。

 

 

(こんなのが成立してるって事ぁ……えらく平和なトコらしいな)

 

 

 苦笑しながら裏表紙を眺めれば、救助された時から抱いていた疑問に対する答えが一つ、記載されていた。

 

 

「……2036年7月、ね」

 

 

 ガイドを放り投げ、ベッドに仰向けに転がって溜め息を一つ。

 

 

「何処だよ、ココ」

 

 

 妙な事になったと思った。これはいよいよ、誠に早く目覚めてもらわねばならない。自分一人ではお手上げだ。

 

 

「失礼します」

 

 

 軽いノックの後、海松が再びやって来た。薄手のカーディガンを手にしている。

 

 

「許可が出ました。未だ意識は戻られてないですけど、顔を見るだけならと」

 

「十分だ。助かる」

 

「では行きましょうか。よろしければ、これを」

 

「サンキュ」

 

 

 渡されたカーディガンを羽織り、敬は彼女の後について行った。

 ロビーの天井はガラス張り。ゆったりした空間には、寛いだり談笑したりする人々の姿があった。

 

 

「すげぇな。どっかの高級ホテルのラウンジみてぇだ」

 

「そうですか?ありがとうございます」

 

 

 海松が、ふふっと笑いながら礼を言う。敬の物言いが面白いらしい。

 

 渡り廊下を通って、3分ほど歩くと重傷者棟に着いた。

 

 

「海松です。先程連絡させていただいた件で……」

 

 

 スタッフルームに声を掛ければ、看護師らしき人物が顔をのぞかせた。敬を見て一瞬目を瞠ったようだ……が、すぐに柔和な笑顔に戻る。

 

 

「山吹さん?」

 

 

 また先程の、知らない人物の名前が出て来る。

 

 

「いえ、汐さんと仰います。あの現場で……」

 

 

 海松が急いで訂正してくれた。

 

 

「そうでしたか、失礼しました」

 

「いえ、別に」

 

 

 別にとやかく言うつもりも無い。敬も笑顔を返し、再び海松の案内に従った。

 

 

「こちらです」

 

 

 スタッフルームから3つ目の個室で足を止める。『すいませんが、お静かに』と念を押して彼女はドアを開けた。室内から聞こえてきたのは、複数の機械が立てる小さな稼働音だけ。

 

 

「……」

 

 

 促され、敬は無言のままベッドに歩み寄った。確かに、それなりの重傷だ。そこかしこに包帯を巻かれているし、点滴も2本、一気にやられている。

 左の頬にはガーゼ。金色の髪は一部が熱にやられたらしく、縮れていた。

 

 

「……誠」

 

 

 本人にしか聞こえない程の小声で名前を呼び、顔をのぞき込む。

 そして心底驚いた。叫ばなかったのは奇跡だろう。

 

 

(こりゃどういう……)

 

 

 確かに彼だ……どうやっても20代後半にしか見えないと言う事を除けば。

 

 

「やっぱり、お知り合いの方でしたか?」

 

 

 硬直する敬の隣にやってきた海松が、そっと尋ねる。

 

 

「ああ、間違い無い。けど……」

 

「けど?」

 

 

(たった半日だぞ?おい……)

 

 

「……汐さん?!」

 

 

 うーんと唸ると、敬はそのまま床に崩れ落ちた。

 

 

--------------

 

 

 気付けば元の病室にいた。

 

 

「……30分てトコかな?俺が気絶してたの」

 

 

 ベッドサイドの時計に目をやり確認すれば、海松が笑顔で軽く頷いた。

 

 

「そうですね。軽い脳貧血のようです。大丈夫そうなら、これを」

 

「サンキュ」

 

 

 手渡された白湯を一口すする。優しい温かさが体内にじんと伝わり、敬はようやく大きく息をついた。

 重傷ながらも無事だった相棒の姿を見て気が緩んだのか、或いはその外見の変わりように驚いたのか……恐らく両方なのだろうが、流石に敬も少なからず混乱したようだ。

 

 

「やっぱ疲れてるんだろうな。ここに居させてもらって正解だ」

 

「ですね」

 

 

 彼の言葉に海松がニッコリと笑う。

 

 

「遠慮せずに休んでいってください。お食事、持ってきますね」

 

「サンキュ」

 

 

 病室のドアが閉まり、足音が遠ざかる。残りの白湯を飲み干し、敬はもう一度大きく溜め息をついた。

 

 

「……ホントに、1950年じゃねぇんだよな。あの国でもねぇし」

 

 

 独りごち、そのまま推理の迷宮に入り込む。

 

 

(で、誠が明らかに老けてやがる……半日の間に?それとも俺が何か……?)

