最終列車

 

「あら、いよいよなのね」

 

「あ、ホント」

 

 

 母と、おばあちゃんのお見舞いに行った日の帰り道。

 しばらく前から完全に使われなくなっていたレトロなビルの一角に、足場の建材が運び込まれていた。

 

「とうとう無くなっちゃうのかー」

 

「相当古いんでしょ?今の耐震基準だと完全にダメだって新聞に書いてあった」

 

「そりゃそうでしょう、もう100年近く前に出来たビルだもの」

 

 

 軽く笑って、母がビルを眩しそうに見上げた。

 

 

「このビル、駅と併用だったって本当なの?」

 

「ホント。終着駅がビルの中なんて、当時は斬新だったそうよ。私も小さい頃、何度か此処から電車に乗った覚えがあるわ」

 

「ふぅん」

 

 

 ビルの裏側の構造をよく見ると、ホームだった名残があるそうで、私も前に見た事はあるんだけど……実際、あんまりピンと来なかったのよね。

 

 

「一年に一回か二回だけだったけどね。おばあちゃんが『大きなお祭りが向こうであるから行きましょう』なんて言ってね」

 

「あー、おばあちゃんて縁日とかお祭りとか大好きだし」

 

「そうそう。私がぐずっても連れて行かれちゃったりね」

 

「え、そうなの?」

 

「そうよ、私、人混みって苦手だったんだもの」

 

 

 でも今はセールとか初売りとかに嬉々として出かけるわよね。


 やっぱり血は争えないんだなあ。

 

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 翌日、例のビルの前を通ったら、カラーテープが賑やかに揺れている部分があった。

 何だろうと思って近づいてみれば、学園祭の時に作ったみたいな手作り感いっぱいの立て看板がでかでかと設置されている。

 

 

「『今日でさよなら!木製旧型電車乗車会』……?」

 

 そんな看板、初めて目にした気がする。


 殆ど毎日この前を通ってるけど、チラシやポスターなんかも見た覚えが無いし……

 でも、ひょっとしたら筋金入りの鉄道ファンとかが企画したのかもしれないわねぇ。

 

 立て看板の前で首をひねっている間にも、私の隣を家族連れがどんどん通り過ぎて行った。

 結構賑やかなイベントかもしれない。そうよね、このビルもこれで最期だし。


 

 おじいちゃんとお母さんに手を引かれた男の子は、『でんしゃ!でんしゃ!』と何度も嬉しそうに叫んでいる。

 

 着物姿のおばあさんが、懐かしそうにビルを見上げながらおじいさんとビルの入口をくぐっていった。

 

(写真くらい撮ってみようかな)

 

 楽しそうな空気に吸い寄せられるように、私もビルの中に入って行く。

 あー、やっぱり私もあのお母さんの娘だわ。

 

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 スタッフの人達は、当時の駅員さんらしき服装で来場者を誘導していた。

 なかなか凝ったコスプレね、超リアル。

 

 『お足元にご注意下さい』と声をかけられたところは石煉瓦造りの階段がある所だった。

 どの煉瓦にもあちこち欠けたり割れ目が入ったりしていて、さすがに年月を感じさせる。

 

 しずしずと言った感じで皆慎重に足を運んでいたけれど、それでも相当の砂埃が舞い上がっていた。

 

 

「はい、こちらが駅改札とホームの階です」

 

 

 別のスタッフの声がした。

 思っていたより広いホームは、それでも大勢の人で賑わっている。別に改札業務をしている訳でもないから、お客さんは自由にホームの端まで行ったり停まってる電車に乗ってみたりと、思い思いに楽しんでいるようだった。

 

 その様子を眺めている内に、ふとワンピースを着たお年寄りに目が行った。

 電車の窓を懐かしそうに撫でている。

 

 

「え、おばあちゃん?」

 

 

 おばあちゃんがお気に入りだと言ってたワンピース。近づいて声をかければホントに本人。

 

 

「あらぁ、咲良(さくら)も来てたのかい」

 

「来てたのかい、って……おばあちゃん、大丈夫なの?」

 

「大丈夫。今日は調子も良いから外出だよ。こんな催し物があるって知ったらおちおち寝てらんないからねえ」

 

「え、知ってたの?このイベント」

 

「勿論さ。おばあちゃんにはおばあちゃんなりの連絡網ってのがあるの」

 

 

 このビル関係の『友の会』とかでもあったのかな。

 

 

「懐かしいねえ。前は此処から電車にのって、隣街の花火大会とかに行ったもんだよ」

 

「お母さんも連れて?」

 

「おや、聞いたのかい?」

 

「うん。ちょうど昨日そんな話をしてたところ」

 

「そうかい。あの子があんたにそんな話をねぇ」

 

 

 おばあちゃんはウンウンと頷きながら私の頭を撫でてくれる。ちょっと恥ずかしかったけれど、久しぶりだったから何だか嬉しさのほうが強かった。

 

 

「咲良とも一緒に乗ってみたかったねぇ。花火大会を見に行ったり出来たのにね」

 

「そうだね。じゃあ今年の花火、電車は無理だけど私の車で行こうよ、ね!

