春、巡り。

「え、就職しないの」

 

「うん。やっぱ俺、これ以外考えられんわ」

 

 

 春未だ浅い二月。卒業を前に最後のクラスコンパが開かれた。

 

 4年間の思い出話から、自然と話題は今後の事へと移って行く。 院へ進学する人、家の仕事を継ぐ人、そして就職する人……それぞれがそれぞれの期待と不安を胸にしながら、互いの進路を語り合っていた。

 

 そんな場で唐突に聞いた、柑子(こうじ)の爆弾発言。

 

 

「でも、確か就職先決まったって言ってたよね?」

 

「あー、蹴った」

 

「……さーすがー」

 

「どーも」

 

 

 皮肉いっぱいのひと言もニコニコしながら軽くスルー。

 その様子を見て、決心は固いんだなと分かってしまった。こっちだって、ダテに高校からつるんでるわけじゃない。

 

 

「ま、石の上にも三年って言うし。死にものぐるいでやってみるさ」

 

「じゃあ三年、せいぜい頑張ってみなさいよ」

 

「何だよそれ」

 

「何が」

 

「いよいよ武者修行に出ようとしてる奴に向かって、冷た過ぎね?」

 

「トラのお母さんは子供を崖から突き落として、自力で這い上がってきた子供だけを育てるのです」

 

「俺トラかよ」

 

「百獣の王になりなさいよって励ましてんの」

 

「それ言うならライオンじゃね?」

 

「……いいじゃんどっちでも」

 

 

 軽口、憎まれ口、減らず口。こんな言い合いが出来るのももう終わり。

 

 

「おい柑子、お前マジで音楽一本でやってくのかよ!」

 

 

 そこで隣の話の輪が崩れてこっちに合流してきて、私との会話はそれっきり。今のバンドの奴らとやるのか?へえすげえなあお前等上手いもんなあと集まって来た級友達は、彼の門出を喜んでいるように見えたけれど。

 

 自分の道を貫き通すと宣言した柑子への羨望、嫉妬。

 

 そして『そんなモンでやっていけるワケ無い』という、侮蔑。

 

 そんな感情も彼等の裡に潜んでいるのは、すぐに分かってしまった。

 

 柑子も気付いてる筈。でも知らん顔して彼等に合わせてる。

 

 

(……もう始まってるんだね、柑子の戦いは)

 

 

 それを見ながら何も出来ない自分にもどかしさを感じた。

 

 

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「どーしたんだよ里沙、真面目な顔しちゃって」

 

 

 お開きになって店を出たところで、柑子が私の鞄を引っ張った。

 

 

「いつもこんな顔ですよーだ」

 

「アレ、そっかあ?」

 

「何よ人を間抜けか阿呆のように」

 

「トラが百獣の王なんだろ?」

 

「うっさいわ」

 

 

 どこまでも茶化すような口調にいい加減イラっとして振り向けば、目だけは真剣な薄ら笑いにぶつかる。

 

 

「で?」

 

「……別に」

 

 

 言葉が続かなくて、反撃する気も失せた。

 

 

「なーんだ……まあ、お前も慣れない会社員なんてのになるわけだし」

 

 

 私の鞄を掴んでた手がゆっくりと離れる。

 

 

「とりあえず三年だな、お前も」

 

「……そうだね」

 

「オツボネサマにいびられてピーピー泣くんじゃねーぞ」

 

「余計なお世話。そっちこそシッポ巻いて逃げ帰ってくるんじゃないわよ」

 

「言ってくれんじゃん。俺の根性なめんなよ」

 

 

 フンと鼻を鳴らして柑子が踵を返す。それがひどく残念な事のように思えた。

 

 

「……今度、会ったら」

 

 

 彼の肩が、一度大きく上がって、また下がる。

 

 

「お前の事『彼女』にランクアップしてやるよ」

 

「は?」

 

 

 唐突な言葉に、私の頭はついていけない。

 

 

「何、言ってんだか……って言うか何でアンタ、いっつもそんなに俺様目線な……」

 

「またな」

 

 

 必死の反論も聞かずに、柑子は右手をひらひらさせながら皆と反対の方へ去って行った。

 

 

 

 柑子は卒業式に来なかった。だからこれが、私が最後に見た彼の姿。

 

 ああそうだったのかと自分の気持ちに気付いたけども、時すでに遅し。

 

 

「やられたー……あーもう、何だか……悔しいー……」

 

 

 それから、春は私の嫌いな季節になった。

 

 

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「若苗さん」

 

「はい」

 

「ちょっと、応接室。来てくれるかな」

 

 

 課長に呼ばれて応接室に入る。促されて腰を下ろせば『早速だけど』と話が始まった。

 

 

「若苗さん、ウチに入ってそろそろ二年だっけ」

 

「はい、そうです」

 

「今の部署はどう?すっかり中堅どころだな、って感じだけど」

 

 

 ピンと来た。

 課長がこんな話し方をする時は、配置換えの相談。

 

 

「そうですね。お得意先の皆さまにも良くしてもらってますし、要望もどんどん仰って頂けるので助かります。

 ご要望を商品化するのはなかなか難しいんだなというのも、現場からの声で痛感はしていますけど」

 

「どうしても双方の間に立たないといけない部署だからね。でもよくやってくれてると思うよ。上からの評価も高いし」


「ありがとうございます」

 

 

 さあ、どう来る?