 

 

 自分が本来の座標軸から外れてしまった事は何となく解ったが、いったい彼にまで何が起きたと言うのか。

 

 

(先読みが失敗だったってだけじゃねぇよな、これ……)

 

 

 先読みで全てが『見える』訳ではないが、訓練を重ねてきた事で要所要所のイメージは明確に取れるようになっていた。たとえ断片的なヴィジョンしか取れなくても、それらを繋ぎ合わせて総合的に見る事で作戦の成功率は十分予測出来ていたのだ。的中率は、直近の6カ月間で95%を超えるまでになっていた。

 

 だが確かに今回は、これまでに無かった事が起きていた。帰還に関する情報が、すっぽりと抜け落ちて一切読み取れなかったのだ。

 それでも一方では、誠が怪我を負いながらも生還するヴィジョンを見た。だから戻れない訳ではない。相当厳しい事にはなるだろうが、彼が戻れるのなら任務は果たせると判断した。作戦の成功率を9割と黄丹に報告し、即座に任務実行の命が下され……なのに、どうしてこうなった。

 

 

「失礼します」

 

 

 ノックに続いて海松の声が聞こえ、敬は一旦考えるのを止めた。

 

 

「冷めないうちにどうぞ」

 

「うわ、スゲェな」

 

 

 サイドテーブルに置かれた夕食を見て、彼は素直に感動の声をあげた。

 

 

「ココ、本当に病院か?」

 

「そうですよ。看護体制もしっかりしていますから、ご心配なく」

 

 

 敬の讃辞に軽口で返すと、海松は室内の設備について一通り説明してくれた。

 

 

「私も当直で明日まで居ますから、何かあれば呼んでください」

 

「そりゃ心強い。色々ありがとな」

 

 

 海松が病室から出て行き、静寂が戻って来た。明朝まで時間はたっぷりある。先に夕食を食べる事にした。
 温かい食事など、本当に久しぶりだ。見た事の無い食材も彼の興味をひいた。味も好みに合っている。

 

 

「コイツぁ良いや」

 

 

 食事を続けながら、テレビのスイッチを入れた。放送チャンネルは3つ。丁度流れていたニュース番組を適当に観る。キャスターが、その日の出来事を順番に伝えている。

 

 

「……」

 

 

 いつしか食事の手が止まり、敬は画面を食い入るように見つめていた。

 

 初めて聞く地名。

 聞き覚えはあるのに、全く政治情勢が異なる国。

 同じようで少しずつ違う、国際関係や貿易事情。

 

 

「マジで別世界に来ちまった、ってか」

 

 

 パラレルワールドってあったな、と頭の片隅でぼんやり思った。とんでもない展開だが、そう考えないとどうにも納得出来ない。

 

 

「……ま、しゃーないな」

 

 

 気を取り直して食事の続きに戻った。テレビはそのままつけておく。

 どんな状況下でも情報収集を忘れない。もう職業病だぜと一人で笑った。

 

 

--------------

 

 

 翌朝、敬は左脚の痛みで目を覚ました。

 

 

「コレでホントにヒビだけかよ……うわ、痛ぇ……」

 

 

 昨日よりも痛みが増している。しっかり処置をしてもらっていても、これだ。

 

 

「よくこんなんで、誠のトコまで行ったなぁ、昨日」

 

 

 何だかんだ言って、昨夜は緊張が抜けきっていなかったと言う事だろうか。それでも他の怪我の部分は昨日より楽になっているし、左脚も数日すれば落ち着く筈だから心配は不要。

 寧ろ用心し過ぎて体が鈍るほうが嫌だった。

 

 

「失礼します。おはようございます、汐さ……」

 

 

 部屋に入るなり、窓枠で懸垂をする彼を目にして海松は絶句する。

 

 

「……何してらっしゃるんですか」

 

 

 やっとの事で口を開いた。敬は涼しい顔だ。

 

 

「トレーニング。お陰で良く眠れた」

 

 

 ありがとな、と笑顔を返されれば、目くじら立てて咎める気にもなれない。少なくとも左脚は無理をさせないようにと念押しするに留めた。

 

 

「朝食が済んだら、リハビリテーションルームにご案内します」

 

 

 それよりも、安全に体を動かせる場所を教えたほうが良いだろう。

 

 

「リハビリテーションルーム?」

 

「折角ですから」

 

「そいつは有り難い」

 

「くれぐれも無茶はしないで下さいね。それと……」

 

 

 海松は言葉を続けた。

 

 

「担当医から、間もなく戻ると連絡がありました。お昼前にはこちらに伺えるだろうとの事です」

 

 

--------------

 

 

 自由落下運動が始まる時のように緩やかに……しかし一瞬で、誠の意識はクリアに切り替わった。だが、自分の置かれた状況を把握するまでには至らない。

 

 

「……」

 

 

 理由の分からない微かな幸福感は消え去り、代わって聞き慣れた機械音が伝わってきた。視界に入るのは、明るいクリーム色の天井。

 

 大きく息をつく。胸に軽く痛みが走ったが、呼吸はしっかり出来ている。

 

 生きている。

 

 

(どういう事だ?)