 だからそれまでに元気になって退院してよね」

 

 

 きゅうっと目を細めておばあちゃんは笑い……

 でも返事を聞く前にホームの発車ベルが私達の会話を遮った。

 

 

「懐かしの木製電車、これが最終便となります。長い間ありがとうございました」

 

 

 駅長さんの格好をした人が挨拶を始めた。声がホームに響き渡る。

 来場者はみな、水を打ったようにしんと静まり返った。

 

 

「これより改札を始めます。ご乗車になられるお客様は駅員にお手持ちの乗車券をお見せ下さい。

 お見送りの方は、恐れ入りますが改札口向こう側のお見送りホームに移動願います」

 

 

(改札?)

 

 

 声が終わると同時に、駅員の姿のスタッフ全員が動き出した。

 私達のところにも一人が近づいてくる。

 

 

「失礼。お嬢さんは、乗車券はお持ちでないですか?」

 

「え、持ってないです」

 

「では、あちらへお願い致します」

 

「あ、はい。じゃあおばあちゃん、あっちに行こ……」

 

 

 振り向いておばあちゃんと手を繋ごうとして、その手が空を切った。

 

 

「おばあちゃん?」

 

 

 おばあちゃんが、スタッフに何かを見せている。

 

 

「お……」

 

 

 声が出ない。

 

 おばあちゃんは、改札済の判を押された乗車券を手にして電車に乗り込んだ。

 

 

「すいません、乗車券をお持ちでない方はこちらに……」

 

 

 遠くでスタッフの声と、手を引かれる感覚。

 足下が不安定に波打つ。水に浮かんだ発泡スチロールを踏んでるみたい。

 

 誘導されるまま歩き、見送り用ホームに私は立っていた。

 木製電車が停まっているホームの向こう、線路は20~30メートルほど伸びて、そこで終わっている。

 

 おばあちゃんは、窓から見える景色を懐かしそうに眺めていた。

 隣の乗客と二言三言、言葉を交わし。

 

 それから私の方を向き、ニッコリ笑って手を振った。

 

 おばあちゃんの口が文字を綴る……

 

『あ』『り』『が』『と』『う』

 

 

「……おばあちゃん!」

 

 

 二度目の発車ベルの音。

 静かに、笑顔で電車を見送る人々。

 

 停まってと私が願うほどに電車は速度を上げ……途切れた線路を離れると、そのまま緩やかに空へと昇って行った。

 

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「おばあちゃん、嬉しかったと思うわよ。孫に見送ってもらえて」

 

「そうかな?」

 

「そうよ。この前も話したでしょう?おばあちゃんにとって、あの駅は楽しいお出かけの象徴。

 最期の最高の旅立ちを、一番可愛がってた咲良に見送ってもらえたんだもの」

 

 

 少し年季の入った庵治石の前で、母はそう言って微笑んだ。

 お線香の煙が、真っ直ぐ空へ向かって伸びている。

 

 

「今頃どうしてるかな、おばあちゃん」

 

「どうかしらね?何だか、向こうでもじっとしてなさそうだけど」

 

「あ、言えてる!」

 

 

 顔を見合わせ、私と母は今度こそ大声で笑った。

 こんな所で不謹慎かしら……ううん、そんな事無いわよね?おばあちゃん。

 

 

「私たちも、おばあちゃんみたいに人生を楽しまなきゃね」

 

「そうだよね。やっぱりバーゲンも行って、お祭りにも行って、花火大会を見て」

 

「咲良の花嫁姿も観たいわね。それとやっぱり、私もおばあちゃんって呼ばれたいかな?」

 

「もう、お母さん!相手がいなきゃ始まんないわ」

 

「せいぜい頑張ってちょうだい。それだって楽しい人生イベント!」

 

 

 軽口を言い合いながら、空になった手桶と差し替えたお花を持って駐車場に向かう。

 抜けるような夏の青空は、暑いけれどもやっぱり気持ちが良い。

 

 さあ、今年は何処の夏祭りに行こうかな。

 

 

20100614-20180305