 

 

「でも今のままだと、君自身のアイデアとか思いは商品に反映しづらいよね」

 

「まあ、それはあります。確かに」

 

「そうしたら、今度は君が先方さんと直接交渉して商品を作ってみないか?」

 

 

 ひょっとして企画課への異動ですかと聞いてみると、課長は曖昧に首を振った。

 

 

「単純に異動という訳じゃ無いんだ。実は営業課と企画課の一部をまとめてみようって話になってね。ウチでは初めての試みになるわけだけど、君にそこへ行ってもらいたいなと」

 

「はあ」

 

 

 御用聞きから新作の納入までを一貫してやっちゃおうって感じかな。

 

 

「敢えて言えば、商品のトータルプロデュースをするって事で」

 

 

 そこは敢えて言わなくても良いよ、課長。

 

 

「一応、部署としては『企画営業課』になる予定なんだけど」

 

 

 ほら、どうせ芸が無い。

 

 

「欧米の家具からやってみようという計画なんだ。しかも手作りの一点物をね。

 量産型とは勝手が全然違うと思うけど、勉強にはなるだろう。こういうのは一つ売れれば大きいし、慌てずにじっくり時間をかけて取り組んでもらえたら良いから」

 

 

 そうね、それは確かだわ。

 

 それに……これって私なりに思い描いてた物を形に出来るチャンスかもしれない。

 

 

「ただ、勤務時間は今以上に不規則になると思うし、出張も増える。最初の1年は本当に手探り状態に……」

 

「やります」

 

「……え?」

 

 

 課長の説明が終わる前に私は決めていた。

 

 

「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

 

 

 柑子に負けてらんない。私も、やりたい事は実現させていく。

 

 

「……よし!」

 

 

 話が終わって、給湯室でちょっと一息。

 明日のライブチケットを取り出して、自分に気合いを入れた。

 

 半年ぶりに、柑子のバンドが出る。

 いつも最後部の席で彼の姿を見て、音を聞いて、でも直接には会わないで会場を後にしてた。

 

 明日もそうしようと思ってた……約束の三年が過ぎる迄は。

 

 なのに。

 

 

「……何で?」

 

 

 当日になって、まさかのライブ中止。

 会場に着くまで全く知らなかった。窓口で尋ねてみても、本当の理由なんてわからない。

 

 そして数日後、柑子のバンドが突然解散していたと知った。

 

 

「ちょっとぉ、あんまりじゃない」

 

 

 年度が変わったら、ライブに行ける時間なんてなくなる。だからしっかりとその姿を見ておこうと思ったのに。

 

 

「いつもそうやって先にどっか行っちゃってさ……」

 

 

 彼の時間に追いつけない。気付けばいつも置いてけぼり。

 

 

「どこ行っちゃったんだよー……まったく」

 

 

 とりあえず三年。

 がむしゃらに突き進む彼の邪魔をしないように……直接顔を合わせてしまったら余計な事を言ってしまいそうで。

 

 だから黙ってた。連絡もしなかった。

 柑子からも連絡は無かった。時々はライブで頑張ってる姿を見て元気を貰って、それで良いと思ってた。

 

 でも、姿を見る事すら出来なくなったら。

 

 

「……頑張れるかなあ、私」

 

 

 今までの中で、一番憂鬱な春。

 

 

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「本当に今日で辞めちゃうんですか?チーフ」

 

 

 それは私への問いかけと言うよりも自分自身に言い聞かせてるようで、うっかりするとこっちがもらい泣きしてしまいそう。

 

 

「うん、三年間有難う。これからはもっと美希ちゃんのアイデアを形にして、素敵な商品を一杯出していってね」

 

「はい……まだまだ未熟ですけど、頑張ります」

 

「なーに言ってんの。良いセンスしてんだから、自信持って!」

 

「ありがとうございます!あの……またお時間出来たら、遊びに来て下さいね」

 

「もちろんよ。その時はお茶しましょ」

 

 

 立ち上げから三年経って、企画営業課もだいたいの形が出来上がった。

 取り敢えず私の最低限の責任は果たしたと思う。

 

 美希ちゃんは、企画営業課スタートと同時に入社してきた大事な後輩。今まで一緒に頑張ってくれて、この春からはチーフになる。安心して後を任せられる、優秀な人材。

 

 そして、私は会社員としては一区切り。次の目標へ進む事を決めた。

 

 ここで働く内に、ヨーロッパ家具の事をもっと詳しく勉強したいと思うようになったから。

 退職日は月末だけど、残った有給を使えるから二週間ほどフリーの時間が持てる。その間に身の回りを整理して、来月にはオランダへ行く。

 