 

 

 起き上がろうとすれば、途端に右腕に鋭い痛み。ガタンと脇で何かが音を立てる。手もとを見ればチューブが2本、右腕に繋がれていた。

 

 

(……医療機関)

 

 

 点滴のパックが目に入った。

 

 

『しっかりして下さい。お名前は?』

 

 

 あの呼びかけは現実のものだったのか。

 

 

(亡命が成功してても、これだと先が思い遣られる……)

 

「……芥!?」

 

 

 何があったかを思い出した彼は、知らずの内に叫んでいた。

 

 

--------------

 

 

「何してんですか!」

 

 

 機器のアラーム音を聞きつけてやって来た看護師は、室内の様子に目を疑った。

 点滴の針は抜かれ、薬液が床に小さな水たまりを作っている。そしてこの状況を作り出した本人は、腕から血を滴らせたまま床に倒れ込んでいた。

 

 

「無茶しちゃいけません、傷に障ります」

 

 

 この場合、看護師が上背のある男性だったのが良かったのだろう。ただでさえ体の自由の利かない誠は、あっさりとベッドの上に戻された。

 

 

「ヘルプお願いします」

 

 

 枕元のインターフォンにそれだけ言うと、彼は直ぐさま腕の処置にかかった。

 

 

「意識が戻ったのは良いですけど、裂傷・打撲・骨折・火傷とかなり派手にやってますからね。しばらくは安静に」

 

「……」

 

「僕は担当の水柿と言います。宜しくお願いします」

「失礼します」

 

 

 水柿に呼ばれたスタッフがやって来た。

 

 

「先にフロアを?」

 

「ああ。それから整備キットと、点滴の補充をお願いします」

 

「はい」

 

「あと、海松に伝えて下さい」

 

「分かりました」

 

 

 誠も流石にこれ以上動く気にはなれず、そっと溜め息をつく。

 

 

「吐き気とか無いですか」

 

「……大丈夫です」

 

「でしたら、少し頭を上げさせてもらいます」

 

 

 軽い振動が起こり、見える範囲が天井から壁、窓へと降りてきた。スツールに腰掛けて処置を続ける水柿と視線が合う。

 

 

「顔のガーゼも替えます。鬱陶しいでしょう?」

 

「……お任せします」

 

 

(何処なんだ?此処は……)

 

 

 水柿が身に付けている白衣は、これまで何処でも見た事が無かった。勿論、F国のそれでもない。

 その事が彼を慎重にさせていた。状況が分からないまま迂闊な言動をして、皆が強制送還でもされたら終わりだ。仲間の安否は気にかかるが、うっかり尋ねる訳にもいかない……そう思っていたのだが。

 

 

「貴方の知り合いの方も無事です。彼のほうが怪我は軽いので安心してください」

 

 

 水柿のほうから教えてくれた。
 だが『彼』と言った。助かったのは一人だけなのか。

 

 

「……彼?」

 

 

 それとなく尋ねてみる。芥か、それとも……だが、次いで返ってきた名前に誠は驚愕した。

 

 

「汐さんです。昨日の夕方、一度此処まで来られたそうですよ」

 

「え……!」

 

 

 『あの時』敬が使っていた偽名だ。

 

 

(まさか……そんな事が?)

 

 

 動揺が伝わったか。水柿が怪訝な顔をした。

 

 

「何か?」

 

「あ、いや……それなら良かった」

 

 

 疑われるのは極力避けたい。今はあまり話さないほうが良さそうだ。

 

 

「……ああ、やはり少し頭がぼーっとしてるみたいです。休んでも?」

 

「勿論です。ベッド、戻しますね」

 

 

 再びモーター音がして、彼は仰向けの姿勢に戻った。

 

 

「後の処置はしておきますから、安心して休んでてください」

 

「ありがとう。お願いします」

 

 

 言われるままに目を閉じ、思考を巡らす作業に集中する。

 

 

(敬が此処に……?)

 

 

 芥から聞いた、似て非なる世界の話を思い出した。常識ではあり得ないこの状況がそうなのだろうか……そして。

 

 

(本当に敬だとしたら、他の皆は……どうなったんだ?)

 

 

 

>>>AW(2)

 

 

20150315-20190323