 オランダで滞在する下宿のオーナーさんは、ウチの課とずっと取引のある会社の社長さんの知り合い。去年買い付けに行った時に社長さんが紹介してくれた、とても気の良い人。

 

 彼女の存在が、私に行動を起こさせてくれたのは間違い無くて、ホント、どれだけ感謝しても足りない。

 

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『ようこそ、リサ!よく来てくれたわね!」

 

 

 空港には、わざわざオーナーさんが出迎えに来てくれてた。

 荷物を下宿に運んだ後、例の社長さんがウェルカムパーティを開いてくれるからとそのまま車で移動する。

 

 

『社長さんもお忙しいのに、わざわざこんなパーティまで……』

 

『彼は貴女を娘のように思ってるのよ。そんな貴女が新しい一歩を踏み出すって言ったら黙っちゃいられないわよ。しかもこの街からスタート!これでお祝いしなかったらおかしいでしょ』

 

 

 『私も力になるから、いつでも何でも言ってね』と有り難い言葉を頂いたところで到着したのは、見覚えのあるアムステルダムの一角。

 

 

『小さいけど、ここの料理は美味しいのよ。今日は貸し切りだから気楽にね』

 

 

 それはいくら何でも……と思ったけど、聞けば社長さんなりの思惑もあったみたい。

 

 お店がスタートして間も無くやって来たのは、社長さんの身内やお友達だけじゃなかった。家具や雑貨、その他色んな商品を作ったり扱ったりしてる人達もたくさん。

 

 なるほど、これもチャンス。積極的にこういう人達と交流を持って、何なら美希ちゃんに紹介したって良いんだし。みんなでギブアンドテイク。

 

 

『そうさ。フリーでそういう仕事をしたって良い、何事も経験だ』

 

 

 社長さんがそう言って『フッデ(良いね)!』とウインクしてくれた。茶目っ気たっぷりのその仕草に思わず笑ってしまう。

 

 

『ありがとうございます。頑張ります』

 

『このパーティは、気に入ってもらえたかな?』

 

『ええ、もちろん。とっても!』

 

『それは良かった!そうしたらもう一つ、僕からのプレゼントだ……さあ、よろしく!』

 

 

 社長さんのかけ声で客席の照明が落とされ、奥にあった小さいステージがライトアップされた。

 

 

『君はライブが好きだって言ってただろう?』

 

『覚えてて下さったんですか』

 

『勿論。だから此処では、僕が大好きな地元バンドの演奏で歓迎したいと思ってね。彼等に来てもらったのさ』

 

『わあ、ありがとうございます!!』

 

 

 ライブなんて本当に久しぶり。三年前……柑子のバンドのライブが中止になってからは、美希ちゃんに誘われて連れてってもらった一度きりだし。

 

 

『まる二年、ライブに行けてなかったんですよ。ひとっつも!』

 

『そりゃ良かった。気に入ってもらえると嬉しいな。彼等は活動を始めてからもうじき三年なんだけど、この夏にはメジャーデビューするんだ。今の内に聴けるのは貴重かもしれないよ』

 

 

 ステージに向かって社長さんが『宜しく頼むよ』と手を振れば、リーダーらしい赤毛のボーカルがサムアップで応じた。以前から仲良しなんだなってすぐ分かる。

 社長さん、本当にこのバンドの事を気に入ってるんだ。

 

さあ、どんな音を出すんだろう?ヘヴィメタだったらそれはそれで面白いけど。

 

 

『うーん、何だろう。色んなものが混在している感じかな。混在してるけど、非常にピュア』

 

 

 まあ聴いてみてのお楽しみだねと言われ、私もステージを眺める。彼等は手際良く準備を進めていた。

 

 

『見事な多国籍グループだよ。全員それぞれ違う国の出身でね』

 

『徹底してますね』

 

『はは、そうだね』

 

 

 笑いながら、社長さんがメンバーを教えてくれる。

 

 

『まずは我がオランダ。ボーカルの子が此処アムステルダムの出身。ベースがオーストラリアの子』

 

 

 ギターは……あー、イタリアっぽいな。

 

 

『そうだね。陽気でロマンティックな音を聴かせてくれるよ。ドラムがフランス。そしてキーボードが君と同じ、ニッポンの子だ』

 

「柑子?!」

 

 

 突然の私の叫び声で、店内が固まった。

 しんと静まり返る中、キーボードをセットしていた彼だけがゆっくりとこっちを向く。

 

 

「里沙……?」

 

 

 その声。間違い無い。

 

 

「……何で、こんなトコにいるのー」

 

 

 何で。

 

 いつも、私より一足先に。

 

 

『なんだ、君たち知り合いかい?』

 

 

 我に返った社長さんが、私たちの間に問いかけた。

 

 

『はい』

 

 

 答えたのは、柑子。しっかりとした声で。

 

 

『……俺の、彼女です』

 

 

 途端にいくつもの歓声があがり。

 

 私は、彼に向かって駆けだしていた。

 

 

 オランダで5年ぶりに巡って来た春。

 春って、こんなに鮮やかだったの。